五章 27.魔人の強力な自慢話
恐ろしい強敵姉妹の登場に、シンリーは内心で強い焦りを感じていた。セロルやマリナらを見ていても全く危機感を覚え無かったというのに、カーリス達の魅力はそれらとは比べ物にならないほどに驚異的なものと受け取ったのだ。
「本当に恐ろしい連中がダーリンの近くをうろついているわね。これはちょっとでも油断したらほんとに取られてしまうかもしれないわ……」
「あの魔人様、僕達とカーリスさん達とで反応が違う気がするんだけど」
「当たり前でしょ。こっちは男と間違われるような奴を相手にしてる暇はないのよ」
「ぐはっ!ま、魔人様が僕の傷を容赦なく抉ってくる……!」
シンリーの扱いの差に違和感を覚えたセロルは問いただすのだが、返って来た言葉に精神を大きく消耗させられる。セロルにとってアカリに男だと間違われていた過去は、それほどまでに深い傷を遺していたのだった。
「はぁ、僕もネネティアちゃんやリリフィナみたいに髪でも伸ばそうかな……」
「それがいいかもしれませんね。アカリ君はそれくらい極端に分かりやすいことをしないと何も気付かない程にまぬけですから」
「うん、そうしてみるよ……」
ショックから立ち直れないセロルは、簡単な対策として今後は髪を伸ばしていくことを決意した。ネネティアも単純だがそれが一番効果があると推奨するが、その背景ではアカリが尽く馬鹿にされている。
「で、最後に残ったあんたはダーリンとどういう関係な訳?メイドを名乗ってるらしいけど」
「自分からなろうとした訳ではない!ただ私は、己の犯した罪を償う為に奴の小間使いとなっただけだ……」
そしてそんないよいよ最後の順番が巡ってきたのはラリヤである。彼女とアカリの出会いは単なる勘違いからであったが、そこから発展した歪な関係性には彼女自身も眉を顰めていた。
「へぇー、罪って何をしたのよ?」
「ラリヤはさっき話してたアカリがルトリィの子守りをしている所に遭遇してね、その様子を見て誘拐犯だと勘違いして襲ったのよ」
「アカリ君もアカリ君で悪知恵の働く人ですからね。わざと無抵抗を装って、ラリヤさんが後々不利になる状況を作り出したんです」
「なっ、貴様ら!ペラペラと言うんじゃない!」
「あ、ごめんなさい。つい……」
シンリーがラリヤの罪とは何かと問うと、何と本人ではなくマリナとネネティアがそれに答えてしまった。
ラリヤは先の件を非常に危惧していたのだ。あれだけアカリのことを慕っている魔人が、もしその大切な人を痛めつけたという話を聞いたらどんな反応を示すかということを。
恐らく無事では済まないであろう身を案じ、出来るだけその話題には触れない様今まで黙っていたというのに、それをマリナとネネティアが全て打ち明けてしまったせいで彼女の作戦は全て水の泡となった。
「ダーリンを襲ったですって?あなた、随分といい度胸してるわね……」
ラリヤの失態が暴露され、シンリーの低い声が女子会の輪に響き渡る。
「ひぐっ……!い、いや、あの件は既に私も十分反省している!それにこの話はもう本人とも終わっていることでな――」
「あははははっ!本当に馬鹿な人ね!」
「……え?」
恐ろしい程の圧にラリヤは何ふり構わず弁明するのだが、そんな彼女の言葉を遮る様にシンリーは楽しげに高笑いするのだった。
予想とは全くの真逆な反応を示す魔人にラリヤから思わず気の抜けた声が出る中、そんなことはお構い無しにその理由をシンリーは語りだす。
「ダーリンがあんたみたいなのに一方的にやられる訳ないでしょ?あー、それでまんまとはめられて今はダーリンの奴隷になってるってことね。なっとくなっとく」
「べ、別に私はあの者の奴隷になったつもりは無い!しかし、怒りはしないのか?私の不始末を……」
「それはもちろん、大切な人を傷つけられたんだから怒ってはいるわよ。でもダーリンが傷つけば、その分私が治癒する時間が増えるってことだし、それはそれで結構役得なのよね〜」
アカリが傷ついた数だけ、それを治癒する時間が増える。だからシンリーはアカリが襲われたことは怒っていても、それをラッキーだとも思っているのだ。それだけ二人きりの時間が増える訳だから。
シンリーの発想はかなり異端なものであり、その言葉から女性陣は目の前の人物が本物の魔人だということを再認識する。
「そ、そうか……」
「良かったですねラリヤさん、命拾いしましたよ」
「ああ、半分は貴様のせいだがな」
「ごめんなさい、あはは……」
無事事なきを得たことに安堵するラリヤを見て、ネネティアもそれに同情する。だがその元凶を生み出した本人からの慰めなど嫌味でしか無いため、己の寿命が縮む思いをしたことを噛み締め、怒りの視線をぶつけるのだった。
「さて、これであなた達の話はあらかた聞けたかしら。皆ダーリンと色々過ごしてきたみたいだけど、やっぱり私とダーリンの関係が一番ね」
「随分な自信だけど、ちなみに魔人様と兄貴はどうやって出会ったの?」
「ふっふっふ、私とダーリンの出会いはそれはもう劇的だったわ。最初私は人間がこの世の何よりも嫌いで、もちろんダーリンも例外じゃ無かったの。でもそんな私でもダーリンは差別することなく平等に守ってくれて、そんな優しさに惹かれたのよ」
全員の話を聞き終わったところで、今度はシンリーがアカリとの出会いを語り出した。
彼女とアカリの出会いは今からはるか昔、四百年前まで遡る。かつて人間の悪意によって実験に利用され己の能力を悪用されたことから、あの頃のシンリーは人間という存在そのものを途方も無いほどに嫌悪していた。縄張りとしている森に人間が入り目の前に姿を現そうものなら、必ず生きては返さず惨殺していた程に。
そしてそんな生活を送っていた中で出会ったのが、アカリという男だった。
「ダーリンはね、私がどれだけ彼のことを嫌って攻撃しても、己の信念を一切曲げることなく自分自身を犠牲にしてまで私に寄り添おうとしてくれたの。私はそんなダーリンの真摯で一途な想いに心打たれて、ダーリンの為に私の人生を捧げようと誓ったのよ」
アカリがシンリーと出会った頃も、シンリーの魔人としての能力を悪用しようとする人間がいた。アカリはその人物から己の身を盾にしてまで彼女を守る為に戦ったのだ。アカリのそんな戦う姿を目にして、シンリーはアカリのことを慕うようになった。
それがアカリとシンリーの出会いであり、今の関係性に繋がっている。
「ちなみに私は、ダーリンと一度だけ海辺をお散歩したことがあるのよ」
「えぇっ!?な、何その心温まるような羨ましい展開は!?」
「ア、アカリ君ってそういうこともするんですね。女性関係との付き合いには興味無いんだと思ってました……」
「アカリ様と海辺のお散歩、想像するだけでとても幸せな情景が浮かびます」
アカリとの出会いの過去を語ったシンリーは、そのままの流れで特大の自慢話を女性陣にぶつけてきた。海辺でアカリとシンリー二人きりの散歩という、誰もが憧れるデートを彼女は経験していたのである。
驚き羨ましがる女性陣を前にして、シンリーはかつてないほどに自慢げな表情を浮かべていた。
「ふふん、あなた達には一生無理な展開でしょうね。私とダーリンの仲だからこそ実現出来たんだから」
「ぐっ、悔しいけど、今の僕じゃ兄貴とそういうことはどう足掻いても出来る未来が見えない……!」
「本当に凄いですね魔人様。どうやってあのアカリ君とそこまで距離を縮めたんですか?」
「そんなのは私の熱い想いがダーリンの心に届いたからに決まってるでしょ。あれは必然だったのよ」
どうやってそんな展開を実現したのかと問いかけるも、シンリーからその答えを得られることは無かった。何故なら本人は、その結果が当たり前のものだと信じ込んでいるから。
こうして女子会という名のアカリ自慢会は、最古参であるシンリーが特大の爆弾を落として一歩リードするのであった。




