一章 2.竜胆灯改めアカリ・リーシャン
ゴリラを討伐した俺とクウは現在、マリナの乗ってきた船に乗せてもらい海の上をゆらゆらと移動中だ。
小型なのになかなかスピードが出てて、最初はかなり驚いた。
「で、俺達はこれから何をすればいいんだ?」
「え?何が?」
「何がって、世界を救ってくれって言ったのはマリナだろ?なら何をしたらいいのか教えてくれよ」
「あ、ああ、そう言えばそんな目的だったわね……」
「そんなって、おいおい……」
ゴリラを倒した後あたりから、なぜかマリナはこんな感じで覇気を完全に失っていた。
まぁ確かにあのゴリラもそこそこデカかったから驚くのも無理はないだろうが、にしてもこんなまでなるかね?
「まぁそっちは後回しでいいか。それじゃまずは今の世界情勢をざっくり教えてくれよ。なんたって俺の知識は四百年も止まってるんだからな」
「それは……そうね。分かった!この世界の現状を教えるわ」
マリナは一瞬考え込む素振りを見せた後、両頬を思い切り叩き出した。
気合いを入れてるのだろうがかなり痛そうだ。リンゴみたいに赤く腫れ上がってるし。
「クウ……(痛そう……)」
突然の行動にクウも若干引いている。
可哀想に。クウに引かれるとか、この世の終わりもいいとこだぞ。
とまぁ冗談はその辺にして、集中してマリナの話を聞くか。
「この世界は今、ガーデニア連合という一つの国家に統一されているわ」
「は?ガーデニア?え、王国とか帝国はどこいったの?」
「王国?あー、二百年くらい前ならそんな国があったって歴史で習ったわね」
「歴史で習った!すでに歴史の中に葬られてんのかよ!」
この世界がどんな風に変化してるのかワクワクしていたら、開口一番衝撃の事実を聞かされ開いた口が塞がらない。
王国も帝国も俺が世話になった国だが、まさか二つとも無くなっていようとは。
いや待て、統一されたってことは、両国とも手を結んで世界は一つになったと見るべきか。それならハッピーエンドっぽいし悪くないかも。
「おーけー、ガーデニア連合ってのは一旦飲み込めた。それで他には?」
「他は最初にも話したけど、この世界は現在魔物という謎の生命体と戦っているわ。ほら、あなたがさっき倒したゴリラも魔物の一種よ」
「あー、あれが魔物か。確かに俺に懐かない生き物は生まれて初めて見たからな。謎の生命体ってのも頷ける」
「判断基準はそこなのね……」
マリナからすれば変わっているんだろうが、俺にとっては生まれた時から動物に懐かれるというのは当たり前のことだった。
だから今日初めてその当たり前が崩壊したことに、俺はちょっとテンションが上がってる。
「魔物か、なかなか面白そうな奴らだな」
俺は先程倒したゴリラが落とした、禍々しい石を眺めながらそう呟いた。
「ちなみに魔物を倒すと魔王が今持ってる様な石を残して消滅するのよ。その石には大量の魔力が内蔵してることから、私達は魔石と呼んでるわね」
「魔石ねー、魔力が内蔵されてるってことは何かしら役に立つんだろ?」
「えぇ、察しがいいわね。今この世界でエネルギー源の大半を担ってるのがその魔石よ」
「エネルギー源か、まぁこんな便利そうな代物ほっとくわけないしな」
四百年前にも魔力を利用した魔道具というものがあったが、それは自分の持つ魔力を利用することで機能するものが大半だ。
だがこの魔石があれば、自分の力を使うことなく道具が使えるようになる。そんな楽な仕組みになるのだから、当然それを利用した発展もするだろう。
「でもそのせいで弊害もあるのよ」
「弊害?」
「便利な道具や武器が出てきたせいで、私達は体内の魔力を使うのが苦手になってしまったの。今では魔力を扱える人間なんて、私達勇者一族みたいな一部の家系だけよ」
「なんだそれ……、便利すぎたせいで欠陥が生まれるとか、開発者も浮かばれないな」
俺なんかは魔力の操作も教えてもらえたので容易に出来る。だけどマリナ達はそれを教えられる人間すら、ほとんど居なくなってしまっているらしい。
せっかく発展しても、元々使えたものが使えなくなるのでは本末転倒な気がするな。
「ところで魔王、私もあなたに聞きたいことがあるんだけどいい?」
「ああ、それはいいけどいい加減魔王って呼ぶのやめてくれないか?正直あんまり好きじゃないんだよ」
魔王という呼び名は昔付けられたものだが、正直自分のことを王と呼ばれる程に大層な人間とは思っていないので苦手だ。
普通に呼び捨てされるくらいが、俺にはちょうどいい。
「なら灯って呼ぶわね。それで灯はさっきゴリラ型の魔物と戦ったけど、あなたから見てあいつは強かった?」
「強いか弱いかって話なら、弱かったな」
「そう……」
「まぁ今回の場合は完全に相性が良かったってだけさ。馬鹿正直に単純な攻撃しかしてこない相手なら、俺達の敵じゃないんだよ」
俺の答えになぜかマリナは少し気を落としているが、はっきり言ってあのゴリラは強者ではない。搦手も使えないようじゃ、そもそも戦闘にはならないだろう。
そういった点で言えば、マリナなんかの方がよっぽど強者だ。まぁこれは癪だから言わないけど。
「やっぱりあなたに助けを求めて正解だったのかな……」
「それは分からん。まぁでも、俺もやれるだけのことはやるつもりだよ。マリナには恩があるからな」
この世界の現状をどうにか出来るかは分からないが、俺も一応やるだけやってみるつもりだ。
それが俺とマリナとの約束だから。
「ところで灯って珍しい名前だと思うけど、四百年前はそういう名前が多かったの?」
「あー、俺の名前は今も昔も珍しいものだと思うよ。そもそも俺この世界の出身じゃないし」
マリナは話題を変えるように俺の名前を指摘してくる。
正直このことに関しては言うかどうか悩んでいたところだが、丁度いい機会だからと話すことにした。
「えっ?この世界の出身じゃないってどういうこと?」
「俺は昔クウの暴走で別の世界からこの世界へ連れて込まれたんだよ。だから俺の故郷はこことは別の場所にある。ああ、俺が創った世界はそれとはまた別だぜ」
俺はマリナにそう語りながら、かつて幼少期から高校生時代までを過ごしてきた世界、日本を思い出す。
体質のせいもあって人には良く避けられていた、あまりいい印象の無いあの頃の自分を。
「うそ……、もしかして私と……?いやでも少し事情が違うわね……」
「おーい?ブツブツと一人で何言ってんだ?」
俺が別の世界から来たと話した途端、マリナは独り言を言いながら思考の中へ潜り込んでしまっていたので呼び戻す。
こんな船上で放置はしないでほしい。
「ご、ごめんなさい、何でもないわ」
「そうか……?」
「それはそうと、あんまり人前でその名前を名乗るのはオススメ出来ないわね。色々と問題になりそうだし」
「そうかー、そりゃそうだよなー。なら何て名乗ればいい?」
四百年も経っていれば身元の保証なども厳しくなってるだろう。それならこんな目立つ名前は名乗らないに越したことはない。
この世界では仮の名を名乗る方が得策だ。
「そうねー、灯はそのままアカリと名乗っても誤魔化せるけど、竜胆はさすがにアウトだし……」
「やっぱそっちが問題か。ならそうだな、竜胆は英名がジェンシャンだし、そこにリンドウを合わせると……よし、決めた!リーシャンでどうだ?アカリ・リーシャンだ!」
「アカリ・リーシャン……うん!それならこの世界でも違和感は無いわ!」
マリナからの許しも貰えたので、これから俺は竜胆灯改め、アカリ・リーシャンと名乗ることにした。
雑な考え方だけど悪くは無いだろう。
「クウー!(リーシャンかっこいいね!)」
「ありがとうクウ〜、これからはそれでよろしく頼むよ」
膝の上で丸まって気持ちよさそうに寝ていたクウも、俺の名前が決まったことを喜んでくれた。
頭を撫でるとふわふわの毛が心地良い。
「今はいいけど人前でその魔獣、クウと話すのはよしなよ……?」
「あー、まぁ善処するよ」
「無理そうね……」
まったく心外だな。俺だって公共の場での立ち振る舞いなら心得てるさ。
「ともかくこれからよろしくね、アカリ・リーシャン」
「おう、よろしくなマリナ!」
「クウー!」
改めて挨拶も兼ねて、俺とマリナは握手を交わす。その上にクウもちょこんと可愛い手を乗っけてきた。
こうして、これから新たな名前を背負っての新生活が幕を開けるのだ。




