46:無事お帰りいただけますか…?
「…ふう、みんなお疲れ様~!」
鎧のかち合う音が止みしんと静まり返ると、リアンは巨木の影からひょこりと頭を出した。
その声は、先程一方的な戦いが行われていたことを忘れさせるほど、能天気で明るい。
30名程いた兵士達は、今や気を失いその場に倒れている。だがその全員が一人たりとも重傷を負わされていないことを、リアンは知っていた。事前にフェンリル達には手加減してもらうよう頼んでおいたのだ。
後は止めにリアンが眠りの魔法を放ち、彼等の意識を奪えば、全滅した部隊の出来上がり。魔術師の魔法を軒並み無力化させたのは、あまりに暇でやることがなかったからだ。
つまり最初からリアンの仕組んだ茶番だったのである。
だがこれで彼等も樹海の恐ろしさが少しは骨身に染みただろう。
『リアン』
「ん?」
『コイツら、やっつけちゃっても良かったんジャナイノ?』
「ん~…」
リアンはマルガの問いかけに一瞬上を見て思い倦ねたものの、やっぱりと首を横に振った。
「もしこれだけの部隊が行方不明になれば、次はもっとたくさんの軍隊が送られて来るかもしれないし。…それに、あんまり君達に人殺しとかさせたくないのよね」
『フゥン?』
「まぁ、私のエゴなんだけどね」
リアンの育ってきた環境よりも、この世界の命の重さの方が軽いことは知っている。
しかしだからと言って人殺しを率先して行う気には到底なれない。自衛目的ならともかく、やはり人殺しはリアンの中ではタブーだ。避けられるものなら避けたいし、それはリアンが従える魔物達が手を下すとしても同様だ。
「は~い、それじゃみんな。いいっていうまで出てきちゃダメだからね~!」
『ハーイ』
『リアン頑張ってー』
リアンは念のため彼等の身体や装備を調べると、フェンリル達に影に潜んでいるよう伝えた。
彼等をこのまま国へとんぼ返りさせるためには、まだあともう一芝居打つ必要があった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――あの~…、大丈夫ですか?」
重く暗い意識の向こうで、何やら若い女の声がする。
ゆっくりと目を開くと、そこには巨大な大木と幾層にも重なる枝葉。スクストルは自身が気を失って倒れていたことに気がついた。がちゃがちゃと鎧がかち合う音をたてながら身体を起こすと、目の前には美しい少女の姿。まだ成人もしていなさそうな華奢な体躯をしているが、装備を見るに旅人か冒険者のようだ。
「……俺は、一体…」
意識を覚醒させるために頭を振ると、少々気の毒そうに少女が答えた。
「全員、魔物にやられて倒れていたんですよ」
少女の言葉に、倒れる寸前の出来事がまざまざと思い出されスクストルは辺りを見渡した。
「…そうだ!…あの魔物は!? 俺の部隊は…!」
だが立ち上がって隊の一人に駆け寄ったスクストルは、その様子にほっとする。どうやら気を失っただけでまだ息があるようだ。それも彼だけではなく、ほぼ全員だ。
あれだけの魔物相手に死者がゼロとは、これは一体どんな幸運が舞い降りたのか…。
「貴方のお仲間さん達は全員無事です。ラッキーでしたね」
のんびりとした口調で言う少女の言葉に、スクストルはまさかと振り向いた。
そしてまじまじとその幼い顔立ちを見つめる。とても信じられることではないが、他に考えようもない。
「まさかとは思うが、先程の魔物達は、君が…倒したのか?」
「はぁ、まぁ…はい。だからもう安心して大丈夫ですよ」
「嘘だろ…!? 君はその、…まだ子供のように見えるが…」
「見た目は子供でも貴方達よりは強いし、ちゃんとした冒険者ですよ。――ほら」
「…なっ!?」
少女が胸元から取り出した冒険者カードの色は黒。
それはこの世界の人間なら誰でも知っている、最高ランクの冒険者の証だ。
スクストルは驚きのあまり、しばらく声を紡ぐことが出来なかった。
S級冒険者など、自国ボーンリッジにも5人といない。その称号に込められた権威と名声は例えその出自が孤児だとしても絶大なもので、強さ故に各国での軍事利用が堅く禁止されているほど。王直属の軍を率いるスクストルですら、その存在を実際に見ることは稀だ。
そんな生きた伝説のごとき存在の一翼が、まさかこんなちんくしゃの小娘だとは。
「誰がチビの小娘ですかっ!!」
「す、すまん…、驚きのあまりつい口に」
「いいから、犬死したくなければさっさと全員起こして森を出てくださいっ! 次襲われても助けませんよ!」
「あ、ああ…」
王女のように上品な顔立ちにぎろりと睨まれ、スクストルは慌ててその言葉に従った。倒れている兵達を揺さぶって起こすと、軽傷者には治癒魔法をかけ、再び隊列を整える。起こされた兵達は皆命があった幸運を喜びながらも、あそこまでの窮地からどうやって抜け出すことが出来たのかいぶかしげな顔をしていた。
だがやがてそこに幼い冒険者の存在があったとわかると、まるで英雄のように彼女を讃えた。
「あの、…リアンさんはやっぱり魔術師系統なんですか?」
「この身体ですからね…。剣を振ったりするのはなかなか厳しくて…」
「どうやってあの魔物達を倒したんですか? 奴等、全然魔法が効かなくて」
「ああ、災害級だと第三位以上の魔法を多重起動しないと効果が薄いので、そのせいかも」
「多重起動!? 第三位魔法を!?」
巨大な木の根の上に透明な結界を張ると、小柄な少女は周囲の魔術師と会話を交わしつつ、とんとんと軽い足取りで進んでゆく。
最初こそ部隊の中には、リアンと名乗ったこの冒険者が窮地を救ったなど到底信じられない。よもやウソをついているのではないかと勘繰る者もいた。だが、瞬時に兵達全員にかけた防御魔法や鎧軽量化の補助魔法。そして不可視の足場を作る結界生成技術。それらを苦も無く繰り出す少女の姿に、騎士は元より魔導師達もその力量を認めざるを得なかった。
今では魔術師部隊の人気者だ。
「やっぱり魔力量の多い人は違うなぁ」
「私、魔力量はかなり少ない方だと思いますよ。たぶん魔法構成式が皆さんと違うんじゃないですか?」
「構成式? …学院で教えている以外の魔方陣を使ってるんですか?」
「たぶん。私は魔法を全部自分で組んでいるので…」
「それってオリジナルってこと…!? 信じられない…」
スクストルは魔術師達と言葉を交わすリアンを後ろから眺めていたが、彼女は質問攻めにする魔術師の中にいても落ち着いた様子で答えている。紡ぐ言葉も迷いがなく滑らかだ。もしかすると彼女は、見た目以上に歳を重ねているのかもしれなかった。
帰路はリアンのおかげで順調であり、また快適だ。スクストルは改めて、この小さき冒険者に出会えた幸運に感謝した。
とはいえ、野営地へ戻るスクストルの足取りは重い。
理由はただひとつ。
結局自分達が王命を叶えることが出来ず、なんの収穫もないままこのエメラルディア大樹海を去らなければならないからだ。人から言わせれば、この戦力で命があっただけでも儲けものなのだろう。だが騎士としての自尊心の高いスクストルからすれば、リアンには申し訳ないがむしろここで国のため命を散らした方がマシだった。
「はぁ…」
野営地に戻り皆がほっと気を緩めている中、スクストルは一人重いため息を吐く。
「浮かない顔ですね、隊長さん?」
「嗚呼…、冒険者殿」
テント脇のベンチに座っていると、リアンが声をかけてくる。
どうやら魔術師達との会話は切り上げたようだ。野営地まで自分達を全員送り届けてくれたのだから、彼女もこれで自らの拠点に戻るのだろう。
兵達は皆、己の役割をこなしつつ、スクストルの命令を待っていた。王への忠誠心は疑う余地もないが、彼等も馬鹿ではない。魔物との力量さは察したようだった。
可能であればS級冒険者であるこの少女に同行してもらい、もう一度だけエメラルディアの至宝探索のため樹海に潜りたい。スクストルはそう考えていた。
だがS級冒険者をギルドの仲介なしに雇うとすれば、その報酬は莫大だ。スクストルは喉元まで出かけた頼みの言葉を、ぐっと飲みこむしかなかった。
だが次の言葉に、彼は目を見開く。
「何か困っていることがあるんじゃないですか?」
驚いてスクストルが目線を上げると、悩みがあるなら話してみろと言わんばかりの紫色の瞳とかち合った。
「驚いた。S級冒険者ともなると、人の心まで読めるのか?」
「そんなまさか。それだけ盛大にため息をついておいて、『困ってない』っていう方が驚きですよ」
「そうか…」
「それで? 何か問題ですか?」
「う、うむ…」
スクストルはリアンに促されるまま、自身に課せられた任務について語った。
即ち、今回の遠征の目的はエメラルディアの至宝と呼ばれる宝石の獲得だったこと。そしてそれを持ち帰り王女の冠にあしらうことがボーンリッジ王並びに自分達の願いだったこと。だが、もはや自分達の戦力を鑑みるに任務達成はほぼ不可能であること。
リアンはスクストルの未練交じりの独白をしばらくの間じっと聞いていたが、やがて話を全て聞き終わると「なるほど」と呟いた。
「……ひとつ質問なんですけど」
「なんだ?」
「エメラルディアの至宝を実際に見たことのある人はいます?」
「いや。だが書物によれば樹海中央の泉で生まれ、明るい緑色をしているとか。風の属性が色濃く表れ、所有者には多大なる幸運をもたらすと…」
「なるほど、“明るい緑”…ねぇ」
「それがどうかしたか?」
「いえ、奇遇なことに私も似たような宝石を持ってるな、と思って。それも泉の近くで拾った――」
「……は…?」
話の読めないスクストルが問い返すと、リアンは自らの鞄に手を入れ拳ほどの結晶をひょいと取り出した。
太陽の光に照らされ輝くその様は、今彼が言った通りの色。…新緑のような明るい緑だ。
「……」
スクストルはそれを見てしばし呆然と口を開けた。
リアンがエメラルディアの至宝を持っていたからというわけではない。これほど巨大で美しい結晶を、未だかつてスクストルは見たことがなかったからだ。
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