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八章 26.氷河と平原

 豪雪と凍てつく氷山が織り成す銀世界。気温マイナスの寒帯へと招かれたのは、泥の魔人ドロシーとその他何名かの仲間達であった。


「ざ、寒い……」


 突如として氷点下という極限の環境に身を投げ出されたドロシーは、ガタガタとその身を震わせ寒さに身悶えている。大抵のことには平常心でいられる彼女も、この寒さは我慢ならなかった様だ。


「ね、眠いです……」

「寝ちゃダメだよお姉ちゃん!寝たら死ぬよ!」

「私は一旦冬眠に入るので、後は頼みますねトリーリア……」

「だからダメだって!それ冬眠したまま凍死するやつだから!てかそもそもウサギは冬眠なんてしないし!」


 ドロシーと共にこの凍てつく大地へと招かれたのは、兎人族のバレリアとトリーリアであった。獣であるが故に寒さにはめっぽう弱く、眠気によって戦意は喪失している。

 ウサギには冬眠をしないという性質があるがそれにも当然限度はあり、この氷河地の寒さは彼女らの限界を易々と超えるものであった。彼女の眠気は冬眠によるものではなく、単に死に近づいているだけである。


「……こ、この程度の寒さで情けないですよ、獣人族のお二人方」

「そう言いながらあなたも震えてますよリリフィナさん」

「……そ、そんな訳ない。勝手なこと言わないで」

「何なんですかその無駄な強がりは。何の意味も無いですよ」


 そして更にはリリフィナとネネティアもこの氷河の地に招かれており、やたら強がるリリフィナとそれに呆れるネネティアの会話が響いていた。

 突然飛ばされた五人は当然ながら防寒着などは着込んではいない為、この地に長くいれば何もせずとも凍死するだろう。ドロシーなら多少は長く耐えられるだろうが、それでも限界はある。

 だからすぐさまこの地からは脱出しなければならないのだが、そう簡単にことが運ぶほど状況は甘くない。


「いかがですか私の氷は。骨身に染みますでしょう?」

「氷の、魔人……」

「あなたが泥の魔人ですね。せっかく新たな魔人と会えたのに非常に残念ではありますが、あなたにはこの地で死んで頂きます。ご容赦下さい」

「それは嫌、死ぬのはそっち……」


 全身から極寒の吹雪を撒き散らし登場したのは、氷の魔人であった。この氷河の地はドロシー達を著しく弱体化させると同時に、氷の魔人自身は強化されるという二重の効果があり、彼女にとって最高峰に有利な条件である。

 この状況の中でドロシー達は最短で勝利し、そしてこの地から脱出しなければならなかった。その難易度は虚無の魔人によって飛ばされた仲間達の中では最も過酷な条件と言える。


「あいつに勝ってここから出る。皆協力して」

「お任せ下さい魔人様!この私が勝利に導いてご覧に入れましょう!」

「その意気込みが逆に不安になります……。でもやるしかないのですから、私も全力で援護しますよ!」

「ほらお姉ちゃんしっかりして!私達も戦うんだよ!」

「はい、頑張ります……」


 極限の状況下で、ドロシーが皆を鼓舞し全員が戦う覚悟を決めた。勇ましくも力強い眼差しで氷の魔人を鋭く見据え、生死を賭けた短期決戦が今幕を開ける。


「……あいつは攻撃範囲は広いけど速度は遅い。動き回って多方向から攻撃し続ければいつか崩れる!」

「了解です!」


 まず真っ先に動いたのは、この面々の中で唯一氷の魔人と対面したことのあるリリフィナであった。氷の魔人との戦い方を心得ている彼女は、素早く駆け回りつつ魔道兵器を連射する。

 その動きに習う様にネネティアも便乗し、彼女も高火力の魔道兵器を放つのであった。


「ちっ、やはり一筋縄ではいかないということですね。ですが今回は私一人で戦う訳では無い。この魔物の群れを相手にしながら、その動きが維持出来ますか?」

「「「グガアアアアァァッ!」」」


 リリフィナらの動きに氷の魔人は若干の苛立ちを見せるが、しかしそれもすぐに鎮静化すると魔物を大量に呼び出し次の手に打って出た。

 シロクマ、セイウチ、シャチ、ペンギン等に似た、極寒の環境に耐性のある魔物の強襲だ。氷の魔人を囲んで攻めていたつもりのリリフィナ達は、更にその外側から包囲してくる敵勢力によって、挟み撃ちを受けることとなる。


「……魔物群れ、鬱陶しい!」

「これを排除死ながら魔人と戦うのは流石に厳しいですよ!」


 外からは大量の魔物、内には最強の魔人と完全に包囲されたこの布陣に、今度はリリフィナ達が劣勢に追い込まれる。

 しかしその直後、魔物による包囲の一角が謎の衝撃によって吹き飛んだのだ。そして吹き飛んだ魔物達が居た場所には、代わりに三人の少女が立ち構えている。


「ごめんなさい、出遅れました!」

「お姉ちゃんがいつまでも震えてるからだよ!」

「私が魔人をやる。皆は周りのをやって」


 兎人族のバレリア、トリーリアに泥の魔人ドロシーの登場であった。先行して動いたリリフィナ達に続き、遅れて彼女達も参戦である。


「たった三人増えたところで、私の優位は揺るぎません。この凍てつく大地の藻屑にしてあげましょう」

「藻屑になるのはそっち!」


 未だ数と環境で有利に戦う氷の魔人と、逆境を跳ね除けようと足掻くドロシー達。両者はこうして全勢力をもって、激しくぶつかり合うのだった。










 ――










 火山、山脈、氷河、この三箇所に飛ばされた者達以外は、とある一角に全員纏めて飛ばされていた。そこは何ら特色も個性も無い、まっさらな平原である。

 そんな寂しい大地で待ち構えていたのは、星の魔人であった。


「あれが俺達の敵か?」

「そうらしい、が寝ているぜよ」

「呑気に昼寝とは舐めた野郎だぜ」

「だがこれは好機、この隙に奴を一撃で仕留めるのが得策ぜよ!」


 待ち構えている時間が長かったせいか、星の魔人は無防備にも平原に横になって、安らかな夢心地であった。

 この地へと招かれたガンマとカイジンは、目の前で大の字に横になり惰眠を貪っている敵の存在に訝しげな視線を送りつつも、この隙を逃す手はないと即座に攻撃に転じる。


「吹き飛べ居眠り野郎が!」

「これで決着ぜよ!」


 未だ目を覚まさない星の魔人目掛け、ガゼルは大地から燃えたぎる溶岩を噴火させ、カイジンは天から雷雲渦巻く嵐を叩き落とす。

 二人の魔人の全力攻撃を受け、星の魔人は一切の抵抗も無く衝撃により宙を舞い、そのまま地面へと叩きつけられた。

 通常の敵ならこの一撃で確実に勝負は決まっていただろう。だがしかし、相手が魔人ならばそう簡単に勝負は終わらない。


「ん?うぅーーん、ようやく来たのねぇ、待ちくたびれお昼寝しちゃってたわ〜」


 筋骨隆々のおっさんとは思えないようなどぎつい口調と共に、星の魔人は激しい目覚ましによってゆっくりと起床した。痛烈な一撃を受けたはずなのに、一切痛がる素振りもない。

 大きく伸びをした星の魔人は、その後自分に攻撃をぶつけてきた相手をまっすぐに見据えると、ニヤリと気味の悪い笑みを浮かべる。


「うふふ、我が主もちゃんと約束を守ってくれたみたいねぇ。こんなに可愛い男の子を二人もよこしてくれるなんて、おねぇさん感激だわ〜」


 ガンマとカイジンが来たことに星の魔人は歓喜の声を上げた。男漁りが何よりの楽しみである彼にとっては、魔人の男など極上の獲物ということだ。

 自分達の貞操の危機を直感した二人は、無意識に体を震わせ危険信号を発する。


「冗談だろ、あんな化け物と戦わなきゃなんねぇのかよ……!」

「異界の魔人は規格外ぜよ……」


 魔人は性格面でも一癖二癖もある者が多い。そのことはガゼルらも良く理解していたが、それでも目の前に立ち塞がる別世界の魔人を見た二人は、その異様な存在感に圧倒されてしまっていた。

 自分達が別の意味で狙われていることを悟った二人は、この戦いに何としても勝たなければならなかったのだ。


「とにかくやるしかねぇみたいだな。気張れよカイジン」

「うむ、全力で臨むぜよ!」


 相手がどんな性格だろうと、戦って勝つのは絶対の条件だ。魔人だけなら一対二であるこの有利な状況でも、二人は一切の油断もせず臨戦態勢に入る。


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