四章 48.本命
…以前シュナーベル家を助けたお礼として、娘二人との婚約を提案されてしまった。これが一体どういうお礼になるのかは分からないが、はっきり言って即断りたい。だが相手が相手なだけに、ただ嫌だと言うだけで断るのは難しいものである。
「そ、そもそも、何でこの前助けた時のお礼が婚約なんだよ?」
「先にも言ったが大恩人たるアカリ君には私の持つ全てを受け継いで欲しいんだ。そしてその為には娘達と婚約してもらうのが一番いい。本人達も望んでいる様だしね」
「はい、私もアカリ様になら、その、是非一生を捧げたいです……」
一体何故そうも婚約させようとしているのか理由を聞き出したが、結局その答えは打開策にはならなそうであった。自分の持つ全てをあげたいとは、全くはた迷惑な礼があったもんだ。
そしてカーリスもやけに乗り気みたいだし。俺と彼女は一回しか会ったことが無いはずなのに、そんな簡単に決めていいものでは無いだろ。
「カーリスは何でそんなに俺を信頼してるんだよ。一回しか会ってないってのに、判断が早すぎやしないか?」
「そんなことは無いですよ。私が魔物に襲われた時現れたアカリ様は、まるで御伽噺に登場する勇者様のように勇敢でした。その上助けた私に見返りを求めることなど一切見せず、颯爽と立ち去っていく姿に私は心惹かれたのです!」
「そ、そうか、勇者ね……」
俺に尋ねられたカーリスは、どこからか黒い薄汚れた布の切れ端を取り出し、大切そうに握りながらそう語りだした。あの布は確か、彼女を助けた際応急処置として俺が巻いたローブの切れ端だ。まだ持っていたとは驚きである。
それにしても、まさかこの俺が勇者と呼ばれる日が来ようとは、魔王だと言うのにおかしな話だ。
「な、なら、ルトリィはどうなんだよ?ルトリィも昨日ちょっと遊んだだけで決めるのは判断材料に欠ける気がするが」
「そんなことないよ、あたしは昨日お兄ちゃんと遊んでお兄ちゃんのことが大好きになったんだもん!それにパパから聞いたんだけど、お兄ちゃんあたしを探す時にあたしの靴の匂いを辿ったんでしょ?そんな恥ずかしいことされたんだから、ちゃんと責任取ってよね……?」
「なっ!お、おいプラチウム、何でそのこと話したんだよ!?」
「わ、悪い、アカリ君のことを色々聞かれて流れでついね……」
カーリスの説得は難しそうだったのでルトリィを説き伏せる作戦にシフトしたのだが、その結果とんでもない爆弾をぶっ込まれた。
まさか幼女があの時の俺の探索方法を知ってしまっていたとは。状況的に仕方ないこととはいえ、自分の靴の匂いを嗅がれて後を追われるなど誰がやられても嬉しいものでは無い。プラチウムめ、余計なことを言いやがって。
「や、やっぱりこういうやり方は良くないと思うよ。兄貴だって困ってるし」
「ああ、だからこうしてアカリ君に意見を聞いているのさ」
「でもそんなの相手が権力者じゃそう簡単に断れるわけないじゃないか」
「はっはっは、別に今すぐ婿に来いと言っている訳では無いんだ。そう重く捉える必要は無いと思うがね」
どうにか突破口を切り開こうと模索していると、再びセロルが声を上げてくれた。俺の思っていたことをきっちり伝えてくれて非常に助かったのだが、残念ながらそれはプラチウムによって笑いながら流されてしまう。
恐らくだが、俺達一般人とプラチウムの様な権力者とじゃ、物の考え方が大きく違うのかも知れない。俺達にとって婚約はそれ自体が目的だが、彼らにとっては権力者であるが故に、勢力争いにそういったことを利用することも多々あるはずだ。だから婚約を一つの手段としか考えていない気がする。
そもそもの常識が違うのだから、これ以上俺達が議論しても話はずっと平行線だろう。
「分かった、婚約については俺も真剣に考えるよ」
「おお!そうかそうか、ありがとうアカリ君」
「ただし真剣に考えるからこそ時間が欲しい。この街に滞在している間に答えは出すから、それまで待っていてもらえるか?」
「もちろんだ、じっくりと考えてくれたまえ」
彼らと俺とでは婚約に対する考え方が違う。だから今答えを急いでもいい結果が生まれないのは当然のことだ。
だがそれでも俺はまだそういうことを意識する気にはなれないので、先延ばしにしてどうにか断る理由を模索することにした。後に伸ばしておけば、なんだかんだで逃げ切れる可能性もあるからな。なんたってこっちには事件を呼ぶ天才のネネティアが居るのだし。
「さて、それじゃあ婚約の話は今は置いておくとして、因みにアカリ君はこの街にはどんな目的で訪れたんだい?」
「なんだよ、シーラ先生からは何も聞いてないのか?」
「ああ、恥ずかしながら街での目的については詳しいことを聞いていなくてね」
プラチウムは俺がこの街に来ることは知っていたが、何故ここに来たかまでは知らないらしい。まぁべつに大した理由でもないのだが。ただ森に住んでいる旧友に会いに行くだけである。
「俺達の目的は別に大層なものじゃないけどな。この街の近くにある森で研究をしてる知り合いに会いに行くだけだよ」
「ほう、森か……」
「何か気になることでもあるのか?」
「い、いや、別に大したことでは無いんだが、この街に来てまだ少ししか経っていないというのに、その森に関する怪しい噂をよく耳にすると思ってね」
俺が森に行くと言った途端、プラチウムが難しい顔をし始めた。だからどうしたのかと聞いてみると、どうやら彼も森の噂を少し聞いたらしい。
「そのことか、それなら俺も色々聞いたんだが、この際だし皆の調査結果も今教えてもらえるか?」
「そうだな、昨日は色々あって報告出来ずじまいだったし集めた情報を精査するにはちょうどいい」
「おう、それじゃあ順番に頼むよ」
プラチウムに言われて昨日の情報収集の結果をまだ共有出来ていないことを思い出し、全員から森に関する噂を聞き出していく。
しかし、そうして出揃った内容は俺が聞いたのとほとんど同じで、人攫いや怪しい研究のこと、そして村があるなど非常に似通っているものだった。まぁどの話も噂止まりであり、確証のある情報は逆にほとんど無かった訳だが。
「ふむ、こうして改めて聞くと奇妙なものばかりだな。矛盾している内容も多いし、まるで森に人を近づけたくないかのような作為を感じられる」
「そこが俺も少し気になってたんだよ。誰に話を聞いても、最後には絶対森に近づいてはいけないと言われるんだ。優しさで言ってるにしては、全員それだけ徹底し過ぎてる気がする」
「アカリ君に会う為だけに寄った街だったが、これは何か裏があるのかもしれないね」
噂本体の関連性の無さや、近づいてはいけないという危険視の度合いに、俺とプラチウムは若干の怪しさを感じていた。
だが所詮は全て噂の為、何をどうすることも出来ない手詰まり状態である。こうして街中で情報を集め続けても、何も答えは得られないだろう。
「ま、気になることは多々あるが、それは全部森に行けば分かることか」
「ああ、元より目的は何も変わらないのだから、情報収集はもう十分だろう」
「よしっ、そうと決まれば早速準備をして今日から森に出発するぞ!」
「「「おー!」」」
いくら考えても分からないものは分からないのだから、頭を捻るだけ時間の無駄だ。そう判断した俺はこれ以上噂について頭を悩ませるのを止め、とっとと目的ノ森へ出発する判断を下す。ガゼル達もそれに同調し、こうして俺達の方針は決まった。
「さすがはアカリ君、なかなか豪胆な作戦をとるね。それならば是非私達も同行させてもらっていいかな?」
俺達の今後の方針を決めると、プラチウムも俺達との同行を名乗り出てきた。
「それは構わないけど、噂が本当なら戦闘になる可能性もあるけどいいのか?」
「それなら心配はご無用さ、なんたってこちらには頼もしい警護兵隊がついているから!」
「ああなるほど、俺をボコボコにするくらい強いんだから、確かに心配はいらなかったな」
警護兵と聞いて俺は昨日の暴行を思い出し、嫌がらの為にたっぷりと嫌味をぶつけやった。ラリヤがメイドとなったことで罰は終わらせているが、それでもこれぐらいの小言は無意識に出てしまうのだから許して欲しい。
「んんっ!あはは、アカリ君も中々意地悪なことを言うね……」
「はっはっは!冗談だよプラチウム。よし、それじゃあ全員揃って森に進撃するとするか!」
俺の嫌味にプラチウムは冷や汗を流し苦笑いをしている。区長弄りも楽しいが、ただあんまりふざけ過ぎるとさっきの婚約話に影響が出そうなので、適当に笑って流しておく。
ともあれこうして、俺達はいよいよ本命たる森へ出発するのだった。




