五章 26.ダークホースシスター
女性陣でのアカリに関する報告会は続く。
「それじゃあ次は僕の番だね。僕が兄貴と出会ったのは、まだ僕が虐められっ子だった時だよ。あの時颯爽と現れて僕を虐めてた連中を次々と倒していく様は、本当にかっこよかったんだ」
次は自分の番だと発言したのはセロルだ。彼女とアカリの出会いは単なる偶然からであったが、その偶然が勇者一族に異質な存在を生み出すこととなった。
「へー、あんた昔はいじめられてたんだ。まぁなんだか幸薄そうな顔してるものね」
「うるさいな、余計なお世話だよ!」
セロルの昔はいじめられっ子だった発言を聞いて、シンリーは何故か謎の納得をしている。その納得の仕方に本人は当然不満げであり、魔人相手でも容赦なく文句をぶつけていた。
「ふふっ、思い出しちゃったんですけど、そう言えばセロルさんって最初の頃アカリ君に男子だと思われてましたよね」
「や、やめてよネネティアちゃん、あれ実は結構気にしてたんだから……」
「ごめんなさい、でも思い出したらおかしくってつい」
セロルが昔の話題を出てきた影響で、ネネティアがセロルの性別に関するアカリの大いなる誤解を思い出した。短髪と一人称が僕というだけの理由で、アカリがセロルのことをずっと男だと思って接してきた時のことを。
「あははははっ!何あんた、ダーリンに男だと思われてたの?それは災難だったわねー。いや、本当に可哀想……ぶふっ」
「わ、笑いすぎですよ魔人様!」
「ぐっ、何も言い返せないのが辛い……!」
セロルが男だと思われていたという、ずば抜けてぶっ飛んだエピソードを聞いたシンリーは、たまらず腹を抱えて笑いだす。アカリの感性が若干人とは違うことはシンリーも多少認識していたが、それでも男女の区別までつかなくなっていたとは思わなかったからだ。
本人が知らぬ間に、アカリはこの場にいる全員に小馬鹿にされている。
「はぁ、はぁ、もう本当に面白過ぎるわダーリン。さすがは人よりも獣を愛する変人なだけはあるわね」
「くうっ、なんだか悲しくなってきたからもう次の人に回っていいよ……」
「では次は私が話しましょう。王子様との出会いの軌跡を!」
シンリーに息が切れるほど笑われたセロルは、辛くなってしまい次へと順番を回すのだった。己のアピールタイムだと言うのにネネティアという思わぬ刺客の登場に、完全に不意をつかれた形である。
そして虚しくも手放した己の時間をあっさりとかっさらうのは、唯一無二の魔王信者であるリリフィナ・エインシェイトだ。
「私が初めて王子様を知ったのは五歳の時。弟と一緒に勇者伝説を読んでいたら、王子様が絶対強者を前に立ち向かう姿に私は魅了されてしまったの」
「随分と変わった子ね。あれは万人が勇者を尊敬する為に描かれた絵本なのに」
「……ふん、勇者一族には一生分からない。あの絵本の中で理不尽に抗う王子様の勇ましき姿が」
絵本に対するリリフィナの独特な解釈には、思わず勇者一族のマリナが反応してしまう。
本来なら勇者が魔王を打倒する王道な物語に心打たれるところを、彼女はやられる側である魔王に魅力されてしまったのだから、周囲から奇異の目で見られるのは必然であった。
「悔しいけどあなたの感想には私も同感ね。勇者伝説は私も一回読んだことがあるけど、内容は嫌味な程にダーリンを悪役に仕立て上げようとしていたのに、溢れ出る魅力を全く隠しきれていなかったもの」
「そうなんですよ!どれだけ敵役として描かれてもそれを微塵にも感じさせない程に勇ましい姿に、私は惹かれてしまったんです!」
「うんうん、その気持ちだけはよく分かるわ。でも客観的に見ておかしいのはあなただから、そこは自覚した方がいいわよ。私は昔からダーリンの良さを知ってるから別だけど」
リリフィナの意見にはシンリーも共感してしまい、魔人からのお墨付きを得たことで彼女のテンションは最高潮に舞い上がった。
だがそれと同時に、魔人として昔から付き合いのある自分とリリフィナとでは、その立場が全く違うという現実も冷徹に突きつけられるが。
「そんな、先輩まで王子様を否定するのですか……?」
「違う違う、私が否定してるのはあなたの感性よ。ダーリンが素晴らしいのはこの世の真理であって、否定の余地は無いからね」
「わ、私の感性、ですか……」
自分の慕う最愛の人をその昔馴染みの仲間が否定するという現実に精神が壊れかけるリリフィナだったが、おかしいのは自分自身だと訂正され、脳の理解が追いつかず思考が停止する。
「私の感性がおかしい……?間違ってるのは私なの……?でも、この気持ちに偽りなんてあるはずが……」
「あれ?今はリリフィナさんの番なんですけど、もう話さなくていいんですか?」
「私が間違ってるなんて有り得ない……。でも先輩である魔人様がああ言ってるのはどういう……」
「ダメだね。もう完全に自分の世界に落ちちゃってるよ。次行こう次」
尊敬すべきシンリーから自分の感性を否定され、何が正しいのか分からなくなったリリフィナは一人の世界に没入してしまう。ネネティアが何度か呼び掛けるも一切反応のない彼女を見て、諦めたセロルは次の順番へ回そうと促した。
「では次は私達の番ですね。と言っても、私は皆様のようにアカリ様と長く付き合ったことは無いのですが……」
「カーリスさんは兄貴とどこで出会ったんですか?」
「はい、私がアカリ様と出会ったのは、あの剣舞会での騒動の場です。魔物に襲われ命を奪われようとしていたその時ら颯爽と現れ私を鮮やかに救って下さったアカリ様は、正しく私にとって勇者そのものでした」
「魔王が勇者とは皮肉なものね」
リリフィナが己の世界に落ちてしまった為順番が回ってきたカーリスは、アカリと出会った時の思い出を語る。魔物に襲われていた自分を助けてくれたアカリのことを、図らずも彼女は勇者と捉えてしまった。
勇者とは真反対に位置するはずのアカリがそう讃えられることに、シンリーは一人そう呟く。
「助けた私に何の見返りも求めずその場を去るあの後ろ姿は、何度思い出しても心惹かれてしまいます」
「カーリスさんって、とっても乙女なんですね」
「お、乙女だなんてそんな!わ、私はただ、アカリ様を尊敬しているだけです……」
「ふ、ふーん。一番大人しそうに見えたけど、あんたが最も厄介な相手なのかも……」
カーリスの純粋一途で乙女チックな発言を聞いて、この人物が一番危険な存在だとシンリーは直感し身構える。単純な戦闘力でもなく、己の存在を強くアピールする訳でもない、自分とは全く違う方法でアカリへの接触を試みる彼女の存在は、シンリーにとって未知の恐怖であった。
「あたしはねー、道に迷ってた時お兄ちゃんに沢山遊んでもらったのー!だからお兄ちゃんはあたしのお兄ちゃんだよ!」
「ルトリィ、それじゃ意味がよく分からないですよ」
「えー、そうかな?」
「この幼女、ダーリンが一切警戒していなかったから、このままずるずると仲を深めていく可能性があるわ。こっちも十分危険な存在ね……」
強敵カーリスの出現に一人戦慄していると、更にそこにシンリーがこの場で最も警戒している相手が声を上げた。全く同じ幼女体系で、しかもこの中では一番アカリとの距離が近い存在であるルトリィ。この幼女のことをシンリーは密かにライバル視していたのだ。
「な、何なのこの姉妹、姉は地味だし大したことないと思ってたのに、とんでもない強敵が潜んでいたわ……!」
全くの無警戒だった相手と一番警戒すべき相手が姉妹だという恐ろしい事実に、シンリーはどう退けるべきか本気で頭を悩ませる。彼女にとってはこのシュナーベル姉妹こそが、最もアカリと距離を縮められる存在であると直感したのだ。




