八章 24.穏やかな日常は
シンリーとの結婚を誓い合ってから一夜明け、今俺は日の出前の薄明なアルテラの街を散歩中である。
頭の上には相棒のクウが乗っており、他にもモンスターボックス内には魔獣達がわんさかいた。一見すると一人で行動しているように見えるが、俺は大抵の時は魔獣達と共に居るので、一人でいる時間はそう多くない。
ちなみに昨晩のシンリーとの語り合いの時も、魔獣達はモンスターボックス内からずっと見守っていた。
「クウー……(むぅ……)」
「機嫌悪いなクウ、寝不足か?」
「クアッ!(ふん!アカリにはクウの気持ちなんて分かんないの!)」
「痛っ!おいおい、今日は随分と機嫌が悪いな……」
頭の上で不機嫌そうな鳴き声を上げる声にどうしたのかと尋ねるも、クウはより一層期限を悪くし髪の毛を口で引っ張ってきた。
恐らくここまでの不機嫌になっているのは、昨日のシンリーとの話が原因だろう。彼女と結婚することを決めたことが、クウは納得いかない様だ。
「クウー!(アカリの馬鹿!何でシンリーと結婚なんてするの!クウとずっと一緒に居るって言ってたじゃん!)」
「ん?そういうことか、まったく心配症だなクウは。そんなに不安にならなくても、シンリーと結婚しようがクウとはずっと一緒に居るに決まってるだろ?」
「クアァッ!(そういう意味じゃない!やっぱり何も分かってないじゃん!)」
「痛い痛い!えぇー、違うのかよ……」
てっきり俺は、シンリーと結婚することによってクウをどこかへ追いやると思われているのかと予想し、そう返したのだがどうやら違ったらしい。
俺は別にこれから結婚しようがしまいが、クウと一緒に居ることに変わりは無いのだが、一体何が不満なのだろうか。クウの考えることはよく分からん。
「困ったなぁ、クウはシンリーのことが嫌いなのか?」
「クアッ!(嫌いじゃないよ、シンリーのことは大好き!でもそれとこれとは違うの!)」
「大好きならシンリーも一緒になれて嬉しいじゃないか」
「クウー!(むぅー!アカリの馬鹿!もういい!)」
「痛っ!っておい、どこ行くんだよクウー!」
ここまで一緒に居るのが嫌だと言われると、シンリーのことが嫌いなのかと思いそう聞いてみたのだが、それも違うらしい。
もう何が正解なのか全く分からず悩みに悩んでいると、思い切り頭皮を噛まれその後クウは羽ばたいてどこかへ行ってしまった。
クウは空間魔法を自在に操る竜である為、一度逃げられると見つけるのが途端に困難になる。ここまでクウを怒らせたのは初めてのことだ。相棒のことなら何でも理解しているつもりでいたが、俺もまだまだクウのことは全てを把握してはいなかったんだな。
「どうすればいいんだよ……」
『随分と悩んでいる様ですね灯』
「その声はリツか。ああ、クウの考えが全然分からなくて、挙句の果てに逃げられちまってな。もうどうしたらいいのか分かんなくなっちまったんだよ」
クウに逃げられてしまいどうすればいいのか分からず立ち尽くしていると、モンスターボックスの中から声が響いてきた。
その声の主はリツ、時を操りクウとは対を成す竜だ。どうやら俺とクウのやり取りに見かねて声を掛けてきたらしい。
『クウの気持ちは傍から見ていてもすぐに分かると思いますが、灯もまだまだということですか』
「何だよ、分かってんならもったいぶってないで教えろよ」
『何と言えばいいでしょうか。そうですね……、クウはああ見えて乙女ですから、大切な男である灯を取られると思って嫉妬しているのですよ』
「クウが俺に、いやシンリーに嫉妬してるってのか?」
「はい」
リツから聞かされたクウの心の内に秘める気持ちは衝撃のものであった。俺とクウは人と竜、相棒としていくつもの苦楽を共にしてきたが、それでも決して相入れる存在では無い。
そんな当たり前な生物の真実を超えて、クウは俺のことを想っていたということか。
しかしそれを踏まえて考えてみれば、さっきあれだけ怒っていたことも理解出来る。そのことに至らなかったのは俺の落ち度だな。
「クウに、謝らないとだな……」
『えぇ、それがいいですよ。クウは本当に灯のことが大好きですから、きっと最後には許してくれます』
リツに諭されて俺はクウの本当の気持ちを理解した。大切な相棒だからこそ、きちんと謝ってちゃんと仲直りしなければ。
俺の仲間の中では最も長生きしている最高齢の竜に相談に乗ってもらえたおかげで、俺はまたクウとの絆を再確認することが出来た。流石は途方も無い悠久の時を生きている竜だ。こういう時は非常に頼りになる。
『灯、私を長老扱いするのはやめて下さい。怒りますよ?』
「あれ、意識がそっちまで漏れてたか。ごめんごめん……」
モンスターボックス内にいる魔獣達との会話は俺の脳内の意識も共有しているので、あまり下手なことを考えるとそれを読み取られてしまう。
強く考え過ぎなければ漏れはしないのだが、余計なことは考えないようにするのが一番無難だ。
「さてと、それじゃあクウを迎えに行くとするか!」
『しれっと逃げようとしてますね。まぁ別にいいですけど』
俺は気を取り直してという風に、再び朝焼けの街を歩きクウを探しに向かった。無理やり話を切り上げたのでリツが怪訝な声を上げてくるが、それは気にせず行こう。
「やぁアカリくん、久しぶりだね」
「っ!?なっ、その声はまさか……!」
そして、そんな何気ない日常の一幕の中に、奴は突然現れた。宙空に浮かぶ黄金の円盤に乗り、上から偉そうな態度で見下ろしてくる不愉快な笑みと声音。
忘れようもない。この声の主は虚無の魔人だ。奴は突然俺の前に姿を現したのだ。何の前触れも無く、唐突にこの場に、この世界に。
「何故、お前がこの世界にいるんだ!?」
「あはははは、嫌だなぁアカリくん。僕はこの銀の足で自由自在に空間を移動出来るんだ。そしてそれは世界と世界を移動することも、例外じゃないんだよ。そう、君達が世界を自由に行き来しているのと同じ様にね」
「ぐっ、サラーニャの足か。油断した……!」
虚無の魔人の足は、メルトの妹であるサラーニャから奪ったものだ。その能力は銀粉を振り撒くことによる超高速の空間移動。その力を利用して奴はこの世界に攻め入って来たのだ。
ここまで仲間集めを順調にこなし、戦闘の訓練まで重ねて着実に準備を進めてきたというのに、最後の一手で先手を取られてしまった。
本来こちらから奇襲を仕掛けるつもりだったのに、逆に侵略を受ける側となったのだ。
完全な油断である。こちらから攻めることばかりに気を取られ、奴らが攻めてくることを念頭に置いていなかった。
『反省は後ですよ灯。今はまず何よりもこの男を倒すことが先決です。相手からわざわざ出向いて来てくれたのですから、こちらから向かう手間が省けた。ただそれだけのことではないですか』
「リツ……、ああ、確かにその通りだな。向こうからわざわざやられに来てくれたんだから、後はそれを返り討ちにするだけでいい。簡単な話だ」
『えぇ、その意気です』
こちらの作戦が根底から崩れたこと、そして俺の考えが至らなかったことに自己嫌悪していると、脳内でリツに叱られてしまった。
だがそのお陰で俺は冷静さを取り戻すことが出来た。今何よりも大切なのは、目の前に現れたこの魔人を倒すことだ。敵がわざわざ目の前に狙われたのなら、今ここで倒せばいい。それでこの長い戦いも終わるんだ。
「甘く見たな虚無の魔人。こっちは既に仲間を揃え終え準備は万端なんだよ。ここでお前を仕留め、全てを終わりにしてやる!」
「うんうん、その強気な姿勢嫌いじゃないよ。でも残念だったねアカリくん。君に仲間はもう、居ないんだ」
「は?一体何を言って……」
「いくら僕達が世界の支配者でも、相手も同じ魔人となれば苦戦する可能性はあるからね。だから君の仲間は個々に分裂させて、それぞれ単体で倒すことにしたんだ。そういう訳で今頃は、僕が差し向けた仲間達がアカリくんの仲間達と戦闘を始める頃なんだ」
「こいつ、よくも……!」
冷静さを取り戻した俺を前に、虚無の魔人は更なる衝撃の事実を口にする。奴はこちらの戦力を分散させて、それぞれ撃破していくつもりらしい。それはすなわち、俺達が戦闘前に考えてた作戦を丸々全て奴らが仕掛けてきたということである。
今俺の仲間達は、向こうにとって有利な相手との強制戦闘を受けているということだ。
尽く後手に回るこの現状に、奴の周到性が滲み出ていて実に腹立たしい。
「ふざけやがって、調子に乗るなよクソ野郎が!」
「いい気概だねアカリくん。さてと、それじゃあ僕達もそろそろ始めようか。互いの生死をかけた、命の奪い合いを!」
「上等だ、返り討ちにしてやるよ虚無の魔人!」
突如現れた虚無の魔人によって仲間は分断され俺達の陣営は総崩れに合う。
こうして、そんな最悪な状況の中で、最凶の敵との再戦が始まろうとしていた。




