五章 28.封印の再来
女性陣がテーブル一つを囲んで盛り上がっている中、シンリーの魔の手から逃げ延びたアカリは、森の片隅で小休止を取っていた――
「はぁ〜〜〜〜。どうにか逃げ切ったな……」
クウのお陰で拘束から間逃れた俺は、大木にある根の隙間に隠れて腰を下ろすと、盛大な溜息をつく。せっかく村の連中が宴会を用意してくれたというのに、結局俺は料理の一つも楽しめないまま終わってしまった。
「クアッ!(危なかったねアカリ!)」
「ああ、クウがいなかったら今頃俺はシンリーの傀儡と成り果ててただろうな……」
「クウー(シンリーもアカリに会えて嬉しいのは分かるけど、あれはちょっとやり過ぎだよー)」
シンリーがあんな行動をとってしまったのは、俺との再会までに四百年という途方も無い歳月が流れてしまったからだろう。それは本当に申し訳ないと思っているし、だからこそ出来るだけ俺はかつての仲間の要望には応えたいと思っている。
しかし、俺にもやらなければならないことは沢山ある為、囚われの身となって一生拘束されたまま暮らす訳にはいかないのだ。だから申し訳ないが、今のシンリーからは一旦逃げる。
「クウ?(これからどうするの?)」
「そうだなー、取り敢えずシンリーが落ち着くまではあいつの前には姿を現さないようにするよ。協力してくれるかクウ?」
「クアッ!(もちろんだよ!)」
ほとぼりが冷めるまでは、出来るだけシンリーとの接触を避けることにする。そうでもしなければ、俺はあいつに会う度に手足や首を縛られることになるのだから。
「しっかし腹減ったな〜、結局村の料理も食べ損なったし……」
「クウ?(アカリお腹空いてるの?)」
「ああ、シンリーのせいで料理に一口も手をつけられないまま今に至るからな」
シンリーからはどうにか逃げ切れたようだが、そうなってくると先程まで走り回っていた影響で空腹が俺の心と体を虐めてくる。かと言って料理を取りに村へ戻った暁には、再びシンリーとの鬼ごっこが再開してしまう為、俺は帰ることも許されない。
鳴り止まないお腹の虫に悩まされながら、虚しさだけが募るばかりである。
「クウ!(そーなんだ、ならクウが料理出してあげるよ!)」
「えっ?出すってどうやって――ってどわあっ!」
「クアッ!(ほらっ、沢山食べていいよアカリ!)」
「なるほど、空間魔法で料理をワープさせてくれたのか。ありがとうクウ、やり方は無茶苦茶だけど助かるよ……」
クウが突然料理を出してくれると言い出したから何をするのかと思えば、何と空間魔法を用いて村の料理をワープしてくれたのだ。
確かにこれならばわざわざむらへ出向くことなく、あそこの料理を堪能することが出来る。クウの妙案には驚きつつも、思わず喜びが溢れてきた。
「でも、これはちょっと多過ぎるだろ……」
ただし、クウの呼び出した料理は笑える程に数が多く、明らかに一人分の食事量の許容限界を超えていた。クウ自身は確かに大食らいの魔獣ではあるが、俺はノーマルな食事量しか取れない為、クウ基準で用意されても当然食べ切れるわけがない。
先程までは食べる物が無くて困っていたというのに、今度は食べ物が多過ぎて悩み出すとは、考えることが真逆過ぎて疲れてくる。
「クウ?(そう?)」
「さすがにこの量は食い切れないぞ。ってかこんだけの料理が一瞬でワープしたとなったら、今頃村でも騒ぎになってるだろうな……」
「クアッ!(大丈夫だよ、余った分はクウも一緒に食べるから!)」
「そうか、まぁ村の方もガゼル達が居るし、あいつらが皆には上手く説明してくれるだろうか。しゃーない、ここにある料理は俺達で全部食べ切るぞ!」
「クウー!(おー!)」
どれだけ悩んでいても目の前の料理が減る訳ではない。そう割り切った俺は村の混乱は全て仲間達に任せ、こっちは料理を消化していくことだけに専念する。
そうして明らかに多過ぎる料理を目の前にして、俺はクウと共にその数を少しずつ減らしていくのだった。そこにはせっかくの村の料理の味を楽しむ余裕など一切無い。
――
クウと協力してどうにか大量の料理を食べ切った俺は、今にもはち切れそうな腹を抑えながら、木の根にもたれかかって休んでいた。
「はぁ、本当に食べ過ぎた。もう死にそう……」
「クウー!(美味しかったねー!)」
「はは、クウはまだまだ余裕そうだな……」
俺の腹はとうに限界を超えているというのに、クウはまだまだ食べられるといった余裕さを醸し出していた。
俺よりも遥かに小さいこの体の、一体どこに食料は吸収されているのだろうか。もしかしたらクウの体内にも空間魔法が作用されており、胃袋がブラックホールにでもなっているのかもしれない。
「クウ?(この後は何するの?村に戻る?)」
「うーん、また戻ったら捕まるだけだからなー。あっ、そうだ、クウが来たら一つ試したいことがあったんだ」
クウにこれからどうするのかと尋ねられ、俺はさっき自分の腹を色々と試していたことを思い出した。ミュレインに魔力を使った方法を提案されていたので、今はちょうどクウもいるからいい機会だ。ここなら余計な邪魔が入る心配もないし、思う存分実験が出来る。
「さっきはこの腹の結晶を色々試してたんだ。クウも融合して少し協力してくれないか?」
そうお願いしながら、俺は服をたくし上げて自分の腹を晒す。今は食後でしかも膨大な量を食べた為少し張ってはいたが、そんなことが気にならない程に異彩な雰囲気を放つ封印の結晶が張り付いた腹を。
「クウクウー!(綺麗なお腹だねー。うんいいよー!)」
「おっサンキュークウ、それじゃ早速始めるか!」
クウは俺の腹を見ても特に気味悪いというような反応を示すことは無く、結晶の煌めきを純粋に綺麗だと思ってくれた。きっと本当に無意識に言っているだけなんだろうが、だからこそ避けられなかったことが俺は何よりも嬉しい。
そうして俺は暗い森の中に白い輝きを放ち、クウと融合するのだった。
「さてと、それじゃこいつに魔力を流してみるか」
クウと融合した俺は、片翼を無造作に揺らしながら魔力操作で腹へと魔力を流していく。
「うーん、やっぱり何も起きな――いや待て、これ……おいおい!なんか腹の結晶が光出したぞ!」
『クウー(わぁー、キラキラしてて綺麗だねー)』
魔力を流しても最初は何も起きなかった為、これも無駄だったかと諦めかけたその時、腹の結晶が突如七色の輝きを放ち出した。腹から漏れ出す眩い光を前にして、俺はようやく成果が出たことへの喜びと、ここから何が起こるのかという不安の感情が入り乱れる。
そしてそんな中俺と融合しているクウは、脳内で光の美しさに可愛らしい感想を零していた。
「ようやく反応しやがったか。さて、ここからどうなるかだな。取り敢えずもっと魔力を注いでみよう」
『クウー!(やっちゃえアカリー!)』
「おうっ!見てろよクウ、更なる芸術を披露してやるぜ!」
ようやく腹の結晶は反応を示してくれたが、それでも今はただ光っているだけだ。ここから更なる変化を求めて、俺は更にここに魔力を注ぎ込む。
クウに上手く乗せられてしまったのもあるだろう。この時の俺は盛大に調子に乗って、魔力を注ぎに注ぎまくった。
「えっ?あれっ?なんか、結晶が少しずつごつくなってきた気がするぞ……」
その結果、俺は見事にやらかしてしまったのだ。この結晶がどういった効力を持っているかなど、四百年間眠っていた俺が一番よく分かっていたというのに、この時の俺は反応してくれた喜びから、その力を完全に忘れてしまっていた。
「な、何だ!?膨れ上がって体に張り付いて……、うわぁっ!あ、足がもう動かない!」
魔力という名の栄養を得た結晶は、ふたたび活動を再開し俺の体を拘束しようと、全身を這うように巨大化し始めた。俺は咄嗟に逃げようとするも、体にピッタリ結合している結晶から逃れることなど当然出来るはずもなく、気がつけば既に足の自由は奪われ身動きが取れなくなっている。
「あ、これヤバいやつだ。また封印されるコースかな……」
体の自由を完全に奪われ、更に拡大する結晶は既に俺の体の九割を飲み込んでいた。最早自由なのは顔だけとなったところで、俺は今の状況が本当に窮地の事態であることに気がつく。
だがその時にはもう全ては手遅れであり、俺は再び封印の眠りにつこうとしていた。




