五章 23.色々試してみるものの
腹の結晶に不用意に手を出せば、再び封印の力が働く可能性は否定出来ない。だがそれでもこの存在を思い出したからには、いつまでも放置することは出来ないのも事実だ。
だからいざという時の為にマリナがこの場にいる今こそが、これが何なのかを調べる絶好の機会である。
「……とは言え、これ何をどうしたらいいんだ?」
「取り敢えず槌で叩いてみる?砕けたら何か分かるかもしれないし」
「いきなり物騒な案出すなよ!この結晶まで痛覚が繋がってたらどうすんだ!」
「そうよ!もう少しダーリンの安否を考えなさいこのバカ!」
だがせっかく色々と試せる機会とは言え、何から手をつければいいのかすら分からず悩んでいると、マリナがいきなり危険な実験を始めようと言い出した。
確かに砕いて剥せるのであればそれが一番だが、見ただけでもう明らかに体内深くまで結合していることが分かるこいつを、無理やり引き剥がすような行為はまだしたくない。それは色々試した上で、本当にもうやることが無くなった時にやる最後の手段だ。
「じゃあどうするのよ。村の誰かに魔石の動かし方でも聞いてくる?」
「それなら開発者である私が説明出来るから心配は無用よ。彼らは自分の体を動かすのと全く同じ感覚で魔石の義部を動かせるから、ダーリンもそんな感じでお腹を動かしてみればいいんじゃない?」
「自分の体みたいにっつったって、俺の場合は腹だからやりずらいんだよなぁ。取り敢えず腹筋に力入れてみるか」
まずは先駆者の真似から入るということで、一応似た存在である村人を参考にすることにした。だがシンリーの説明では、彼らは自分の手足を動かすかの如く魔石の部位も自在に動かせるらしいから、コツとかそういうのは存在しない様だ。
ただ俺も魔石の部位が腕とからなら、何となくどう動かせばいいのかイメージが湧くんだが、腹だとどうにも何をしていいのか分かりにくい。だから一番分かりやすい動きとして、まずは腹筋に力を入れてみることにする。
「ふん!」
「……何も起きないわ」
「でも今少し動いた気がするわよ!さすがダーリン!」
「いや、今のは胴全体が動いたって感じだし、多分違うと思う……」
「どうやら腹筋は違うみたいね」
まずはと腹筋に力を込めてみたのだが、お腹周りが動くのみで結晶部分のみが何か変化するということは無かった。どうやらただ力を入れても何も意味は無いらしい。
「だいたいそれに痛覚があるってのも本当なの?全く信じられないんだけど」
「そんなの知るかよ。この世界に来てからピンポイントで腹を狙われたことなんざ無いんだから」
「ふーん、なら私が殴ってあげるから試してみましょ。もし痛覚が無いなら防御には使えそうだし」
力を入れても効果は無いと知って、マリナは何やら物騒な提案を出してきた。こいつまさか、飽きてきたからって適当なこと言い出したんじゃないだろうな。
まぁ彼女の言う通り、今はそれくらいしか思いつかないのも事実ではあるが。
「ちょっとあなた!ダーリンに無茶は許さないわよ!」
「落ち着けってシンリー、俺に何かあっても治癒の天才であるお前がいるなら何も心配はいらないだろ?俺が怪我でもしたらその時は癒してくれよ」
「なるほど、怪我したダーリンを優しく介抱するのか……悪くないわね!よし勇者一族、程々な感じでダーリンへの攻撃を許可するわ!」
「程々って何だよ……」
俺を殴るとか言い出したマリナを前にシンリーが激怒するが、喧嘩したら話しが進まないので適当なことを言ってなだませる。
しかしあっさりと意見を覆す単純さは、昔からちっとも変わらないな。
「それじゃいくわよアカリ、歯食いしばりなさい!」
「おう!ぐっ……がはぁっ!」
ともかく他に試すこともないので、俺はマリナに殴られることで痛覚の確認をすることにした。
魔力操作での強化などを一切していない状態で、マリナの全力の拳を腹に受けた俺は、結果踏ん張りが一切効かないまま無様に後方へ吹き飛ばされることとなる。
森の木に激突したことでようやく勢いが止まった俺は、そのまま地面にへたりこんだ。
結果としては、腹は滅茶苦茶に痛い。
「ダーリン大丈夫!?すぐに元気にしてあげるからね!」
「あ、ああ、助かるよシンリー。しかしなぜ膝枕なんだ……?」
「この方が治癒しやすいからに決まってるでしょ。さっ、集中出来ないからじっとしてて!」
虚しくに地に倒れていた俺は早速シンリーより治癒を受けるのだが、その体勢が何故か膝枕であった。彼女の治癒は癒しの草木を対象者に巻き付けて行う為、膝枕は全く関係ないと思うのは気の所為だろうか。
「シンリー様少しよろしいでしょうか?」
「何よミュレイン、私とダーリンの楽しい一時を邪魔するつもり?」
「滅相もございません。アカリ様とのお時間であれば確保しておりますのでご安心下さい」
「そっ、ならいいわ。それで何の用?」
ちょっと待ておい。ミュレインがいきなり現れたのには驚いたが、それよりも今のやり取りは一体なんだよ。俺との時間って、そんな話一つも聞いてないんだが!
「見たところアカリ様の腹部に関して色々と悩まれている様でしたので、差し支えなければ私も協力させて頂けないかと思い参上した次第でございます」
「へぇー、つまりあなたは何か考えがあるってことね」
「はい、見たところアカリ様のその状態は私共がシンリー様より賜ったこの体と非常に酷似しております。ならば魔力を用いれば、何かしら反応を示すのではと思いまして」
「なるほど、確かにその結晶も元は魔力のか塊だったんだから、一理あるわね」
シンリーより発言の許可を得たミュレインは、魔力を使うという別角度からの試みを提案してくれた。そしてその意見には、盲点だったとばかりに何故かマリナが強く賛同している。
「私は魔力を込めればこの様に目が輝き、テンスの発動にも繋がります。アカリ様もその様な反応が起きるのではないでしょうか」
「魔力を用いれば、か。つっても今の俺は魔力ゼロなんだけどな……」
「あっそっか、ダーリンって魔獣と融合してないと魔力使えないもんね。ストレージには貯まってないの?」
「ストレージの魔力はかなり少ないから、本当の緊急時以外では使いたくないんだよ」
魔力を使えば何かが起こるかもというミュレインの意見には俺も賛成だ。だが、そもそもそれを試すための元となる魔力が今の俺には欠落している。
クウのいない状態で俺の出来ることなど、生き物と仲良く出来るくらいしか取り柄は無い。
「ならクウを呼んでくればいいじゃない」
「クウは今食事を楽しんでるんだ。その邪魔をすることなんて俺には出来ねぇよ」
「はぁ、ほんとにダーリンは魔獣のことになると甘々よね……」
シンリーにクウ呼んでこいと言われたが、せっかく食事を楽しんでいるのにその邪魔をするなど可哀想で出来るわけがない。クウにはいつも頼ってばかりなのだから、休める時にはしっかりと休んでほしいのだ。
「なら私の魔力解放を試してみる?封印の結晶もそれで粉々に出来たんだし」
「馬鹿言うなよ!さっき痛覚があるのを確認したばかりじゃねぇか!その上で魔力解放まで食らったら俺の腹がどうなるかなんて、想像もしたくない……」
「冗談よ、ちょっと言ってみただけ」
マリナがテンスを使うなどと危険極まりない提案をしてきたので、それは全力で却下する。そんなものを食らってしまえば、俺の腹が粉々に砕けぽっかりと穴が空くということじゃないか。それがどれほどの激痛になるかなど、想像しただけで身震いする。
「でもそうなると、もう他に試すことなんて無さそうね」
「そうだなー、腹のことは気になるけど一旦はここで終わりにするか。またクウと合流した時にでも魔力を使った実験を試してみるよ」
「そう、分かったわ。なら私の気になってたことはそれくらいだから、また今度ね」
現状ではもうこれ以上やれることは無いというシンリーの発言に俺も同意する。マリナの用事は俺の腹に関することだけだったらしく、もう終わったからと再び宴会に戻っていくのだった。
「さてと、それじゃあダーリンまた二人っきりの時間を楽しみましょうねー!」
「げっ!し、しまった、こっちの存在を忘れてた……!」
だが俺は自分の腹の結晶という面白い話題に気が逸らされ、その前までシンリーに拘束されていたという悲しい現実をすっかり忘れていた。
そして思い出した時にはもう既に遅い。俺の体は彼女の木の根によって再び拘束され、もう身動きは取れなくなっている。
せっかくの抜け出せるチャンスを俺は棒に振り、またも自由を奪われるのだった。




