五章 31.圧倒的不利
爽やかな朝の木漏れ日を浴びながら、仲間と共に気ままな山菜摘みをしていたというのに、突如として現れた人型魔物の一団によって楽しい時間は粉々に砕かれた。
まさかこの森でこいつらと再会するなど露ほども思っておらず、完全に不意をつかれた形である。
「アカリ、戦って勝てると思うか?」
「いや無理だ、俺達の装備が不十分過ぎる。このまま戦えば五分ともたず負けるだけだ」
ガゼルに小声で勝算を聞かれたが、今の俺達では奴らとの戦力差があり過ぎる。
向こうはフル装備で仲間もきっちりと引き連れて現れた用意周到さだが、対するこちらはクウも居なければ魔道兵器も無く、使えるのはマジックストレージに僅かに貯まっている魔力のみだ。ガゼルも魔道兵器は置いて来ている様だし、こんな準備不足な状態で戦える相手ではない。
「こんな朝早くから森で散歩とは奇遇だな。そっちも山菜採りか?なんなら俺達の朝食に招待してやっても――」
「下らない会話をしている時間は無い。俺達の目的は貴様の使役している聖獣だ。そいつをこちらに寄越せ、でなければあの村の人間が一人残らず死ぬことになるぞ?」
戦っても勝ち目など無いので、関係無い話をして意識を逸らす作戦に出たのだが、残念ながら無意味であった。どうやら今朝のメルトさんは虫の居所が悪いらしく、俺と雑談はしたくないらしい。
まったく、こっちは寝不足で体調最悪な状態出茂、わざわざ気を使ってやってるてのに。
「聖獣ってのはクウのことか?あいにくだが今ここには居ないぜ」
「なら今すぐ呼び戻せ。でなければ村の人間が死ぬだけだ」
「ちっ、少しの猶予もくれないのかよ。しかも村のことまで把握してるとは、随分と下準備がいいみたいだな……」
どういうつもりか知らないが、こいつらはクウが目的でここへやって来たらしい。こんな連中にクウを渡す気などサラサラ無いが、それでも何もしなければ村の人達が襲われることになる。
それにしても村全体を人質に取るとは、こいつらなかなかに用意周到だ。一体いつから俺達のことを把握していたんだか。
「早く呼び戻せ。貴様らに選択の余地なんぞある訳ないだろ」
「ちっ、分かったよ。今呼ぶから少し待ってろ」
もう時間の猶予など無いとメルトは俺を脅してくる。だから急いでクウを呼び戻さなければいけない為俺はそう返事するのだが、ここで一つ大きな問題があった。
残念ながら、今の俺にはクウを呼び戻す術が無いのだ。
魔道具のお陰で居場所は分かっているのだが、クウにこちらへ来てもらう様指示を出す方法が無い。
「お、おい、アカリ?お前まさか……!」
「あはは、多分今ガゼルが想像してる通りだと思う……」
「いや、さすがに冗談だろ?何か方法の一つや二つくらい――」
「残念ながら無い」
メルトに命令されてから一向に動こうとしない俺に対し、最初に不信感を抱いたのはガゼルだった。そして彼は俺が動かない理由に予想がついたらしく、小声でまさかと問い掛けてくる。
だが、残念ながら現状ではその予想こそが真実であった。
「ふん、どうやら今の貴様はあの聖獣を呼び戻す手段が無いみたいだな。なら仕方ない、我々が暴れ貴様を人質とすることで、奴を呼び出すとするか」
呼び出す方法などある訳もなく手をこまねいていると、ついにメルトにもそのことを察知されてしまった。そしてそうなってしまえば、こいつらは当然強硬手段に出るだろう。
「やっぱ最終的にはそうなるのかよ。だがお前達の好きにさせるか!」
「お、おいアカリ!?ああくそっ、こうなったらやけだ!」
戦う術が無いからといって、みすみすやられる訳にはいかない。俺は悪足掻きとばかりに魔力操作でマジックストレージ内の魔力を引っ張り出し、一時的に肉体を強化させメルトに襲い掛かる。
そしてそんな俺を見かねたガゼルも、不満を言いつつ着いてきてくれた。ごめんな、俺のこんな無謀な特攻に付き合わせてしまって。せめてお前だけは助かるように立ち回ってみせるから許してくれ。
「馬鹿が、本調子でも無い状態で無謀が過ぎる。俺も舐められたものだな」
「ぐっ、がはっ……!」
メルトに果敢に攻め入る俺だったが、残念ながら俺の攻撃は奴には届かなかった。メルトの操る赤い魔石が俺の前に高らかに立ち塞がり、壁となって進行を妨げる。突然現れたせいで避けることも出来ず猛烈な激突をかましてしまい、俺の額から血が零れ落ちた。
「背中借りるぞ!」
「あっ、この!」
目の前にそびえ立つ魔石の壁を超える為、ガゼルが激突した俺の背中を踏み台にした。仲間の猪突猛進を完全無視するどころか、あまつさえそれを利用しようとするその魂胆、まぁ腹は立つが理にかなってもいるので許してやろう。
「調子に乗るなよ貴様ら!」
「ふん、下らん攻撃だ」
透き通る魔石の壁越しに、ガゼルが果敢に攻撃を仕掛ける姿が確認出来る。魔道兵器は無いがそれでも魔力操作は出来る為、恐らくは俺の見様見真似で殴り掛かっているのだろう。
だが、やはり付け焼き刃の攻撃が通用する程メルトは甘くなく、ガゼルの攻撃は虚しくも逸らされカウンターに魔石の豪腕が強襲する。
「ぐあぁ!く、つ、強い……!」
「ただでさえ弱いこの世界の人間が、あの玩具も使わずに俺に勝てる訳が無いだろ。分かったら黙ってそこで寝ておけ」
メルトの攻撃を受けたガゼルは大きく吹き飛ばされ、痛みに身悶えている。俺もすぐに援護に駆けつけたいのだが、奴の出したこの魔石の壁が進路を妨害していて手が出せない。
殴って砕こうと足掻いてはいるが、壁は相当に分厚く今の俺ではまだ時間が掛かってしまう。
「さてと、仲間がここまでされても未だ聖獣すら呼び出せないとは、本当に使えない奴だな」
「うるせぇ、誰がお前の言うことなんか聞くかよ……!」
「物分りの悪い奴だ。なら仕方ない、見せしめにこいつの命を散らしてやる。それで覚悟が決まるだろう」
「なっ!?や、やめろ!ガゼルにはこれ以上手を出すな!」
一向にクウを呼び出そうとしない俺にメルトは苛立ちだし、先程突き飛ばしたガゼルの元へとゆっくりと歩きだした。
クウを呼び出す手段などある訳が無いのに、それを奴に伝えたらきっとクウが来るまで虐殺の限りを繰り返すだろう。だからといってこのまま何もせずにいたらガゼルが無惨にも殺されてしまう。それだけは何としても避けなければならない。
なら今俺に出来ることは何だ?この魔石の壁を無理やりにでも破壊してガゼルの救援に向かうことか?いやダメだ、それはどう考えても間に合わない。だったらあと俺達に出来ることは何がある?考えろ、脳みそを最後まで絞り捻り出せ!
「まだ、何か手があるはず……!俺に出来ること、いや、ガゼルにもまだやれることが何か……っそうか!ガゼル、炎だ!炎を撒き散らして森を燃やせ!」
「はっ?ほ、炎だと?そんなことをして何の意味が――」
「いいからやれ!でないと俺達は死ぬだけだ!」
「……分かった、後でどうなっても知らんからな」
頭を限界まで回転させた結果、俺は森を燃やすようガゼルに指示を出す。属性変化が使えるガゼルなら、例え攻撃性能は低くともこの森を燃やすことくらいは造作もないだろう。だから俺はそう叫んだ。
「何をするつもりか知らないが、悪足掻きなどさせるものか!」
「ふっ、近づくと火傷するぞ……」
俺とガゼルのやり取りを聞いていたメルトが阻止しようと走り出したが、それよりもガゼルが属性変化を発動する方が速かった。
ガゼルの右手から紅蓮に燃える炎が噴射され、その豪火がメルトの進行を足止めしそのまま森の木々へと引火する。
生きている木は燃えにくいが、その周囲に落ちている枯葉や枯れ木が着火剤代わりとなり、広範囲に渡り噴射される炎も相まって森は瞬く間に火事へと発展した。
「ちっ、煩わしい炎だ。だがこんなもの大した火力では無い、つまらない悪足掻きだったな!」
「させるかよ!」
突然の炎にメルトは一瞬怯んで警戒していたが、その炎がさほどの脅威ではないと察知すると、ジリジリと火元であるガゼルに再び近づき出した。そして今度こそメルトはガゼルにトドメを刺そうとする。
だが、その攻撃は間に俺が入ることで阻まれた。ガゼルの炎が上手く時間稼ぎとなり、俺は魔石の壁の破壊に成功しそのまま救援に駆けつけた訳だ。
「ちっ、もう壁を破壊されたか。だが今の貴様がいた所でこの戦況が変わることも無い。このまま二人仲良く地に還れ!」
「ははっ、馬鹿だな、俺の本命は別にあんだよ」
メルトの言う通り俺が戦闘に加わったからと言って、今の俺達では奴に敵うはずなど無い。だから俺の本当の狙いは別にあった。
「ちょっと誰よー!私の大切な森を燃やす愚か者は!」
「へへっ、やっぱり飛んできたか。これでどうにかなるな……」
俺がガゼルに森を燃やした真の狙いは、火事を目印にしてこの森の主を呼び出すためだ。そして俺の狙い通り森の主であるシンリーが現た。
魔人が戦闘に加わればまだまだ戦況は分からない。本当の戦いはここからだ。




