五章 29.シンリーとの和解
腹の結晶がどういう存在なのかを確認するため色々試したてきたが、その結果分かったのはこいつはやはり封印の力を有している厄介な結晶ということだけだ。
俺の体をじわじわと侵食し封印を施してくる結晶を前にして、俺は為す術がなく万策尽きている。
四百年前初代勇者と戦った時は、あの魔剣で貫かれた瞬間一秒ともたず封印された。だが今は力が落ちているのか、たっぷりと時間をかけて少しずつ俺の体の自由を奪ってきている。時間が経つほどに動かなくなる部位が増え、この遅さが俺の恐怖心を刺激した。
「ぐっ、こ、このままじゃ、ほんとにまずいな。せめてマリナの所にさえ行ければ……!」
『クアッ!(クウに任せて!)』
このまま何もしなければ封印の眠りにつくのは時間の問題だ。そしてこれを解けるのはマリナのテンスだけである。だからどうにかしてマリナの元へ向かおうと足掻くも、既に俺の足は決勝に包まれ身動きが取れない。
だが、もうダメかと思ったその時、脳内でクウの頼もしい声が響いてきた。クウはそう叫ぶと同時に俺の足元にワープホールを出現させ、結晶の封印ごと一瞬で俺を移動させてくれる。
「ぐあぁっ……!」
「な、何なの急に……?えっ、ア、アカリ!?これどうなってるの!?」
「ダ、ダーリン!?どうしてまたそれに包まれてるのよ!?」
「そ、その声はマリナとシンリーか。どうやら上手くいった見たいだな、ありがとうクウ……」
足元から落下する様に移動した俺は、受け身も取れないままどこかへと体を強く打ち付ける。落下の衝撃に身を悶えつつも、周囲から仲間達の驚く声が聞こえ、クウが上手く飛ばしてくれたことを察した。
マリナ達は突然俺が現れた状況が理解出来ず困惑し、更に俺の全身にへばりついている封印の結晶を目にしてより一層取り乱しだす。
「マ、マリナ、驚くのも無理はないけど、取り敢えずこいつを何とかしてくれないか……?」
「そ、そうね!分かったわアカリ、いくわよ!」
「ごはぁっ!」
驚き混乱しているマリナだったが、俺の言葉で状況をようやく理解したのか、横たわる俺目掛け思い切り殴りかかってくる。そしてそこには封印を解除することが可能な彼女のテンス、魔力解放が込められていた。マリナの拳で俺は大きく吹き飛ばされるも、それと同時に魔力解放の効果によって俺の体にまとわりついていた結晶も砕け散り、その力を失って消滅する。
俺は殴られた痛みと引き換えにすることで、どうにか封印から間逃れたのだった。
「痛ってて……!ふう、どうにか封印は避けられたか」
「クウー(ギリギリだったねアカリ)」
「ああ、クウがいなかったら人知れず俺はまた封印されるところだったよ。ありがとうな」
マリナに殴られた箇所をさすりつつ、融合を解除した俺は寄り添ってくるクウに改めてお礼を伝えた。
もしクウがいない状態で貯めてあった魔力だけで実験をしていたら、今頃俺は誰にも気づかれないまま封印されていただろうからな。クウには感謝してもしきれない。あと封印を解いてくれたマリナにももろん感謝している。
「ダーリン、どうしてまた封印されそうになってたのよ!?」
「あ、ああ、クウと合流したからさ、さっきミュレインに言われた通りに魔力を流してみたんだよ。そしたら見事にこいつが反応したって訳だ」
「もう、何で私達が居ない場所でそんな無茶をするの……」
「悪い悪い、軽い気持ちで試したからそこまで深く考えれてなかった」
痛む体をさすりつつ立ち上がろうとすると、シンリーが俺の元へ詰め寄ってきて俺の肩を思いっきり揺さぶってくる。その顔は本気で俺の身を案じて心配げにしており、そのことからこれがどれだけ彼女に心労をかけたかが伝わってきた。
今回は近くにマリナが居てクウがそこまで素早く移動してくれたから良かったものの、もしそれらの条件が揃っていなければ、俺は再び封印の眠りにつくことになっていたのだ。シンリーの不安げな顔が、その現実を俺に強く叩きつけてくる。
「やっぱり、ダーリンを自由にしてたら何が起こるか分かったものじゃないわね。これからはずっと私と一緒にいてもらうわよ!これはもう決定事項だから!」
「えっ、いやでも、もう縛られるのは嫌なんだけど……」
「分かってるわよ、それでダーリンに嫌がられて逃げられたら元も子もないからね。もうそこまではしないから安心して」
「ほうほう、それならまぁ何も問題は無いか……」
今回の件を経て、シンリーはもう俺から二度と離れないと宣言をしてくる。だが俺は縛られたままの生活はごめんだと伝えると、彼女も少し時間が経って頭を冷やしてくれたのか、もうそういうことはしないと約束してくれた。
縛られないのなら特に不自由も無いので、彼女と行動を共にするのは何ら問題無いだろう。昔もそうやって一緒に旅をしていた訳だし。
「兄貴、体は大丈夫なの?もう平気?」
「大丈夫だよセロル。ほら、見ての通り俺の腹は元通りさ!」
「わっ、す、凄いねそれ。魔石が体に埋め込まれてるみたいだ……」
セロル達もシンリーの後に続くように、俺のことを心配して駆け寄ってきてくれた。だから俺は問題無いことを示すために、元通りの結晶となった己の腹を晒してそれをアピールする。
だが彼女達にはそもそも、一度もこの結晶を見せたことが無いので、まずその存在に驚かれてしまったが。
「それにしても、今回のでその封印の結晶に私の魔力解放を二回ぶち当てたことになるのに、結局その結晶本体を完全に消すことは出来なかったわね」
「そうだな、こいつは未だに俺の腹に残ったままだ」
「アカリ様のその結晶は、私達よりもより密接に体と馴染んでいるということでしょう。恐らくその結晶は、もうアカリ様の体の一部として機能していると思われます」
「なるほどな、こいつはもう俺の体そのものってことか」
何度魔力解放を浴びようとも完全には消え失せない結晶に対し、ミュレインが彼女なりの推察を話してくれた。確かにマリナのテンスが効果を発揮しないということは、こいつが既にその辺にいる魔物と同じ様にこれ単体で役目を果たしているということになる。マリナのテンスは、魔力そのものの獣である魔物には効果を発揮しないからな。
だから俺の体の一部として完全に結合しているこの結晶は、もう取り除くことは不可能なのだろう。
「厄介だな、取り除けない上に魔力を浴びたらいつでも封印の機能が働くってことか。鬱陶しいことこの上ないよ」
「あの、アカリ様さえよろしければ、私の知人に優秀な治療師がおりますので、その方に相談してみませんか?」
「んー、いやそれはやめておくよ。その相談も答えが出るまでには時間が掛かるだろうし、今の俺はそこにのんびり時間をかけてる暇がないんだ。ごめんなカーリス」
「いえ、ではもし気が変わりましたらいつでもお待ちしておりますね」
区長の娘であるカーリスも俺のこの腹のことを心配して、治療師に診てもらうことを勧めてきた。だが、こんな体の症状を前にしてすぐに答えが出るなどありえないだろうし、今はそこにかける時間が惜しい。だから申し訳ないけれど、彼女の提案は断らせてもらった。
「ちょっとちょっと、何怪しい提案をしてるのよ!ダーリンの治癒は全てこの私の役目なんだから、信用出来ない人間に預ける訳無いでしょ!」
「ご、ごめんなさい、私はただアカリ様が心配で……」
「おい落ち着けよシンリー。カーリスはただ善意で言ってるだけなんだからさ、そうムキになるなって」
治癒は己の役目だから出しゃばるなとばかりに、シンリーがカーリスに怒りだした。己の十八番である治癒を大嫌いな人間に取られるというのが、どうも彼女の琴線に触れてしまったらしい。
ちゃんと断ったんだから、少しは冷静さを保ってほしいものだ。
「はぁ、それより今日はもう疲れたし、そろそろ眠らないか?」
「そうね、この一日で色々と事件が起こりすぎて、私達ももうくたくたよ」
「分かったわ、なら皆の案内は任せるわミュレイン」
「かしこまりましたシンリー様」
色々とイベントの絶えない一日で、気づけば時刻も真夜中に差し掛かっていた。さすがにもう俺達も眠気が限界に差し掛かっていた為、今日はもうお開きとなる。
今日は様々な新事実が発覚した訳だが、それらの情報の精査は全て明日の自分に委ねることにしよう。




