四章 47.雑用メイドと婚約候補
シュナーベル家との騒動から一夜明け、俺は現在雑用係となったラリヤに起こされる形で朝を迎えている。
「お、おはようございますアカリ様……」
「ああ、お、おはよ……ぶふっ!わ、悪い悪い、おはようラリヤ……ふふっ」
「くっ、こ、こんな屈辱は初めてだ……!」
朝から部屋にやって来たラリヤの格好に、俺はどうしても笑いが堪えられなかった。何故なら彼女は、昨日までの凛とした兵士の格好とは一転し、主に従順なメイド服へと変貌を遂げていたのだから。
こんな堅苦しい人間がメイド服など、ギャップがあり過ぎて笑わずにはいられない。
「で、何でいきなりそんな格好してんだよ?」
「こっ、これは主様に言われて仕方なくだ!私が着たくて着ている訳では無い!」
「ほほぅ、なるほどね〜。しかしそんな口の利き方をしていいのかな?あんまり酷いと、プラチウムに言いつけるぞ〜」
「ぐぬぬっ……も、申し訳ございませんでした」
メイド服を弄られてラリヤは怒ってくるが、プラチウムのことを出すと無理やりその怒りを抑えて謝ってくる。面白いから永遠とこのくだりをしていたいが、さすがにそんな暇は無いので程々のところで止めるとベッドから起き上がった。
「てか何でお前は俺を起こしに来たんだ?」
「私があなたの雑務係だからですよ。それより朝食の準備が出来ています、早く支度して下さい」
「口調は直ったけど内容は酷いな……まぁいいや、ありがとうよ」
大怪我の方はもうある程度治ってはいるが、さすがに完治までは至っていない。だから昨夜は区長の泊まっている豪邸に泊めてもらったわけだ。ボウルサム区を治めるだけあって、どの部屋も高級過ぎて居心地は悪かったが。
「やぁおはようアカリ君、昨夜はよく眠れたかい?」
「お陰様でな。仲間達まで泊めてもらってありがとう」
「ははは、むしろあんなことをしてしまった後にみすみす帰してしまっては、それこそシュナーベル家の名折れだから気にすることないさ」
食堂へ移動すると、既に席に着いていたプラチウムが出迎えてくれた。その他にも彼の娘達や、俺の仲間も何人か起きていて既に座っている。まだ来てない連中は寝ているのだろうか。
「おはよーお兄ちゃん!隣来てー!」
「分かったよ、にしても朝から元気だなルトリィは」
「ふふーん、朝からお兄ちゃんに会えて嬉しいなぁ〜」
ルトリィに呼ばれて幼女の隣に空いている席に腰を下ろすと、嬉しそうに俺の腕に抱きついてきた。中々スキンシップの激しい子ではあるが、子供ならこんなものなのだろう。
頭の上にいるクウも特に怒る様子はないし、俺もそこまで気にする必要は無いだろうが。
「そういや今更気になったんだけどさ、プラチウム達はこの街に何しに来たんだ?外交的なやつか?」
「ああ、私達がこの街に来た目的は、アカリ君達に合流することだよ。昨日は確かにこの街の長と会ってはいたが、あれはただの挨拶程度のものさ」
「へぇー、俺達に合流ね……え!?そ、そうだったの!?」
何気なくプラチウム達がこの街にいる理由を尋ねてみたのだが、まさかの俺達に会う為だという理由に驚いてしまった。てっきり何か仕事で来てるのかと思ったら、完全にプライベートなのだから。
「おや?一応話は通していたつもりなんだが、聞いていなかったかい?」
「え、何も聞いてないんだけど、誰かと連絡取り合ってたの?」
「もちろんだとも。いきなり訪問しては失礼だからね、ガーデニア学園の教員とそれなりに前からやり取りをしていたんだ」
どうやらプラチウムは事前のアポ取りとして、学園の教師と連絡し合っていたらしい。だがそんな話俺は一つも聞いていないんだが。
うーむ、そんな面倒臭いことをする教師は一人しかいないな。
「ちなみにその教師の名前は?」
「シーラという先生だよ。アカリ君とは懇意の仲と聞いていたから、てっきり話はアカリ君まで届いていると思っていのだが。どういうことか分かるかい……?」
「ああ、何となく察しはつく。俺に話をしてこなかったのはただの悪ふざけだから気にしなくていいよ」
「ふむふむ、変わった先生がいるものだな」
プラチウムはサラッと流しているが、シーラの野郎黙ってたのは絶対わざとだな。この街に誘導したのも恐らく、俺が森に行くと言い出すのを見越した上でだ。その魂胆はどうせただの悪戯心からだろうが、こっちとしては大迷惑である。結果として最悪な再会の仕方をした訳だし。
「あいつへの説教は学園に帰ってからだな。それでプラチウムは何で俺に会いに来たんだ?」
「お忘れかいアカリ君、あの事件の時に救ってくれたお礼を改めてすると約束したじゃないか。だから君達の長期休暇を待ちに待っていたのさ」
「ああー、そういやそんな約束もしてたかな……」
人型魔物からプラチウムらを助け出した時、いつか礼をすると言われていた気がする。だがお偉いさんとの絡みなど面倒以外の何者でもない為、頭の中から消去されてしまっていた。
まさかこんな所でその面倒に直面するとは思わなんだ。
「とぼけるとは人が悪いなアカリ君は。さて、では改めてお礼についてなんだが……アカリ君にはシュナーベル家の財全てを受け継いで頂こうと思っている」
「……は?」
プラチウムはにこやかに笑いながら、とんでもないことを言い出してきた。財の全てとは、この男は本当に一体何を考えているのだろうか。どういう考えをしたらそん礼の仕方を思いつくのか皆目見当もつかないぞ。
意味が分からなすぎて、つい言葉を失ってしまった。
「ふむ、少し分かりずらかったかな。つまりはだな、アカリ君に我が娘達と婚約してもらうと思っているんだ」
「……こん、やく?」
「その通りだ、シュナーベル家の恩人には是非愛娘の許嫁となって頂きたい!」
全財産を与えるという意味の分からない報酬に混乱を隠せないでいると、続く言葉に俺の頭は完全に許容限界を超えた。
婚約してもらうだと?本当にこのおっさんは何が言いたいのか理解出来ない。頭のネジが何本か抜け落ちてるんじゃないだろうか。
「そんなの絶対にダメ!この私が許さない!」
「う、うん、僕もそういうのは反対かな……!」
理解が追いつかず答えを出せずにいると、そんな俺よりも早くリリフィナとセロルが口を開いた。彼女らは当然婚約には反対してくれて、俺の代わりに抗議を入れてくれたのだ。
「おや、君達はまさかアカリ君の想い人だったのかな。だとしたら無礼なことをしてしまい申し訳ないことをした」
「い、いや、まだ想い人って訳では無いけど……」
「私は王子様の配下として、婚約に反対なだけです!」
「なるほどなるほど、つまりアカリ君は今誰ともお付き合いをしていないのだね?なら何も問題は無いではないか。これはアカリ君の問題なんだ、是非本人の口から答えを聞きたいものだね」
精一杯反論するセロルとリリフィナだったが、にこやかな笑みを浮かべながら持論を並べてくるプラチウムに言葉を詰まらせて、結局押し負けてしまった。
確かにあの二人と俺は別に、特別な関係とかそういう訳では無いからな。プラチウムが手を引く理由にはなり得ない。
「婚約者とか言ってるけどよ、ちゃんと本人達の了承は得てるのか?プラチウムの独断なら聞く理由はないぞ」
ともかく何か言わなければ状況は動かない為、取り敢えず一番簡単にあしらう方法として、当事者らの意思を確認することにした。本人の気持ちを無視した婚約など、俺個人としては受ける意味なんざ全く無いからな。
「ふむ、だそうだがどうだね二人とも?」
「わ、私は、アカリ様となら一緒に暮らしていきたいと思っております。もちろん、その、夫婦として……」
「あー!カーリスお姉ちゃんずる―い!私も将来はお兄ちゃんと結婚するんだからね!」
しかし俺の思惑とは裏腹に、カーリスは顔を真っ赤に染めて恥ずかしそうにしながら、そしてルトリィは姉に対抗心を燃やし張り切って、何故か二人とも非常に乗り気であった。これじゃあもう二人を言い訳には出来なそうだ。
「くっ、やっぱり面倒なことになったな。だから会うのはあんまり気が進まなかったんだよ……」
正直全く予想外の礼の仕方ではあったが、それでも面倒事に変わりはない。こういう厄介な何かが起こりそうな予感がしてたから、出来るだけプラチウム達とは会いたくなかったんだ。
しかし一つの区を治める長からの婚約を無碍にするなどそう簡単にできるものでもない。さて、この厄介をどう乗り切るべきか。




