五章 36.世界は英雄を求めている
空間魔法による最強の回避性能を捨て、俺は真っ向からメルトと拳を重ね合う。至近距離で削り削られの攻防を繰り返す俺達は、互いに体に痛々しい生傷が増えていった。その数はもはや数えるのも馬鹿らしい程であり、未だ致命傷は受けてはいないが、それでも体力の限界は近づきつつある。
「どうしたメルト、動きが鈍くなってきてるぞ……!」
「ふん、貴様こそ足が触れえてきてるじゃないか。限界ならとっとと諦めたらどうだ?」
お互い嫌味を言い合う余力はまだ残っているが、息は切れ切れでもういつどちらかが倒れてもおかしくはない。
そしてそんな攻防を繰り返している中、遂に戦場に変化が起こった。ただしそれは俺とメルトの側ではなく、シンリーとメルトの仲間達の戦場であったが。
「やれやれやれ!攻撃の手を緩めるな、攻め続ければいずれ折れるのはあいつの方だ!」
「ぐうぅ、か、数が多過ぎる……、きゃあぁ!」
「っ、崩れたぞ!一気に畳み掛けろぉ!」
シンリーはメルトの仲間の一人が指揮をとる中、投擲武器による絶え間ない刃物の雨を降らされていた。シンリーもそれをどうにか防ごうとしていたのだが、やはり植物による戦術が主体の彼女では耐えきれず、とうとうその防御が崩れてしまったのだ。
防いでいた特大の木の盾は砕かれ、その隙をつくようにシンリー目掛け無数の刃物が襲い掛かる。片腕を失っている彼女は次の防御が間に合わず、全方位から放たれる投擲武器には逃げ道も無く、無惨にも格好の的となった。
「シンリー!?」
「馬鹿が、余所見とは随分と舐められたものだ!」
「しまっ、ぐあぁっ……!」
メルトとの戦いにおいて、他に気を逸らして良い暇など一時もあるはずがない。だがそれでも大切な仲間がやられそうになって、気を逸らさずにいられるほど俺は強くなかった。
だからその結果を俺は身をもって思い知ることとなる。
「ぁぁぁ、う、腕が……!」
『クウ!?(アカリ大丈夫!?)』
「ふん、今の一撃は確実に骨まで響いているだろう。もう諦めて大人しく投降するんだな」
俺の集中が途切れたのはほんの一瞬のことだろう。だがメルトはそんな僅かな隙も見逃さず、俺の腕に強烈な一撃をお見舞した。結果俺の利き腕である右手の骨は砕かれ、激痛によって額から脂汗が溢れ出る。
脳内でクウが懸命に叫び俺の身を心配してくれるが、今はそれに言葉を返す気力も削がれてしまっていた。
「ま、まだだ……、まだ終わりじゃ、ない……!」
「まぁ貴様なら当然立ち上がってくるだろうな。だが利き腕を失った状態で、もう勝ち目などある訳無いだろ。だから大人しくその意識も手放せ!」
「ごっ、かはっ……」
痛みに苦しみつつもどうにか立ち上がるのだが、メルトはそんな俺に容赦なく蹴りを叩き込んでくる。奴の足が俺の腹に深く食い込み、その勢いで俺は大きく吹き飛ばされ、森の木に強く体を打ち付ける結果となった。
背中から強い衝撃が全身を巡り、口から空気が大量に吐き出される。そして折れた腕にも蹴りの衝撃が強く響き渡り、より一層痛みが増した。
「うぐうぅ……、こ、このままじゃ、本当に負ける……」
絶対に負けてはいけないと頭では理解しているのだが、体がどうしてもついてこない。だがここで俺が諦めたら、奴らは目的であるクウを攫っていくつもりだろう。
何故クウを狙っているのかは知らないが、それでも俺の最愛の相棒だけは絶対に守り抜かなければならないんだ。だから俺は、ここで諦めることなど許されない。
「守るんだ、俺の身を犠牲にしてでも、大切な仲間を守らなきゃいけないんだ……!」
「……良い根性だな。もっと別の形で出会っていれば、俺とお前は友になれたかもしれない」
「は?な、何意味分かんねぇこと、言ってんだよ……」
「ふん、ただの独り言だから気にするな。そんなことより、お前がどう足掻こうと聖獣を連れて行くことに変わりはない。悪いが諦めてもらうぞ」
腕の激痛を中心に身体中が痛みで痺れる。そんな状態でも俺がどうにか再び立ち上がると、メルトが意味の分からないことを言い出した。
俺とメルトが友達だと?そんなこと今の関係からしたら到底有り得ない現実だろうな。だが、もし奴らが俺達と協力を約束してくれるのなら、これ程頼もしい味方もいないだろう。もしかしたら魔物の騒動も協力して食い止められたかもしれない。
そんな未来があったら、本当は一番楽なんだろうな。
「……だけど、今の俺達じゃ到底分かり合える訳ないよな。クウは絶対に渡さない。どうしても譲れないってんなら、死ぬ気で俺を殺しにかかって来い」
だが、残念ながら俺とメルトは敵同士だ。その事実だけはどう足掻いても覆らない。だから俺は、死をも覚悟して最後の力を振り絞り構える。
「……はっ、別にお前が望むんならこの場で殺しても構わないさ。だが俺達だって戦争がしたくてここに来た訳じゃない。目的はたった一つなんだ」
「剣舞会を滅茶苦茶にしておいて、今更何が言いたいんだよ?」
「取引だ。お前が連れている聖獣と共に、お前自身も俺達の世界に来い。そうするなら、村への襲撃とそこの植物人間らへの攻撃を今すぐやめて、俺達は引き返すと約束する」
「なっ、なん、だと……!?」
死をも覚悟してメルトに立ち向かおうとする俺だったが、奴の言葉はその覚悟を惑わせるものだった。戦争などする気がないとは、剣舞会であれだけの騒動を起こしておいてよく言ったものだ。
だがその後の、クウと一緒に俺もついて行くというのならもう攻撃をやめるというのは、一考の余地がある。それはすなわち、俺が奴らの指示に従えばこの森での戦闘は一旦は収束するということなのだから。
「だが、お前達について行った後俺とクウが無事に済む保証は無いだろうが」
「当然だな、何の目的も無く貴様らを連れて行く理由がどこにある」
「お前達はクウに何をさせるつもりだ?」
「そうだな……、簡単に言えば俺達の世界を救ってもらう、ただそれだけだ」
「……は?」
奴らは執拗にクウを狙っているようだが、連れ去った後何をさせるつもりなのかその目的を尋ねてみる。すると予想外の返答が来たことに俺は再び頭が回らなくなってきた。
俺はてっきりクウの能力を悪用したり、クウを高値で売り捌いたりなどそういうのが目的なのかと思っていたのだ。だがメルトは何を言うかと思えば、世界を救ってもらうだと?まさかそんな馬鹿なことを言う奴にまた出会うとは、本当に驚いた。
「ぷっ……、ふ、ははははははっ!」
「何がおかしい?さては貴様、俺達を馬鹿にしているな?」
まさかまた同じことを頼まれるとは思っておらず、つい笑いを堪えきれなくなってしまった。マリナといいメルトといい、どの世界も世界を救う英雄や救世主を求めているというわけか。
「いやいや、別に馬鹿にはしてないよ。ただ、まさかまた世界の救済を頼まれるとは思っていなかったから、そのことが可笑しくてついな」
「まただと?」
「ああ、俺は前にこの世界も救ってほしいと頼まれたことがあるんだ。俺達は元々別世界出身だからな」
「ふむ、そういうことか。だから貴様は聖獣を使役していても、この世界には聖獣の存在が全く確認出来なかったんだな」
俺の言葉を聞いてメルトは何やらよく分からない納得の仕方をしていた。そもそもこいつらの言う聖獣というのがなんなのかすら、よく分からないんだよな。
「っと、話が逸れてきたか。そんなことより、貴様の答えを聞かせろ。俺達と共に来るか、それともこの森を壊滅されるか、どっちが望みだ?」
「……ああ、決めたよ。俺はお前達と共に行く。んでもってメルト達の世界も、もちろんこの世界も、全部纏めて救ってやるさ」
未だこの世界を救う方法すら分かっていない状態で、更に救わなければならない世界を一つ増やすなど、愚策以外の何ものでも無いだろう。
だがそれでも、俺達が行かなければ森は滅ぼされてしまうのだから、選択の余地などない。半ば脅しに近い状態ではあるが、俺はメルトの要望を飲むことにした。
それに、メルトもただクウを悪用しようとしているわけじゃなかったのが、少しだけ気に入ったからな。




