五章 22.腹の結晶
俺に改めて挨拶をしてきたダーチェルだったが、もう用は済んだとばかりに彼女はその場をすぐに立ち去る。そしてその後、俺の周りに村の人達がやって来ることはあまり無くなった。まぁシンリーの知り合いとはいえ今日会ったばかりの他人なのだから、距離を置かれるのは当然だろう。
だが一つ解せないのは、ガゼル達は他の場所で楽しげに打ち解けているというのに、何故か俺だけあまり仲良くなれていないことだった。先程は真面目な顔で俺と話していたダーチェルでさえ、今はセロルとネネティアと楽しげに談笑しているのだから。
まさか知らぬ間に俺はこの村の連中に嫌われることでもしたのだろうか。
「なぁシンリー、俺だけ村の人達に避けられてる気がするんだけど気のせいかな?」
「ああそれはね、ダーリンは私のだから用もなく近づかないようにってさっき皆に指示を出しておいたのよ。これで余計な邪魔もはいらないでしょっ」
「お前のせいかよ!」
何で俺は村の人達から避けられているのかとシンリーに尋ねてみたら、なんとその原因は彼女が作ったものだった。何を企んでるのか知らないが、俺だけ仲間外れにしようとはなかなかいい度胸である。
村の長であるシンリーが村人達を脅したせいで、本当に用がない限り誰も俺に話し掛けて来なくなってしまったでは無いか。
「仕方ないな、俺も挨拶がてらちょっと回って――」
「ダメよ、ダーリンはもうどこにも行かせないわ。せっかく再会出来たのに、少し目を離した隙にまた何百年も会えなくなるなんてもう嫌だから」
シンリーが余計な人避けをしてしまったので、こうなったら俺から挨拶に回っていこうと立ち上がりかけた時、地中から生えた無数の木の根が俺の手足に絡まり拘束して身動きが取れなくなった。
おかしいな、俺の知ってるシンリーは確かに少し重いところはあったかもだけど、それでももっと寛容だった筈なんだが。
「別にいきなり失踪したりはしねーよ!俺も皆と仲良くなりたいだけだって!」
「ダメ、四百年寂しを思いをさせてきたんだから、ダーリンにはその心の隙間を埋めてもらわなきゃいけないの!」
「封印されたのは悪かったけど、これからはまた一緒に居られるんだから少しは気を緩めろ。このままじゃ俺この村の誰とも仲良く出来ないじゃん!」
「大丈夫、ダーリンのことは私からちゃんと説明しておくから。大事な用以外では絶対に話しかけないようにって」
「全然大丈夫じゃないよそれ!」
拘束し俺の自由を奪おうとするシンリーに猛抗議するも、彼女の考えは偏って全く聞く耳を持ってくれず、一切話にならなかった。しかも今はクウがいないから全然力を出せなくて、シンリーの操る木の根を振り切ることが出来ずいいように弄ばれている。
このままでは本当に俺は、シンリーに飼い慣らされる未来が待っていそうだ。それだけは絶対に阻止しなければ。
「あっいたいたアカリ、ちょっと話したいことが――って、ご、ごめん、取り込み中だったみたいね。またにするわ……」
「待てマリナ!全然大丈夫だから、今のシンリーと二人きりにしないでくれ!」
シンリーの拘束からどう逃げようかと頭を回転させていると、ちょうど運よくマリナが俺に声を掛けてくれた。彼女は俺が縛られてる現状を目の当たりにし若干引きながら距離を置こうとするも、俺はそれを全力で止めに入る。
ようやく現れた助け舟を、みすみす逃してなるものか。
「何の用よ勇者一族、見ての通り私とダーリンは今忙しいんだけど?」
「はぁ、厄介な時に話し掛けちゃったわね……。別に大した内容じゃ無いんだけど、アカリの体に関することだからあなたも聞いて損は無いと思うわよ」
「ダーリンの体のこと?分かったわ、聞きましょう」
勇者一族を毛嫌いしているシンリーは、マリナが近づいてきて明らかに不機嫌さを漂わせていたのだが、マリナの話の内容に食いつき我慢してくれることとなった。
お陰様で俺の拘束も一時的に解除されたので大助かりである。話が終わり掛けたらクウでも呼んでとっとと逃げよう。
それにしても、俺の体に関することとは何だろうか。心当たりが無くて全く見当がつかない。直近でならついさっき判明した俺のテンスに関することがあるが、それを改まって話すとは考えにくいし。
「で、俺の体の何を聞きたいんだ?」
「あなたのお腹のことよ」
「お腹……?」
全身の拘束から解放されて、俺は凝った体を揉みながらそう尋ねる。しかし一体何を聞きたいのかと思えば、お腹のこととは。別に特段変わったことは無かったはずだが、彼女は何が気になると言うんだか。
「半年前封印を解いた時に見たきりだから朧気なんだけど、アカリのお腹って確か魔石が結合してたわよね?」
「魔石?全く何を意味の分からないことを言って――」
「えぇ!?ダ、ダーリンそのお腹どうしたの!?」
マリナによく分からないことを言われて何を馬鹿なことを思いながら服をたくし上げてみると、シンリーが驚愕の色に顔を染めて俺の腹を凝視してくる。
そしてそんな彼女が視線を注ぐ先には、俺の腹にベッタリとこびり付き体の一部となって結合している魔力の結晶があった。俺を封印していた時の、その名残りが。
「あっ、そういや俺を封印してた剣がぶっ壊れた時、この結晶だけは俺の腹に残ったままだったな。生活には何の支障もないから忘れてた」
「忘れてたって、ダーリン体は大丈夫なの?どこか体調悪かったりしない?」
「平気だって、俺ですら存在を忘れてたくらい何も起こらないんだからさ」
シンリーは本当に心配げに俺の体を揺さぶって安否を確認してくるのだが、実際には健康体そのもの体調に異常が出たことはこれまで一度もない。だからなんとなくこれからも問題無い気がしていた。
「無事ならそれでいいんだけど、一つ気になることがあるのよ。あなたのそのお腹の状態、この村にいる人達となんか似てない?」
「ここの連中とか?うーん……まぁ、確かに言われてみれば似てる、のかな?」
「ダーリンは封印の結晶が長い年月をかけて体に馴染んだってことでしょ。ならここの人達は無理やり体と融合させた様なものだから、少し違うんじゃないかしら」
「いえ、確かに両者の成り行きは違うかもしれないけど、それにしては体の症状が同じ気がするのよ」
マリナは俺の腹に埋まっている封印の結晶が、この村の連中が魔石と融合している状態と非常に似ていることを指摘してきた。確かに結果は同じような状態ではあるが、そこに至るまでの道のりが全く違うので俺は別物だと思うがな。
でも完全な別物かと言われると否定しきれないのも事実な訳で、どうにも答えを得られずむず痒い感じである。
「じゃあダーリンはここの連中みたいに魔石の部分を自在に操れたりするわけ?」
「どうだろ、そういうのは試したことないからな……」
似てる似てないの話になりどちらが正しいのか分からなくなったシンリーは、答えを出すためにそう確認してきた。
ここの人達は魔石の部位を自在に操って攻撃に転用したりしていたからな。俺もそれが出来るなら同じ存在ということになると思ったのだろう。だがそんなことこれまで考えすらしなかったから、出来るかどうかなど分かるはずもない。
「なら今やって見せてよ。出来るなら何か変化が起きるでしょ」
「それもそうだな。やるだけやってみるか」
「や、やっぱり待って!もしそれで何か反応しちゃったら、また封印されるとかは無い……?」
「なるほど、確かにこいつは俺を封印してた結晶だもんな。変に刺激を与えたら、また封印される可能性もゼロじゃないか」
マリナにやれば分かると言われたので、それもそうだと早速色々試してみようとする。だが、それを今度はシンリーの言葉が止めてきた。
彼女の言い分通り、俺の腹に着いてるこいつが変に目覚めて再び封印されるなんて可能性も有り得ない話でない。だがそれは大元の魔剣が既に消えているから、ほとんど無いだろうとは思うが、確証は出来ないのも事実である。
「なら、そんな危険な賭けしなくていいわよ!今何も無いんならそれでいいじゃない……」
「でも今は良くても、これからも何か起きない保証は無いからな。それに今ならこの場にマリナもいるんだ。もしまた封印されたら、マリナがすぐに復活させてくれるんだしそう心配すんなって」
「えぇ、その時はまたわたしが封印を解いてあげるわ。今あなたに居なくなられるのは良いこと無いしね」
「……分かった、なら私はダーリンを信じるわ」
再び封印されるというリスクが出てきた途端、シンリーは急に不安げになって俺に止めるようお願いしてくる。だがこの場にはその封印自体を解放してくれたマリナが居るのだから、いざという時は彼女に頼れば大丈夫だ。
だから俺はシンリーをそう説得すると、早速この腹の結晶が何なのかを調べる為色々と試みるのだった。




