45:軍隊って、マジで軍隊ですか?
(あれ? …なんで私、今ラスのこと思い出したし)
エメラルディア大樹海上空。
フェンリルの背にまたがったリアンは、ふと脳裏に現れた黒髪の冒険者の姿にむうと唇を尖らせた。
思えば、リュート村で別れてから一週間が経とうとしている。この世界は、基本遠方への通信手段がほぼ皆無。その上パーティの契約魔法も解いてしまったため、彼等とは全く連絡を取れない状況だ。あの口の悪いS級冒険者も、いなくなればいなくなったで少々寄るべない。
彼等は今頃どうしてるだろうかと、リアンは頭の隅で思った。
(ラスもルシアさんも、殺したって死ぬような人達じゃないから、元気にはしてるだろうけど)
約束通り自分もS級冒険者になったのだ。一度くらいは会いに行ってみても良いかもしれない。
エルドアならきっと居場所の検討もつくだろう。
(まぁ絶対、『よくやったな。お前にしちゃ上出来だ』とか『お前がS級? 試験管の目が腐ってたんじゃないのか?』とか、超絶上から目線で言ってくるんでしょうけどねっ!)
ニヤニヤと心底嬉しそうな笑みを浮かべる鬼畜顔を思い浮かべ、リアンは胸の内で毒づく。
ラスの底意地は驚くほど悪く、人をからかうことを生きる信条としている節がある。だから会ったらまた軽口の応酬となるのだろうが、ラスの言葉に噛みつく反面、リアンはそれをさほど嫌だとは思っていなかった。
それどころかラスとの会話は楽しく、どこか旧知の間柄のような気安さを感じる。
非常に認めがたいことだが、恐らくリアンもラスのことを心のどこかで気に入っているのだろう。
だからこうした折にふと、思い出したりするのだ。
(でもまぁ、その前にドライアドの依頼をこなさないとだけどね)
きっと今もS級冒険者向けのクエストを、文句を言いつつルシアとこなしているのだろう。
自分も同じ道を進んでいれば、いずれ会うこともある。ならばその時を気長に待とうと、リアンはラス達への思いに区切りをつけた。
今集中すべきは、ドライアドから課せられたミッションだ。
だが、まさか出会って早々お願い事をされるとは。宝石を授けるための通過儀礼か、一種の試練みたいなものなのだろうか。
フェンに乗って早小一時間。
騎乗が続いてそろそろお尻も痛くなってきた頃、遥か遠くにようやく樹海の端が見える。方角は合っているはずだから、恐らくあの辺りにドライアドの言う軍勢とやらがいるのだろう。
リアンは改めて気を引き締めると、魔物達に指示を出した。
(みんな、この辺に人がいるか探してもらえる? 見つけたらフィルギア、ちょっと様子を探ってみて)
『わかっタ』
『行ッテくル』
リアンは魔物達を散開させると、自身はフェンと共に巨木の枝の上に下り、固まった身体をほぐした。
小腹を満たすためにローレンの街で買った揚げ菓子を食べていると、やがて魔物達から連絡が入る。どうやら彼等はまだ森に足を踏み入れておらず、手前の草原にこじんまりとした野営設備を作っているところらしい。距離は今リアンのいる場所から5キロほど。稼働範囲が最も広いフィルギアが近くに待機し、様子を探ることになった。
(フィルギア、そっちどんな感じ?)
尋ねると、フィルギアは言葉の代わりに映像をリアンの視界に送り込んでくる。
どうやら視界共有の魔法で、現場の様子をダイレクトに伝えようとしているらしい。フィルギアは言葉は得手ではないようだが、これはこれで便利だ。
映像を見る限り、“軍勢”とドライアドは言ったもののその数は少ない。総勢50名と言ったところだろうか。
いくつかの荷馬車と簡易テント。全員が汚れひとつない綺麗な金属製の鎧を皆着ているところからして、国直属の兵士か何かなのだろうか。馬でやってきたようだが、巨大な根が入り組む樹海に入るのは無理だと知って、これから数人が徒歩での探索を試みるらしい。
(ふぅん…、いきなり森を焼き尽くすような無法者っていう感じはしないけど…)
集団の先頭を見ると、剣を天にかざし『おおー!』とばかりに叫んでいる男の姿。
男はこれからの道程に素晴らしいことが待っていると信じきっているようで、その瞳は希望に満ち溢れている。きっと何かの使命を負っているいるのだろう。彼に追従する者達も、熱量の差はあるものの皆似たようなものだ。
その様子を見て、思わずリアンは「ワァ…」と声を上げた。
(脳筋っていうか、…なんだか、体育会系の香りがひしひしとするなぁ…。話が通じるといいんだけど)
時に、何かを忠実に信奉している真面目は、バカよりも性質が悪い。
リアンはかすかにため息をつくと、どうしたものかと思い悩みながらフェンに再び騎乗した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「皆の物、如何にここが魔の大樹海と言われようとも、恐れることはない! 我等には王女殿下の加護がついている! ここで命尽きようとも、我等の名と魂は永劫国の英雄として残るであろう!!」
「おおおおおーーー!!!!」
「我に続け!」と勇ましく叫ぶと、30名ほどの声が答える。
その様子を、部隊長である男ナウエッジ=スクストルは誇らしい思いで見た。
彼の部下達は皆勇敢な若者ばかりだ。人跡未踏の地、エメラルディア大樹海に赴くよう王命が下された時であっても、一人たりとも命に背いたり難色を示す者はいなかった。そんな彼等を、今回隊を率いることになったスクストルは誇りに思っていた。
確かにここエメラルディア大樹海は、どこの国も立ち入らない魔界との呼び声が高い。
だが噂に尾ひれは付き物である。
恐らくここで消え去った軍隊というのは彼等は自分達のように統制が取れていない部隊だったか、そうでなければ単に弱かったのだ。一人一人が騎士長レベルと言われる、ボーンリッジ王直属の王立近衛隊『青の剣』。そして同じく冒険者にも劣らぬ実力者で構成された王直属の魔術師部隊『永遠の炎』。その半数がこうしてやってきたのだから、今の自分達に不可能なミッションなどありえるはずもない。…少なくとも、スクストルはそう信じて疑ってもいなかった。
「今の我等に不可能なのは、隣国グランシアを落とすことくらいだな」
「ははは、違いないですね」
「いっそ、エメラルディアの至宝だけでなく他の宝石もいくつか持って帰りましょう。我等が姫君を飾る宝石は、いくつあっても困らないでしょう」
「違いない。余ったらかみさんにでも持って帰ってやれ」
「ありがとうございます!」
巨大な大木の隙間から差し込む柔らかな木漏れ日。
そののどかな光景に、足を踏み入れてみればこんなものか、とスクストルは拍子抜けする。
吟遊詩人があまりに恐ろしげに歌うものだからどれほどの魔境かと思っていたが、なんてことはない。木や動物が少々大きいだけの普通の森ではないか。迷宮で魔物相手の訓練を積んだこともある自分達だ。きっと無事に樹海の中央にあるという泉まで辿りつけるに違いない。
だがその予想が裏切られたのは、樹海を歩いてわずか10分後のこと。
「隊長、前方に何かいます!!」
魔導師の一人に言われ、隊の動きが止まる。
指さす方向を見ると、巨大な大樹の根の上には果たして狼のような姿をした魔物がいた。狼と異なる点は、その毛の色が漆黒であること。そして人間を丸飲み出来そうな程、巨大な体躯を持っていることだ。スクストルは離れていてもわかるぞっとするような威圧感に怯んだが、グル…という唸り声が聞こえると弾かれるように号令を出した。
「なんという凶悪な姿だ…。全員、散開しろー! 相手は一匹だ! 魔術師部隊は、後方から攻撃魔法を撃ちこめ!」
だがそれを言い終える間もなく、「ぐあッ!」と叫び声がして部隊の一人が吹っ飛んでいく。
「…は…?」
若い剣士は、厚いプレートメイルを身に着けているにも関わらず、木の幹に叩きつけられるとあっけなく意識を失った。一人、そしてまた一人。ひゅっと風が駆け抜けるたび、短い叫び声が至る所で上がる。
スクストルは木の根の影に身を潜めると、後方に控えているはずの魔術師達に向かって叫んだ。
「ひ、ひるむな…! 防御魔法はどうした!?」
「それが、魔法が発動しません!!」
「なんだと!?」
「攻撃魔法もです! 発動する前に魔方陣が消えてしまって…!」
「そんなわけが…」
あるか、と言いかけた言葉を、再び「隊長!!」という言葉が遮る。
「今度はなんだ!?」
「上を…ッ」
促されるまま上を見上げたスクストルは、その光景に今度こそたじろいた。
高くそびえ立つ巨木の枝。その先に、目の前にいる狼と明らかに同種の魔物が立っていたのである。
全部で3頭。毛並の色は異なるが、巨大な狼型のシルエットにねじれた角。血に飢えたようなギラギラと光る瞳。
「グルォオオオ!!!!」
魔物達は一斉に咆哮を上げると、隠れても無駄と言わんばかりにスクストル目がけて雷魔法を撃ちこんだ。それも永遠の炎の魔術師が奮うものとは比べ物にならない、地面が揺れるほどの強力な攻撃魔法だ。
「ガァッ…!」
スクストルはその衝撃と身体を焼かれる痛みに低く呻いた。同時に体力がみるみるうちに減っていく。
なんとか体制を整えようとするが、見れば周囲の人間も軒並みその場に倒れ意識を失っていた。
「まさかこんなところで…」
絶望と共に、脳裏を全滅の二文字が過る。
よもやこれほどあっけなく自分達の部隊が全滅するなど、誰が想像出来ただろうか。
だが先に立つ後悔などない。自分は甘かったのだ。吟遊詩人の言う事はやはり正しく、自分の行動は無謀に過ぎたのだ。
(王直属の部隊を、こんなところで失うとは…ッ!)
熱によりゆがんだ剣を地面に突き立て、なんとか立ち上がろうと試みる。
それは騎士としての矜持だったのか。それとも死の淵にいてもなお挫けぬ自尊心の高さか。
だがその場によろよろと立ちあがったスクストルは、急激な眩暈と眠気によって再びその場に崩れ落ちた。
「これが…死、か…」
常に覚悟はしていたが、森の中央にすらたどり着けなかったことが心残りだ。
エメラルディアの至宝でなくとも、せめて宝石のひとつくらい王女のために持って帰りたかった。
(王よ、…王女よ。申し訳…あり、ま…)
カシャン、と音を立て、後に残るのは静寂のみ。
さわさわと風が木々の葉を揺らす中、スクストルの隊は全滅した。
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