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一章 10.初陣と約束

 巨大なゴリラは俺達を見つけた途端けたたましい雄叫びを上げ、血まなこでこちらを見据えてくる。

 何が原因かは知らないが、どうやら相当ご機嫌ななめらしい。

 一体誰がここまで怒らせたのか。


「魔王は行って。あなた達が逃げる時間くらいは稼いでみせるわ!」


 いきなりマリナは、俺とクウを庇うように前に立つと震えながら魔剣を引き抜き構えだした。

 あれは武者震いなどでは無く、単純に恐怖から来るものだろう。こんな状態で戦ったら最悪死ぬだろうな。


「俺達の心配はいらねぇからお前こそ下がってろよ」

「で、でもあなた達じゃ……!」

「いいからここは譲れ。封印を解いてくれた礼に俺とクウの力、見せてやっから」

「クウ!(戦いだね!)」


 俺は心配げに見つめてくるマリナを後方へ押しやり、ゴリラを真正面から見据える。

 目の前に立つと、その異様にデカい体躯がよく分かった。


「不思議なもんだな、まさか俺の体質の影響を受けない生物がこの世にいるなんて思いもしなかったよ。まぁ、俺の体質を信じるなら生物かどうか怪しいやけだが」


 俺の体質は人間以外の全ての生き物に影響を与える。それは俺が昔暮らしていた世界でも、この世界でも例外では無かった。

 だが、目の前のゴリラは俺になびく素振りなど一切見せてはいない。

 生まれて初めて自分に敵意を向ける生物と対面したことに、俺は妙な高揚感があった。


「さーて、俺達の初陣だぞクウ。派手にぶちかましてやろうぜ」

「クアッ!(うん!)」


 俺とクウは二人並んで、ゴリラを前に臨戦態勢に入る。

 そしてそれを合図にか、ついにゴリラの方から動き出したのだった。


「ウホホオオォー!」

「うおっ!結構速いな……!」


 ゴリラはまず俺目掛け、真っ直ぐ拳を振り下ろしてきた。

 体に見合わない機敏な動きに俺は少し驚いたが、それでも少し前に見たマリナの方がまだ速かったので反応は容易い。


「へっ、魔力さえあればこの程度大したことない……ぜ!」

「ウホォッ!?」


 俺はゴリラの拳を避けるのと同時に素早く奴の背後へ回り、後頭部に蹴りを見舞った。

 突然の反撃にゴリラは狼狽えて地に膝を着く。


「ちっ、いくら魔力があるとはいえ、やっぱ俺だけじゃ火力不足か……。よし、クウ!融合するぞ!」

「クウッ!(やっと出番だー!)」


 融合、それは俺の魔道具の中で唯一攻撃性能を持つ能力である。

 モンスターガントレットと呼ばれる、禍々しい獣の腕の様な形をした小手型の魔道具だ。

 親密度の高い魔獣一匹とのみ使用可能で、融合すれば身体能力は大幅に向上し、更にはその魔獣の持つ特性を受け継ぐことが可能となる。


「うおぉぉぉぉお!」

「クウーーーー!」


 俺の伸ばす魔道具を装備した右手にクウの小さな手が重なり、俺とクウは真っ白な閃光に包まれる。


 やがて煌々と辺りを照らす光が収まってくると、クウと融合した俺の姿が姿を現した。

 右腕は真っ白な毛で覆われ、右肩甲骨からは三枚の美しい翼がはためく。

 そして顔は右眼のみが炎の様に赤く変色し、指先の鋭い爪が輝いた。


「な、なんなのあれ……」

「この感じも、久しぶりな気がするな……」


 半人半獣、右腕と右肩そして右眼のみ融合するという、中途半端な格好こそがモンスターガントレットの能力だ。

 冠の能力があれば全身融合も可能だが、クウだけと全身融合しても効果は余り変わらないだろうし、今はこれで十分だろう。


「今度はこっちの反撃だ。覚悟しろよウホウホゴリラ」

「ウホッ!?ウホオォォー!」


 人差し指をくいくいと手前に数度曲げ挑発すると、ゴリラは頭に血を昇らせて殴り掛かってくる。

 こう単純だと、こっちも力技でいけるから楽でいいな。


「お前程度の攻撃なんぞ、もう動いて避けるまでもない」


 ゴリラの拳が俺の顔に迫る寸前、俺は右手をその間に滑り込ませクウの持つ能力を発動させる。

 その瞬間俺とゴリラの拳の間に黒い渦が出現し、拳はその中へと通り抜けて行った。

 そしてその出口はと言うと――


「ウボォッ!」


 ゴリラの右横顔辺りに殴り掛かっていたはずの拳が突如出現し、奴は己の拳によって強烈な一撃を食らう羽目になったのだ。


「へっ、これがクウの能力だ。もうお前の攻撃は俺達には通用しねぇよ」


 クウは種族名をディメンションドラゴンといい、かつては空間竜と呼ばれ恐れられていた、伝説のドラゴンだ。

 その名の通りクウは空間を自在に操ることができ、黒い渦状のワープホールを出現させて先程のようにカウンターを仕掛けることも可能である。


「ウ、ウホオオォォォー!」

「無駄無駄、何度やっても結果は同じだ」


 ゴリラはなぜ自分の拳が返ってきたのか理解するほど頭が良い訳では無いらしく、その後何度も攻撃を繰り出してきた。

 俺はその度にワープホールを発動させて、攻撃を回避し同時にカウンターをお見舞する。

 ゴリラもどうにか回避しようと動くが、真後ろや足元など完全な死角を突く、ワープホールによるカウンターを前にしては手も足も出ない様子だ。


「ウ、ウホォー……!」


 いい感じにダメージが溜まってきたのか、ゴリラは肩で息をし身体中ボロボロだ。

 ここまでやられて、ゴリラはようやく俺に攻撃が通じないことを学んだのか距離を取ってきた。今更そんなことをしても意味無いというのに。

 そろそろトドメを指すには頃合だな。


「さーて、お前如きを相手にいつまでも時間掛けてらんねーからな。そろそろ決めさせてもらうぜ!」


 俺は右肩甲骨から生えている三枚の翼をはためかせ、ゴリラとの距離を一気に詰めるべく、前方へ向けて一直線に飛翔した。

 隙だらけの特攻にゴリラは勝機を見出したのか、気持ち悪い笑みを浮かべつつ両拳を天高く突き上げる。


「ウホオオォォォォォォオオ!」

「……馬鹿が」


 ゴリラは攻撃範囲に入った瞬間、拳を勢いよく叩きつけてくる。

 だが、そんな見え透いた攻撃を食らうほど俺もクウも甘くはない。

 ゴリラの拳が直撃する寸前に、俺達の進行方向にワープホールを発動させその中に飛び込む。

 出口は再び、ゴリラの真横だ。


「これで、終わりだ!」

「ウホ、ォ……」


 全力の突進のままゴリラの拳を回避し真横に出てきた俺は、その勢いを乗せた全力の右ストレートを放つ。

 モンスターガントレットの強度に飛翔による勢い、そして魔力で強化した右ストレートが直撃し、ゴリラは掠れたような声を残して煙のように消滅する。

 そしてゴリラの居た場所には、禍々しい色をした変な石だけが落ちていた。


「ふぅ、やったなクウ!」

『クウー!(あんなの灯とクウに掛かれば楽勝だよ!)』

「だな!」


 クウとは現在融合状態にあるので、俺の脳内にクウの意思が響く。

 俺はクウとの久しぶりのコンビネーションに気持ちがかなり昂ってしまっていた。

 気分的には少し寝たくらいの感覚だったが、実際には何百年も寝ていたのだから、体は久しぶりのクウとの共闘を喜んでいる様だ。


「やっぱ俺達が組んだら敵無しだな」

『クウー……(だったらあの時もクウと一緒に戦えば良かったのに……)』

「はは、ごめんごめん」


 クウには勇者マリスとの戦闘時に別行動をさせていたからな。未だにそのことを根に持っているらしい。

 俺の頭の中で頬を膨らますクウの顔が想像出来る。


「なら約束するよクウ、もう絶対にお前とは離れないって」

『クウ!?(ほんとに!?)』

「ああ、ほんとだ。だからクウもまた俺に力を貸してくれるか?」

『クアッ!(うん!クウはいつも灯と一緒だよ!)』


 たった一度別行動を取ったが故に、俺達は何百年もの間離れ離れになってしまった。

 だからこそ俺は、もう二度とクウとは別れないとここに誓う。

 その後俺は、ここまでずっとマリナを放置していたことを思い出し、彼女の方へ振り向く。


「おーいマリナー、勝ったぞー!」


 ゴリラに勝利した俺は、後ろで地面にへたり込んでいるマリナに向かって手を振る。

 だが、それに対し彼女からの反応は無かった。


「……ぎよ」

「え?なんて?」


 マリナはボソボソと何か言った気がしたが、上手く聞き取れなかったので聞き返した。


「強過ぎるって言ったのよ!」

「えぇー……、なんだよその無茶苦茶なわがままは」


 どうやらマリナは俺達の勝利がお気に召さなかったらしい。

 まったく、あの優男だったマリスの子孫とは思えない程のわがままさだ。


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