八章 25.火山と山脈
アカリが虚無の魔人と遭遇するよりも少し前の時間。彼の仲間達の周辺を突如として眩い銀の粉が舞い始めた。
誰よりもその異変に真っ先に気づいたのはメルトだ。彼はその銀粉の正体を最もよく理解していた為、それがどういった作用をもたらすのかも、この後己の身にどんな未来が待ち受けているのかも瞬時に悟ったのである。
「サラーニャの銀粉だと?まさか、虚無の魔人がこの世界に侵略に来たというのか……!」
即座に虚無の魔人が現れたことを悟ったメルトだが、空間転移を誘う銀粉の前では為す術なく、彼は彼方へと飛ばされる。虚無の魔人が用意した、メルトに対する刺客の待ち構える場所へと。
そしてメルト以外の他の面々も、突如飛来した銀粉を前にして危機感を覚えたが、全員為す術なく揃って虚無の魔人の招く敵の前へと晒されることとなる。
こうして早朝からの奇襲によって、アカリの仲間達はものの見事に分散させられたのであった。
――
「ふむ、ようやく現れたようじゃな。待ちくたびれたぞ」
「誰よあんた。それにここはどこ?」
虚無の魔人によってシンリーが飛ばされた先は、そこかしこで燃えたぎるマグマが噴火する火山地帯であった。植物を操る彼女にとっては、この上なく相性の悪いフィールドである。
「事前の調査によってそなたらの能力は既に全て割れておる。抵抗などするだけ無駄じゃ。大人しくその命、このわしに差し出すが良い」
「なるほど、どうやら私達は敵の奇襲を受けてるって訳ね。ふん、馬鹿にしないで欲しいわ、誰があんたみたいなちんちくりんなお子様相手に降参するってのよ!」
「なっ!ち、ちんちくりんじゃと!背格好はそなたも同じじゃろうに、人のことを言うな!」
「ふふん、残念だったわね。私にはあんたみたいな小生意気なお子様とは違って、ちゃんと未来を誓い合った旦那様がいるのよ。一緒にしてもらっては困るわ!」
シンリーは突然自分と最も相性の悪い地帯に飛ばされたというのに、一切の怯えも見せることなく相手に正面から反論していく。
いくら環境が不利だろうとも、それで萎縮する程魔人は弱くはない。そのことを彼女の強い姿勢が物語っていた。
「馬鹿にしよってこの小娘が……。だがまぁいい、どうせわしの能力の前では、あんな小枝の様な存在など無力でしかないのじゃ。すぐに炭にして忘れてくれるわ」
「炭?ふーん、ってことはあんたが炎の魔人って奴なわけね。なるほど、私達が怖いから自分に有利な相手とだけ戦おうとしているんだ。随分と怖がりなのね、あんた達の頭は」
「な、何じゃとこの……!小娘の分際で、よくも我が主を馬鹿にしおったな!許さん、許さんぞぉー!」
「もうお喋りは終わりってわけね。そっちの方が話が早くて助かるわ!」
シンリーの挑発を真に受けた炎の魔人は激昂し、こうして両者の戦いの火蓋は切って落とされた。
激しく炎を撒き散らしながら猛進するロリババアと、火山地帯でもお構い無しに植物を無数に生やし対抗するツンロリの対決である。
「は、始まりましたね……」
「そうだね。向こうの魔人は炎を操るみたいだからシンリーさんとは相性が悪そうだ」
炎の魔人とシンリー両者の戦いを岩壁の陰からこっそりと見守っている者達がいた。初代勇者マリスと、その子孫であるマリナである。
彼らは当初の作戦ではドロシーと共に星の魔人を相手取るはずであったが、虚無の魔人の策略によってこの地へと誘われたのだ。
ただの人間である彼らは、魔人と正面から戦っては一切の勝ち目もない。だから現在はこうして陰から様子を伺い、自分達の行動方針を決めている最中であった。
「どうします?加勢に行きますか?」
「いや、僕達の今の力じゃ魔人相手には到底対抗出来ない。灯の立てた作戦の相手とは随分想定が崩れたけど、僕達はその指示通りシンリーさんの邪魔をする敵が現れたら、それを排除することに専念しよう」
突然火山地帯へ飛ばされ状況の整理が出来ていないマリナに対し、歴戦の猛者であるマリスはすぐに判断を下す。その立ち回りはシンリーが炎の魔人と戦いやすいように、あくまでもサポートに徹するというものであった。
勇者らしからぬ消極的な作戦ではあったが、勇者だからこそ互いの力量差がよく見極められており、分をわきまえた正しい選択と言える。
「そなた程度はわし一人でも十分倒せるじゃろう。じゃが主の指示はこやつらを徹底的に叩き潰すこと。ならば容赦はせぬ、魔物共も動員し数で圧倒してやろう!」
「ちっ、わんさかと鬱陶しいわね……」
炎の魔人はシンリーを確実に倒すべく、無数の魔物を差し向けてきた。いくらシンリーと言えど、相性の悪い地帯に相性の悪い敵が重なる状況で、更にここに魔物が加わっては苦しい展開になってくる。
明らかに不利な状況を前にして、彼女は苛立ちの言葉を零すのであった。
「魔物が大量に湧いてきた……!」
「うん、どうやらようやく僕達の出番の様だね。さぁ行くよマリナさん!」
「はい!」
だがシンリー側にも援軍はいる。陰で身を潜めていたマリスとマリナは、無数の魔物が現れたのを確認した途端、すぐさま戦場へと駆け出したのだ。
魔人同士の戦闘に魔物と勇者一族が参戦し、こうして火山地帯の両陣営は激しく衝突するのであった。
――
シンリーらと同じく銀粉によって飛ばされたシーラは、現在雷の魔人と対峙していた。
「あひゃひゃひゃひゃっ!お前の海水なんざ何の意味もねェぜ!」
シーラは海を司る魔人で、海水を操り戦うのが基本であった。だがその攻撃は全て雷の魔人による雷撃に止められ、海水を通して流れてくる雷により、何度も回避不能の反撃を強いられることとなっている。
「面倒な相手ですわね。それにこの場所も……」
シーラが飛ばされたのは海とは対極の存在である、天高くにそびえ立つ山脈地帯であった。
海が近くにあればシーラはそれすらも利用して戦うのだが、あいにくとその戦法は封じられてしまっている。
「俺達は相性の悪い相手と戦わされているって訳か。勝てるか魔人?」
「誰にものを言ってるのですか。愚問ですわね、あの程度の相手に負ける訳がありませんわ」
「口は悪いが頼もしい答えだ」
シーラと共にこの場所へと飛ばされたメルトは、彼女に勝算はあるのかと尋ねる。戦況次第では撤退も考えなければならないのだから、突然の問いであった。
だがそれに対し、シーラはいつもの平常心で悪態つきつつも、余裕の勝利を宣言する。
彼女のその頼れる回答にメルトも言葉では喜んでいたが、それが強がりであることには薄々勘づいていた。そして相性の悪いこの状況を前にして勝つ為には、魔人以外の人間がどれだけ手助けできるかに掛かっていると。
「おいお前、そいういう訳だから俺達で魔人の戦いを手助けすることになる。覚悟は出来ているな?」
「俺はガゼルだ。そんなことは言われなくても分かっている、お前こそ足を引っ張るなよ?」
「ふっ、アカリの仲間はどいつもこいつも口が悪くて適わんな。分かってるならそれでいいガゼル、背中は任せるぞ」
「ああ、不本意だがここは協力してあいつを倒そう」
この山脈地帯にはガゼルも飛ばされていた。彼は以前敵だったメルトとはあまり仲は良くないが、それでも今は味方同士であることに変わりはない。
共通の敵を前にして、彼らは共闘しなければならないことをよく理解していたのだ。その為過去の因縁は一旦捨て去り、互いに手を取り合い協力するのことをここに誓う。
こうして雷鳴轟く山脈地帯でも、魔人の戦いが幕を開けたのである。




