五章 33.魔人の意地
シンリーとメルトの実力はほぼ互角である。その上でメルトは何人もの仲間を引き連れているため、少しずつシンリーは追い込まれていくのだった。
「はぁ、はぁ、あんただけならどうにかなるのに、数だけ多くてほんとに厄介……!」
「それはこっちのセリフだ。聖獣だけ攫ってとっとと帰るつもりだってのに、とんだ邪魔が入った」
メルトとシンリーは、互いに息を切らしながら叫び合うが、疲労の濃さはシンリーの方が目立っている。アカリがクウを呼びに向かってから早十分が経過したが、少しずつ両者の差は如実に開いてきた。
「ねぇ、ダーリンのお仲間さんの……えーっと」
「ガゼルだ」
「そえそう、ガゼルは大丈夫なの?」
「強がってる余裕は無いが、それでもどうにか足掻き凌いでみせるから心配するな……」
シンリーは己の敵に目を向けながら、戦場に残ったガゼルにも気を配っていた。魔道兵器を用いた戦闘が主体のガゼルにとって、武器の無い状態というのは牙を抜かれた獣同然である。
そんな状態で戦うガゼルをシンリーは気遣っていたが、当の本人は息を切らしながらも未だ闘志を滾らせていた。
「どうにか足掻く?死に損ないが調子に乗るなよ!」
「がぐうぅっ!はっ、お前は反撃は脅威だがそれ以外の攻撃は威力が低いみたいだな。だったら俺でも、時間稼ぎくらいは出来る!」
「このっ、舐めるな!」
トリーラはクウと似た空間に作用する戦法を得意としていた。そしてその戦い方は性質上、カウンターが主なものとなっている。そのことを見抜いたガゼルは、下手に攻撃を仕掛けずひたすら耐え凌ぐ戦術に切り替えるのだった。そうして時間を稼げば、クウを回収に向かったアカリが帰ってくるのだから。
「なかなか頑張ってるじゃない。よし、私ももう正攻法で戦うのはやめね。ここからは私なりの戦い方であんた達をぶちのめしてやるわ……!」
「ふん、何を企んでるつもりか知らないが――」
「うわあぁっ!な、何だこれは!?」
じわじわと追い込まれているシンリーは、真正面からぶつかり合うのを止め戦法を変えてきた。メルトが何か言おうとするも、彼の仲間がその言葉を遮る様に恐怖の叫び声を上げる。
声の主は足元から生えてきた巨大な食虫植物に飲み込まれ、戦場から姿を消したのだった。
「なっ!き、貴様俺の仲間に何をした!?」
「邪魔だから食べてあげただけよ。このまま溶かして森の養分にでも変えてやるわ!」
「この植物人間が、調子に乗るなよ。こんなものすぐに吐き出させば終いだ!」
シンリーの特殊な戦法にメルトは憤りつつ、食われた仲間を救出する為食虫植物を根元から斬り落とした。
「ぐあぁ……、か、体が焼ける……!」
「おい大丈夫か!?しっかりしろ!」
「あらら、思ったより速く助けられちゃったわね。でも残念、一度でも飲み込まれれば可愛いこの子達の溶解液で全身を耐え難い激痛が襲うわ」
「あ、熱い!もう、やめてくれぇ……」
だが残念ながら、メルトの仲間は食虫植物に飲み込まれた際全身に溶解液を浴びるように受けてしまい、救出されても体を溶かす激痛が絶え間なく続く。死にはしないが、それでも直ぐに宣戦に復帰するのは無理な程の痛みであった。
すなわち、シンリーの食虫植物に飲まれればそれだけで戦闘不能に陥るという訳である。
「この、化け物が……!」
「あははははっ!さぁさぁ、全員食べ尽くしてあげるわ!」
「上等だ、受けて立ってやる。足元から植物が生えてきたら、全員迷わず叩き斬れ!」
「「「はっ!」」」
シンリーの特殊な戦術に怒りを抑えきれないメルトは思わず本音が零れる。だが当の本人は化け物と罵られることなど日常茶飯事である為全く何も感じておらず、高笑いしながら次々と食虫植物を生やしていった。
「ん、何だ――ぐうぅ……!」
「っ!う、上からも来たぞー!」
「馬鹿ねー、足元ばっかり気にしてるから頭上ががら空きなのよ」
「ちぃっ!森の木々を伝って上からも仕掛けてきやがったか……!」
メルトの指示で足元に意識を集中する一行だったが、残念ながらシンリーの植物はただ地面から生えてくるだけではない。別の場所から生やした植物を伸ばし、森の木々を渡って上からの奇襲も容易だったのだ。
完全に意表を突かれたメルトの仲間達は、一度に何人も食虫植物の餌食となる。
「いい気味ね、私の森に勝手に入ってくるからこんな目に遭うのよ。分かったら尻尾巻いてとっとと帰りなさい」
「……舐めるなよ植物人間が、はあぁっ!」
シンリーの縦横無尽な食虫植物による強襲で、仲間の大半が飲み込まれてしまった。
己の判断ミスにより仲間を危険に晒してしまったことが何より悔しく、そして己の不甲斐なさにメルトは怒りを覚える。だが、それよりも仲間を救出することこそが最優先であると判断した彼は、大地から先端が鋭利に尖った魔石の柱を無数に突き出し、食虫植物を全て切断すると仲間達を次々と吐き出させる。
「ぐ、ああぁ……」
「あ、熱い、体中が痛い……!」
「く、苦しいよ、隊長……」
吐き出された仲間達は全員激痛に悶え苦しみ、口々に苦しみの声を漏らす。その言葉が全てメルトに突き刺さり、彼への責任としてのしかかる。
「ごめん皆、俺の判断が間違ってたばかりに辛い思いをさせたな。仇はきっちり取るから許してくれ……」
「生意気ね、もうだいぶ少なくなったって言うのに、まだ私に勝つつもり?」
「当然だ、今の俺は誰にも負けるつもりは無い」
「ふん、随分な自信だけど、そんなものすぐに打ち砕いてあげるわ!」
負傷し倒れ伏す仲間達に謝罪の言葉と共に勝利を約束したメルトは、魔石で左腕を最大限まで強化する。その姿は以前アカリと激戦を繰り広げた時と同じで、メルトの本気度が伺えた。
だがシンリーはメルトとは初対面である為どれほどの強さかなど当然知る由もなく、先程までと同じく果敢に攻め入る。
「遅いな」
「なっ!う、うそ、あれだけの量のツルを一瞬で……!」
だが、残念ながらシンリーの攻撃がメルトに通用することは無く、広範囲から攻め入ったツルは全て彼の強化された左腕によって引きちぎられた。全方位から攻め入ったはずのツルを一瞬で根こそぎ消滅させたメルトの俊敏性に、シンリーはこれまでにない危機感を抱く。
「確かに貴様の攻撃は多彩でその全てを対処するなど不可能だろう。だが、それでも全ての攻撃が発動する前に根っこから切り取ればいいだけのこと。貴様の敗因は、全ての攻撃の初動が遅いことだ」
「偉そうに、まだ勝った訳じゃ無いでしょ!」
「いや、悪いがこの勝負は俺の勝ちだ。もう俺の速さにお前は着いて来れない!」
シンリーの弱点を完全に見切ったメルトは勝利を確信し、最速の攻撃で生え始めている植物をまだ成長途中の段階から次々と摘んでいく。
どれだけ生やしても成長しきる前に全て刈り取られてしまい、シンリーは自由に戦うことすら出来なくなった。
「ムカつくわね!こうなったら直接叩き潰して――」
「馬鹿が、もうただの木の槌如きで俺を仕留められると思うなよ」
「ぐうぅ!う、腕ごと持っていかれた……!?」
尽く植物を刈り取るメルトに苛立つシンリーは、腕を再び木槌に変え殴り掛かるのだが、その動きもメルトの速度に追いつくことはなく、彼女の腕は肩から無惨にも両断されるのだった。
「ぐはぁっ!がはっ……」
「ガゼル!?大丈夫なの!?」
「ま、まだまだやれっ……」
片腕を飛ばされ地面に膝立ちとなるシンリーの真横に、更にガゼルが瀕死の状態で降ってきた。いくらトリーラの攻撃力が低いからと言って、それでもガゼルとの戦闘力は歴然の差があり、それがとうとう形として現れたのだ。
「貴様は腕を失い仲間は死に損ないか、満身創痍だな植物人間。まだ戦うつもりか?」
「あ、当たり前よ。この森は私の縄張りで、それを荒らすあなた達を許すつもりは無いわ!」
片腕を失い勝つ見込みも無くなったシンリーは、それでも諦めず立ち上がる。その勇ましい姿にメルトは苛立ちと共に、ほんの少しだけ尊敬の念を送る。
「いいだろう、なら完膚無きまでに叩き潰すまでだ!」
「くっ、ごめんねダーリン、私負けるかも……」
戦いを諦めた訳では無い。だがそれでも自分が不利な状況に陥っていることなど当然理解しているシンリーは、無様な結果を残してしまうことを愛する者に謝罪する。
そして最後の力を振り絞って彼女はメルトに挑むのだった。
「――させるかよ!」
「えっ、ダーリン!?」
「ようやく来たか、待ち望んだぞ……」
だがそんなシンリーを庇う為虚空から突如として現れたのは、クウを回収に向かったアカリであった。
アカリは既に融合体となり、空間魔法を用いて戦場に舞い戻ったのである。




