48:残り一つがわりとキツいんですが?
「エルドアさん、ただいま戻りました」
やがて頭上から月明かりと共に、リアンの声が降りてくる。
気配を追わずとも“紐”をつけていたエルドアにはわかっていたが、それでも彼女は少し驚いた風を装って顔を上げた。今しがた去っていった魔王の、その心を占める少女の姿を、感慨深い思いで見つめるために。
(なんていうか、うまくいくといいわよねぇ…)
マルガから降りるリアンの姿に、エルドアは目を細める。
そして思う。いつかあの魔王とこの少女が心穏やかに過ごせる時が来ればいいと。
「? …何かありました? エルドアさん」
きょとんとするリアンに、エルドアは笑って首を横に振る。
「んーん、なんにも」
「…?」
ラスに念押しまでされている。彼がここにいたことはエルドアは話さない。
その代り、少し疲れた様子のリアンをたき火の近くに座らせると、エルドアは彼女から今日起こった出来事を食事と共に聞いた。
その話はエルドアが想像した通り面白おかしく、やはりリアンはどこか風変りで肝が座っているということを再認識することとなった。リアンはそんなエルドアの評価に不満そうだったが、むくれつつも仕様がないと笑うとワインを少量飲んですぐ眠った。
ドライアドのいる泉の周囲に魔物はおらず、穏やかな空気が流れている。
見上げれば月。
エルドアはしばらくの間その美しい光景を眺めると、興味深げにやってきた妖精達と朝方まで語り合った。
穏やかな、――とても穏やかな夜のことだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「そっち行ったわよぉ」
「は、はいぃっ…!!」
洞窟に低い轟音が響き渡る。
続いて、エルドアの放つ火炎魔法の明かり。
リアン達は翌日、最後の目的『ランブルハート』を取りに、樹海のさらに奥。蔦や細かい木々が鬱蒼と生い茂る密林地帯へ来ていた。緑が多いせいか、巨木がそびえたっていた樹海入口と違い、空気は薄暗い。天から差し込む光も、途中で遮られているようだった。
湿度の多い、重い空気。
どうやらここが吸血鬼の古代種ランブルの住処らしい。
辺りを歩くと、そこにはいくつかの地中奥へと続く洞窟の入り口がある。エルドア曰く、夜行性である彼等は昼間こうして洞窟の中で身を潜めているのだという。そして夜になると獣の血を求め森を徘徊するのだとか。
「ちょっとビジュアルはエグいし、今まで戦った魔物の中じゃ強い方だけど、大丈夫だから。まぁ、頑張って倒しちゃいましょ」
そう言うエルドアの気楽な言葉を信じて、洞窟へ足を踏み入れたのだが。
(強いなんてもんじゃないんですけどっ…!!!!)
ギィン!と鈍い音を立てて、遮断結界に衝撃が走る。続いてガラスにひびが入る時のような、何かが割れる予兆。
リアンは慌てて自身の防御魔法を修復すると、二重、三重にして再度張りなおした。
直後に、ドン!と音をたててランブルの顔が結界に激突する。間近に見る青白い化け物の姿。二足歩行のその姿はリアンより少し大きいくらいだろうか。だが手が異様に長い。口は耳近くまで割け、牙というには長すぎるものが頬の辺りから皮膚を食い破っていた。そして吸血という名の通り、今まさに彼等は血を求めているのだろう。その大きく開かれた口の端からは、とめどなく透明な涎がぼたぼたと垂れていた。
…まるでリアンが美味そうだとでもいうように。
(ひぃいいいいい…!!!!)
結界ごと食い破ろうとするランブルに、ウルフェン達が対抗する。
だがランブルの動きは風のように動く彼等よりも、なお速かった。マルガの体当たりを目で追えぬほどの速度で避けると、ひたりと洞窟の天井へと張りつく。すぐ後をフェンリルの雷が舐めるように追うが、幾度となく放っても姿を捕えることは適わなかった。
しかも、リアン達が対峙しているランブルは一体ではない。
「うぐっ!」
横からの衝撃に、思わずリアンが呻く。
ランブルは全部で4体。夜の王と言うのだからてっきり1体しかいないのかと思いきや、彼等は小規模の群れを成すのが習性らしかった。
「防戦一方になってるわよぉ」
「うう…っ」
どうやらランブル2体を相手取っているエルドアは手を抜いているらしい。
余裕ある動きで魔法を撃ちだしているものの、なかなか止めを刺しにいかない。これも修行の一環と、全てリアンに相手させる腹積もりなのだろう。文句の一言でも言いたいが、今は問いただしている暇もない。
(せめて少しでも動きが止まれば…っ)
悩む間もなくランブルが長い爪で攻撃を仕掛けてくる。
また結界を破られるかとリアンが身構えた、その時。
『ヤレヤレ』
声と共に巨大な影がリアンを覆う。
聞いたことのない低い念話の声。
だが気配だけは馴染みあるものだとリアンは知っていた。
「…え、ヘイズ…?」
『フン』
思わずぽかんと見つめるリアンの前に、ヘイズ――熊型の魔獣ヘイズホーンの巨体がむくりと立ちはだかる。
ヘイズはちらと背後のリアンを見ると、その態勢のままランブルの牙を真っ向から受けた。ざしゅっと皮膚を食い破る音。
「ヘイズ…ッ!!」
リアンの悲鳴じみた声を余所に、熊の姿を模した魔物は『平気だ』と短く言うと、自身の喉元に噛みついたランブルの後頭部をつかんでぐいと引き離した。そしてそれを身体ごと持ち上げると、勢いよく洞窟の壁に叩きつける。これにはたまらずランブルも「ギャッ!」と叫び声をあげた。
(えっ、ちょ…、ヘイズさん強くない!?!?)
慌ててリアンは床に崩れ落ちたランブルの手足を、遮断結界で縛り付ける。
四肢の動きを封じれば、いくら素早かろうとフェン達の魔法の格好の的だ。先程までの恨みを晴らすかのように放たれた雷に、あっけなくランブルの命は尽きた。
そうこうしているうちに、ヘイズはもう一体のランブルも捕まえている。
ウルフェンほどの素早さはないはずだから、恐らく先ほど同様、自分かリアンをおとりにしたのだろう。
(特に得意な魔法もないって思ってたんだけど、そうか。…この子、物理強化系だったのか…)
見れば、噛まれたはずの首元の傷もかなり浅そうだ。
属性値が弱いと思っていたが、なんてことない。肉体強化系のスキルが突出していただけだったのだ。
ヘイズは片手でランブルの頭。もう片方の手でランブルの脚をもつと、それを左右に勢いよく引き裂いた。ブチィッと生生しく肉の引きちぎれる音。その雑さと怪力ぶりに、流石にリアンは真顔になる。
「ちょっ、ヘイズさんどんだけ力あるのよ…。スプラッタ映画もびっくりじゃない…」
『コレが一番確実ダ』
「…。それ、間違っても人間相手にやらないでね」
『リアンの呪いのコトはワカッテイル』
「いや、そうじゃなくて――」
「グリュアアア!!」
反論しようとしたリアンの言葉はランブル達の攻撃によって中断された。仲間がやられた意趣返しか、それともエルドアには適わないと悟ったか。いずれランブルはリアンへとターゲットを変えたようだ。目で追うのもやっとの早さであっという間に距離を詰めてきた。
だがその鋭く巨大な爪がリアンへ届こうとした時、今度は視界を白く埋め尽くすほどの閃光が辺りを包みこむ。
フィルギアの光魔法だ。
(そういえば、ランブルって光に弱かったんだっけ)
全く、主よりも魔物達の方が戦い方をよく熟知している。
リアンは防戦一方だった自分に反省すると、自分達よりも明らかにダメージを受けているランブルの手足を素早く拘束した。即座に落ちる雷の衝撃と光。
「ふぅ…終わった…」
「おつかれさま」
ランブルの気配が完全に消えると、エルドアがこちらへ歩きながら明るい声で労りの言葉をかけた。
リアンはそのいつもと変わらぬ姿を恨めしそうに見上げるも、結局何も言えずため息にして吐きだしてしまう。エルドアが他ならぬ自分を鍛えるために、骨を折っていると知っているからだ。言うまでもなく、自分に経験を積ませる気がないのであれば、エルドアが一人でランブルを相手にしたほうが間違いなく早い。
だが疲れと気の緩みでその場に座り込んだリアンは、次の言葉に今度こ文句を言いたくなった。
「さ、次のランブル探しに行くわよ」
「ふぁっ!?」
思わずぎょっとエルドアの顔を見ると、「アッチにもいそうよ」と洞窟のさらに奥を指さす。
「え、今ので終わりじゃないんですか!?」
「終わりじゃないわよ? だってほら。これ星入りじゃないし」
「星…ナシ…」
がくりとリアンは肩を落とす。
そういえば魔物が落とす素材はランダムだったことを、いまさらながら思いだす。出ただけまだラッキーかもしれないが、エルドアの持っているそのサイズと輝きでは、リアンの求めているものとは程遠い。
「くう…」
「大丈夫、倒し方はさっきのでわかったでしょう? 新しく協力的な仲間も増えたみたいだし、次はもっと楽に倒せるわよ」
「ううう……、はぁい…」
リアンはよろめきながら立ち上がると、エルドアの後に続いて歩き出した。
魔物の素材ガチャでレアを引き当てるためには、まだまだ倒す回数が足りないようだった。
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