五章 17.照れ隠し
シンリーの実験事情を聞いた俺は、無性に溢れ出る怒りを抑えられないまま彼女にぶつけてしまった。
「実験ってことは、全部成功したってのは有り得ないだろ。失敗した連中はどうなったんだよ?」
「ダーリンも野暮なこと聞くわね。もちろん最初のうちは何度も失敗したわよ。魔石に侵食されて全身が結晶化した子、移植した魔石が砕けてその勢いで体も裂けてしまった子、他にも数えたらキリがないわ」
実験に失敗は当然付き物である。そしてそれはシンリーの研究も例外では無かった。赤の他人の生死に外野の俺が文句を言う資格は無いだろう。
しかし、その子ども達は俺が復活する為の研究の犠牲になったんだ。なら、何一つとして他人事では無い。だから俺は問い詰めずにはいられなかった。
「……シンリー、お前それ本気で言ってるのか?」
「当たり前よ、私はいつだって大真面目だわ」
「実験なんて存在に一番苦しまされたのは、他でもないお前自身だってのに、お前がそれをやるのかよ……」
「ふん、懐かしい話ね。確かに昔は私も実験体にされたことがあったわ。それで人間を嫌いにもなった。だからただ単に、その恨みを晴らすにも良い機会だっただけ」
シンリーははるか昔、俺が彼女と出会うよりももっと前に、ある人間に魔人の能力を悪用されたことがある。捕虜にされ研究され、苦痛に悶える日々の中で彼女は人間への恨みを募らせていったのだ。
そんな実験という存在そのものに苦しまれたシンリーだからこそ、彼女がそれをやる側に回るというのは、どうにも悲しくて仕方ない。
「いくら捨て子だからって、その子達の命を奪って罪悪感は無いのか」
「そんなものある訳ないわ。嫌いな人間が少しでも消えたんだからむしろ喜ぶべきことでしょ」
「シンリーお前……!」
「止めなさい、私達のシンリー様を悪く言うのは許しません」
シンリーが少しでも罪悪感を覚えていたのなら、俺の怒りもここまで上がらなかっただろう。だが今の彼女の発言は人の命を蔑ろにし弄んだ言動だ。そんなシンリーをこれ以上黙って見過ごすことなど出来ない。
そう思って動こうとしたのだが、それはあろうことかシンリーの傍にずっと仕えていたバイザーの女性によって止められた。視線は分からないが彼女の放つ雰囲気から、溢れ出るほどの怒りが感じられる。
「シンリーはお前達をただの道具としか見てないんだぞ。それでも満足なのか?」
「シンリー様は口ではこう言っていますが、実際には実験に失敗すると毎回酷く心を痛めていられるのです。私達の前では気丈に振舞っていますが、一人になると必ず泣いて、ずっと亡くなった子達に謝りつづてけている、そんな心優しい方なんです」
「……ん?」
何故バイザーの女性はシンリーを庇うのか疑問に思ったのだが、彼女のシンリー象は本人の話と全く食い違っていた。
あまりにも真反対な両者の意見に、俺は何が正しいのか分からず頭が混乱してくる。
「……え?あれ、本人の言い分とだいぶ違うような――」
「か、勝手なこと言わないでよ!私がめそめそ泣く訳ないでしょ!ふ、ふざけないでよね……!」
意味がまだ理解出来ない為もっと色々と聞き出そうとしたのだが、それはシンリー本人が阻止してきた。そしてこの慌てぶりや恥ずかしげな顔の赤さからして、どうやら側近の話の方が本当臭い気がする。
「邪魔するなシンリー、今大事なことを聞いてるんだ」
「ダメよ!そんな話されたら私の威厳が崩れちゃうでしょ!」
「ちょっと邪魔だな。クウ、シンリーをどっか遠くに飛ばしといてくれ、話が全然聞けない」
「クアッ!(分かったよ!)」
バイザーの女性からもっと詳しい話を聞き出そうとしたのだが、シンリーがやたらそれを邪魔してきて鬱陶しい。だからクウに頼んで取り敢えずどこかに飛んでもらうことにした。
「ちょっ、ダーリン!それはずるい――」
シンリーが何か文句を言ってきたが、それを言わせるよりも早くクウの空間魔法が発動し、瞬く間に彼女はどこかへ姿を消した。これでしばらくは時間稼ぎが出来るだろう。
「えっ!シ、シンリー様が消えた!?こ、これは一体……?」
「安心しろ、ただちょっと席を外してもらっただけだから」
「シンリー様は本当にご無事なんですか?」
「ああ、たぶんあと数分もしたら鬼の形相で帰ってくると思うよ。だからその前に、周りの目から見たシンリーをもっと詳しく聞かせて欲しいんだ。あいつ本人からじゃ変な強がりしか聞けないからさ」
シンリーが突然姿を消したことにバイザーの女性は驚き慌てて辺りを探し出す。だが残念ながら今彼女は森のどこかへ飛ばしてしまっているので、すぐに帰ってくることは無いだろう。
あいつはやたら強気な性格をしているから、本心で言っていたのか非常に怪しい。だから彼女の側近から見たシンリーの姿を参考にすることにしたのだ。こっちの方がいくらか正しいことを聞けそうだからな。
「……分かりました。一旦は御客人であるあなたの発言を信じましょう。でも嘘なら村総出であなた方を懲らしめますからね」
「物騒だな。でもまぁ、その時は甘んじて受け入れるよ。それじゃあ取り敢えず、あんたの名前から教えてくれるか?」
「私の名前はミュレイン。シンリー様より賜った大切な宝物です」
バイザーの女性の名はミュレインというらしい。シンリーがその名を授けたらしいのだが、なかなかいいセンスしてるんじゃないだろうか。由来とかは謎だけど。
「ミュレインだな。俺はアカリだ、これからしばらくよろしく頼む」
「はい、それでアカリ様方が知りたいのはシンリー様の発言が正しいものかどうかですね」
「ああ、どうにもあいつの言ってることはただの強がりにしか思えないからな」
「本当は主の言葉を否定などしたくは無いのですが、シンリー様の名誉の為にも側近である私が真実を話しましょう」
ミュレインはシンリーへの忠誠心が相当に強いようで、彼女の言葉を訂正などしたくはない様子だった。だがそれでもシンリー自身の名誉が崩れる方が辛いらしく、ミュレインは覚悟を決めると俺達に真実を語り出す。
「側近である私は常にシンリー様の行く先々を着いて参っておりました。そんな私から見たシンリー様は……とても照れ屋な方であると思います」
「照れ屋か、なるほどね」
「はい、シンリー様は口では私達のことなどどうでもいいと仰っておりましたが、この様な小道具を造り始めたきっかけも、実際は私達を不自由さから解放するためなんです」
ミュレイン曰く、シンリーが小道具を造り始めたのは彼女達を助ける為らしい。確かにその道具の効果を聞いていて、それが俺の封印を解くのとどう関わってくるのか疑問であったが、やはりそれらは俺以外の為に役目を果たしていたんだ。
シンリーは俺の封印を解く研究を進めつつも、並行して彼女達を助ける為の道具開発にも着手していたということである。
「ほんとに馬鹿だなあいつは。そんなの言わなきゃ分かんないだろうが……」
「他にもシンリー様は、毎日皆がまだ寝静まっている朝早くに、実験に失敗し亡くなってしまった子供達のお墓に花を添え、いつもそこで一人涙を流しておられます。こんな心優しい主が、私達のことを考えていないなど有り得ません」
「ははっなんだよ、じゃあやっぱりただの俺の勘違いだったのか。これはシンリーが帰ってきたら、きちんと謝らないとだな」
心残りにまでなって懺悔して、口ではどれだけ悪態ついていても、根は優しくてどこまでもお人好しな奴だった。勝手に失望して怒って、ほんとに馬鹿みたいだよ。シンリーがそんなことをするはずがないことくらい、長い間共に旅をしてきた俺が一番知ってた筈なのに。
でもシンリーが変わらずいてくれて本当に良かった。だから俺は、シンリーが戻ったらきちんと謝罪しようと、そう心に誓うのである。




