47:はじめてのおつかいは無事完了?
(…バ、バレた、かな…?)
一方、淡いグリーンの結晶を前に黙りこくるスクストルを見て、リアンは内心焦っていた。
何故ならリアンの目的は騙すこと。もっと言えば、偽の至宝をつかませて、彼等をこのまま国へと帰らせることだからだ。
リアンが取り出したのは、言うまでもなく彼等が求めている『フォレストグリーンサファイア』ではない。彼の至宝はエルドア曰く泉の底のような深い緑色をしている。恐らくスクストル達が確認したという書物に描かれていたものは、色あせていたか著者が勘違いしたのだろう。
だが次の一言でリアンは安堵する。
「これはまさしく、書物で見たエメラルディアの至宝そのもの。…まさか、これほど美しいとは…!!」
「はぇっ!? …あ、あぁ、…はいっ…」
(これは気付いてない…! 単純そうな人で良かった!)
リアンは心の中でぐっとガッツポーズした。
これはロイヤルグリフィンから出たスターリライトだ。
だがこの宝玉には、リアン特性の認知魔法、『見る者にこれがエメラルディアの至宝だと信じこませる』効果が付与してある。石自身に魔法媒体としての効果があるため、細かく砕いて加工などしない限り、数年はこれがエメラルディアの至宝でないとばれることもないだろう。
それに、確かにリアンはスクストル、…ひいてはボーンリッジの王や王女まで騙そうとしているが、スターリライトとて災害級モンスターのレアドロップだ。入手の困難さを天秤にかければ価値やレアリティはそこまで変わらない。
話を聞くかぎり、彼等はフォレストグリーンサファイアの詳細まで詳しく知っているわけではなさそうだ。単なる見目の良い宝石として扱うなら、ばれても『知らなかった』の一点張りで逃げられるだろう。
「これを、どうか我々に譲ってはくれないだろうか。…その、冒険者殿の提示する報酬額が支払えるかどうかはわからないが…」
「報酬、ふむ…」
スクストルの起こした勘違いは、彼等をこのまま国に帰らせようとしていたリアンにとってこの上なく都合が良いものだった。
しかしリアンは『報酬』という言葉に逡巡した。偽の宝石をつかませるところまでは計画していたものの、対価として金銭を受け取ることまでは想定外だったのだ。
(これは、…どうしたらいいだろう)
騙している手前、何百リラという金銭は受け取り難い。
だがスクストルはそんなリアンの様子を、勘違いしたようだ。
「――確かに、冒険者であるリアン殿からすれば、我々が今出せる金額は微々たるものだろう。…だが国に戻ればきっと王からも報奨金が出るはずで」
「ああ、いや。お金がどうこうの話じゃなくて」
「何、金では足りぬと…!? …いやしかし、今我が国にリアン殿と釣りあう王子は」
「誰が結婚の話をしてますかっ!!」
「ちっ、違うのか…!」
リアンは勘違いはなはだしいスクストルの言葉に鋭く突っ込むと、うーんと唸った。
ボーンリッジまで同行し報奨金をもらうなどというのは流石に手間だし、そこまで金に困っているわけでもない。
(でも、だからってタダであげるっていうのもねぇ…)
あまりに安く譲れば、逆に怪しまれるだろう。
そこまで考えていなかったリアンはしばらくの間考え込むと、スクストルにひとつの提案をした。もしかすると、彼等が所有しているものでリアンが欲しいものがひとつだけあるかもしれない。
それも、金では得ることのできない貴重なものだ。
「ボーンリッジ王国でしたっけ? そこに図書館はありますか?」
スクストルは、話の主旨とかけ離れた突然の質問に目をぱちくりとさせたが、「ああ、あるぞ」と言うと頷いて見せた。
「国立図書館。…城勤めの者と魔法学院や士官学校に通う生徒だけが入ることを許されている、我が国で最も巨大な…」
そこまで話して、スクストルもぴんと来たようだ。
「――リアン殿、もしやそなたの望みは図書館の使用許可か?」
「はい。知識は時として金銭よりも貴重です。もし可能であれば、今回の報酬として私にその図書館を利用する許可をください」
「なるほどな…確かに冒険者に対する報酬としては、これ以上のものはないかもしれん」
スクストルは得心したものの、悩むように低く唸るとそのまましばらく黙りこくった。
それはそうだろう。文字や書物は、ネットのないこの世界においては情報そのものと言っても過言ではない。それに魔法や武器、建築関係の本を見られれば、その国の文化レベルや軍事レベルがばれてしまう恐れもある。スクストルがためらうのも当然だった。
(でも、今の私にそれ以上欲しいものなんてないし)
異世界から来たリアンにとっては、この世界の一般常識。そして専門的な魔法や薬草まで、知識を得ることは極めて優先度の高いミッションだ。ガウェインの書庫を見た時も思ったが、やはり情報や知識は力となる。本を読める環境はいくつか持っておいた方がいいとリアンは思っていた。
「国立図書館への出入りともなると、流石に私の一存では決められない。…せいぜい王への進言と図書館長への紹介状くらいか」
「それで構いませんよ」
「い、いやいや…! …それではリアン殿への報酬には見合わないだろう!?」
「図書館の出入りが出来なければそうですけど。本を読めるなら安いものです」
「それでいいのか? 本当に」
「いいですよ」
お金はこれから稼げるらしいですし、と心で付け加えリアンは曖昧な笑みをこぼした。
そして手に持ったスターリライトをぽんとスクストルの手の中に置く。
「これ、ちゃんと王女様に渡してあげてくださいね」
「あ、ありがとう、リアン殿…! なんとお礼を言えばいいのか…!!」
スクストルは感無量と言った様子で言葉を詰まらせるとリアンの両手をつかんでぶんぶんと振り、何度も頭を下げた。
その暑苦しい姿に苦笑いをするも、リアンは事が丸く収まったようだとほっと胸を撫で下ろした。
スクストルはテントに戻ると、図書館長宛の紹介状をその場でしたためてくれた。そこにはリアンが王と王女の求める宝石を譲ってくれた恩人との記載が載っている。これでいずれリアンがボーンリッジに行った折、王の覚えが良ければ図書館への出入りを許可してもらえるだろう。
無論この宝石が偽物だと、ばれていなければの話だが。
「いや、本当に助かった。この恩は一生忘れない…!」
文書を書き終えたスクストルは、繰り返しリアンに礼を言うと大事そうに宝石を金属製の箱にしまった。
「これで本国へ真っ直ぐ戻るんですか?」
「ああ。まさかこんなに早く王命を成し遂げられるとは思っていなかったからな。戻ったらさぞや驚かれるだろう」
「道中お気をつけて。王様と王女様によろしくおつたえください」
「必ず。今回の任務の立役者は冒険者リアンだったと、国中に知らしめよう」
「いや、流石にそれはちょっと遠慮したいデス」
「ははは」
リアンはスクストルの部隊が帰り支度を始めるのを見ると、自分も仲間の所へ戻ると伝え野営地を立ち去ることにした。
これで精霊ドライアドの望みは叶えられただろう。泉まで戻れば、その時こそ正真正銘のフォレストグリーンサファイアを手に入れることが出来るはずだ。
だが、リアンは自分も気づかぬうちに重大なミスを犯していた。
「リアン、…不思議な娘だ。まるで王女のように気品ある顔立ちなのに、あれほど強い魔力を秘めているとは」
リアンが立ち去った後、宝石の入った箱をしみじみと眺めスクストルは一人ごちる。
そしてふと思った。
(そういえば、最近亡くなられた隣国グランシアの王女も、リアン殿と同じ銀髪に紫の瞳だという噂だったな…)
――と。
リアンは樹海に入る際、誰とも会わぬだろうと自身への認知魔法を解いていた。
そしてうかつにも、スクストル達の部隊と行動を共にしていた時も、そのことに気付かないままだったのである。
だが気付いた時は遅きに失した。
魔物より王立近衛隊を救った銀髪の麗しい冒険者の話はあっという間に部隊内に広がり、やがて尾ひれ背びれをたっぷりつけてボーンリッジ国全体に広まることとなる。
妖精のような容姿に、国の魔術師も適わないほど強力な魔法の使い手。そんな魅力的な題材に、吟遊詩人が食いつかないはずもなかったのである。
―――これによりリアンが激しく後悔するのは、数週間後のこと。
いくら悔やんでも時は決して巻き戻らないことを、彼女はこの時痛感したのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ドライアドの泉のほとり。
既に日は落ち宵闇が辺りに満ちていた。風に交じるのはひんやりとした、しめりけを帯びた空気。
その場にいる者達にとって、闇は光同様隣人のようなもの。夜目の効く彼等にはなおさら必要のないものだったが、エルドアはリアンが戻って来る時の目印になるようにと火を焚いていた。
そのたき火を囲み、ラスとエルドアはしばらくの間言葉を交わしていたが。
「あら、帰るの? そろそろリアンちゃん戻ってくる頃よ」
リアンの気配をいち早く察するなり立ち上がったラスに、エルドアが意外そうに言った。
だがラスは「だからだ」と言って肩を竦める。
「アイツと会ったら説明するのが面倒だろ。俺はこのまま戻る」
そう言うと、膝についた埃を払いあっさりとマントをひるがえした。そのあまりにそっけない態度に、エルドアは思わず咎めるように眉をひそめる。
「心配じゃないの?」
「今はお前がついてるだろ」
「それはまぁ、そうだけど…」
不本意といった様子で返すエルドアに、ラスは「お前と一緒なら心配ない」と告げた。
「それに俺も王としてやるべきことがある。エドワーズの愚行を止めなければ、被害をこうむるのはリアンだけじゃないからな」
「ラスってこういう時だけ、妙に真面目なんだから。ほんとイヤんなっちゃう」
「そうかぁ?」
「そうよ」
エルドアは「リアンちゃんのためにわざわざこんなところまで来るくらいには、気にかけてるクセにぃ」とわざとラスが苛立つような口調でからかう。だが予想に反してラスがその挑発に乗ることはなかった。
それどころか、黒髪の青年は妙に神妙な顔つきをすると「まぁな」と短く呟く。
「……えっ」
「…なんだよ」
「う、ううん…」
思ってもみないラスの言葉に、エルドアの方が逆に声を失ってしまう。
当然だ。目の前の黒髪の青年は最近こそ大人しくしているものの、その実エルドアよりも長く生き、魔王の中でも怒らせたら手の付けられない暴君。――極悪非道と呼ばれている男だ。その魔族が毛色が変わっているとは言え人間に懸想するなど、一体誰が想像しただろう。
エルドアは冗談半ばで言ったつもりだったが、しれっとした顔のラスをまじまじと見るとわずかに赤面した。
「なんでお前が照れてんだよ」
「だってぇ…、まさかラスがねぇ…」
「そんなんじゃねぇ。単に見ていて飽きないだけだ」
「…ラスにもようやく遅い春が訪れるのね…ルシアが喜ぶわぁ…」
「お前ぶっ殺すぞ!!」
「ああもう」と苛立たしげに吐き捨てると、ラスは話は終わりとばかりに転移魔法を展開する。
「とにかくアイツのことは任せたからな。ここでの用事が済んだらさっさとカバラ密林まで来い」
「りょーかいっ」
エルドアが手を挙げて答えると、フォンッ…と微かな音だけ残してラスの姿はあっけなくかき消えた。
後には再び、パチパチという薪の爆ぜる音だけが響くだけだ。
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