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44:世界の危機が迫ってませんか?

「エルドアがいるってことは、リアンもここに来ているのか?」

「え、ええ…」

「少々面倒事があってな。人の子は今、我が使いにやっている」


 まだ驚きから立ち直れていないエルドアの代わりに、ドライアドが答える。

 ラスはどうやら一人のようだった。いつもパーティを組んでいるルシアの姿は、今は見当たらない。


「なんでこんなところにラスが…」


 ラスはエルドアの当然の質問に一瞬口ごもると、ばつの悪そうな顔で「たぶんお前と同じ理由だ」と答えた。


「じゃあ、ラスもフォレストグリーンサファイアを?」

「ああ。お前に言われてリアンの装備を発注しようとしたんだが、どうせ作るならドライアドの加護も入れておいた方が安全だと思ってな」

「なんと…、竜と魔王が揃って人の子の心配か。健気なことだ…」


 2人のやりとりに、ドライアドが呆れた声を出す。

 何故なら、エルドアとラスがドライアドから譲り受けようとしていた『フォレストグリーンサファイア』…これには移動速度を上げる風の属性石としての効果の他に、もうひとつある特殊効果があるからだ。


 ――それは精霊ドライアドの加護。


 ドライアドの秘宝であるその石を身につければ、本人が意識しようとしまいと、持ち主は上位存在の加護を自動的、永続的に受けることになる。エルドアとラスは、それをリアンの装備に組み込もうとしていたのだ。

 だが、


「お前達が心配するのは自由だが、あれはそんなことじゃどうにもならんぞ」


 ドライアドの言葉に、2人は同時に振り向いた。


「何故だ」

「どうして?」

「何故って…」


 ドライアドは珍しく困ったような表情を露わにすると、大きく息をついた。


「お前達も見ただろう、あの娘。肉体も魂も、欲と禁呪の手垢まみれではないか。…あれほど呪いに満ちた器が如何に生きようと、先は知れている」

「そんなことないでしょ? 禁呪まみれだってやりようはあるハズだわ」

「禁呪をかけた相手は、グランシア国王エドワーズだと既にわかっている。奴をどうにかすれば――」

「…お前達、まさかそうやって転送者を全員助けるつもりじゃないだろうな」


 精霊を説き伏せようとしていたラスとエルドアは、ドライアドの言葉にぴたりと動きを止めた。


「…どういうことだ?」

「今、なんて言ったの…?」


 きつく眉を寄せたラスに、精霊はさもないような声で告げた。


「なんだ、知らなかったのか。転送者はそのリアンとやらだけではないぞ。今や彼の国の地中は女の死体で溢れかえっている」


 ドライアドは嘘をつかない。

 2人はその言葉に、今度こそ口を噤んだ。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「そもそもお前達は、今のこの世界の状況をどれだけ理解している?」


 精霊ドライアドの言葉に、ラスは今自分がリアンを取り巻く状況について、知っていることを全て説明した。

 曰く、彼女がグランシア国の王と魔術師達によって異世界より召喚されたこと。

 そしてその目的は、この世に存在する6人魔王いずれかとの婚姻であること。

 そのために死の淵から蘇らせた王女の肉体に、魂を埋め込んだであろうこと。


 ドライアドはその話を黙って聞いていたが、やがてラスが「以上だ」というと微かに頷いて言った。


「なるほど、わかった。…結論から言うと、お前の話は半分正しく半分誤っている」

「というと?」

「彼女が異世界より召喚されたのは事実だが、あの肉体は王女のものではない。王女の『複製体』だ」

「…複製体? コピーということか」

「然り」


 考えてもみろ、とドライアドは言った。

 異世界から人を召喚して、王女と魂を交換する。そんな高度な禁呪魔法が一回で成功するものか、と。


 召喚魔法自体、竜や魔族であっても難しいとされているのだ。人の魔術師であれば、それこそ何百回何千回と試行錯誤を繰り返さなければ、成功など夢のまた夢だろう。


 故にグランシア国王は、『それ』を実行したのだ。

 王女の複製体を大量に造り、そこに異世界からさらってきた人間の魂を禁呪と共に埋め込む。

 繰り返し繰り返し、何度も何度も…。


「失敗作も含めれば、実験に使われた転送者の魂は、既に800程か。あちらの世界ではさぞ問題になっているだろうな。次々と人が消えるのだから」

「狂ってる…!」


 吐き捨てるようにエルドアが叫ぶ。

 確かに、己の娘の複製を造り、そこに次から次へと別の人間の魂を埋め込むなど狂気の沙汰。ラスもエルドアと全く同感だ。

 だが、いまいち腑に落ちない点もあった。


「ドライアド、今のエドワーズが狂人だということは十分わかった。だが人の技術で複製体を作るなんて可能なのか? おとぎ話ならともかく、実際に作られた話など聞いたことないぞ」


 精霊ドライアドはラスの言葉に深く息をつくと、言いあぐねるように少しだけ沈黙し、やがて苦々しい声で告げた。


「グランシア国王は、時の精霊クロノスを捕えて使役している」

「なんだと!?」


 ぎょっとした顔でラスが問い返す。

 それもそのはず。精霊と人間では存在の格が違いすぎる。人が精霊を使役するなど、それこそ前代未聞の話だった。


「元々アレは人間に対して同情的だったから、それが仇となったのだろう。…彼の精霊の力を使えば、複製体を造るのはそこまで難しくない。時間と次元空間を自在に操れるのだからな」

「そういうことか…」

「グランシア国王の目的は、どうやら人と魔族との混血を生み出すことらしい。それがより強固な国を作ると信じているのだろう。だがその欲により、彼自身もいよいよ禁呪の道を歩み始めた。今となっては人間と呼べるかどうか。…この世界に7番目の魔王が生まれても、不思議ではないよ」


 ラスとエルドアは沈黙した。

 精霊ドライアドの言葉でなければ到底信じられない話だ。

 だが彼等は嘘をつかない。そしてドライアドは全ての植物を介して、世界のありとあらゆることを実際に見聞きしている。

 であるならば、これは最早リアン個人の問題ではない。国、ひいてはこの世界そのものを大きく揺るがす事案だ。


「その複製体とやらは、今どこに収容されている?」

「数が多すぎて王都のどこかとしか。…だが使い道ならわかるぞ。転送魔法は多大な魔素を消費するからな」

「失敗作は再利用か。なるほど虫唾が走るほど合理的だ。――ちょっと待て。とすると、リアンは」

「あの娘はヤツの貴重な実験の成功例だ。黙って放っておくはずもない。…無論、隠れて生きることが出来れば話は別だが、クロノスの目から逃れられるとは思えぬ。先ほど我が『どうにもならない』と言ったのは、そういうことだ」

「……」


 では何故リアンは、リュート村にいたのだろうか。

 ドライアドに聞くと、そこについてはわからないという。

 ただ彼女は、突然リュート村の外れに現れると、そのまま意識を失ったらしい。

 もしくは誰かが王都から彼女を助け出すために転送魔法を使ったのかもしれないと、ドライアドは言った。


「当初はお前と娘を結婚させることが望みだったようだが」


 ドライアドは遠くを見つめ、独りごちるようにぽつりと言った。


「己の意のままに操れる、魔族と人間の完全なる融合体。今のヤツの目的はそれを作り上げることらしい。自らの実験が、魔王との結婚以外にも利用価値があることに気付いたのだろう。…これだから人間は」


 ラスは重いため息をつくと、「ちょっとルシアとも話すわ」と言って頭をかきむしった。


「それは魔王ラインシュヴァルト=アーデンハイムとして動くということか?」

「当然だ。ここまでくればもう立派な軍事開発だろ。リアンの件がなくともみすみす放置しておくことは出来ないし、エドワーズが7人目の魔王になるなんて、ぞっとしない話だ」

「というか」


 エルドアが口をはさむ。


「ドライアド。貴女だってクロノスが人間に囚われたままでいいなんて思ってないのでしょ?」

「それはその通りだが…」


 言いよどむドライアドに、エルドアは「なら」と詰め寄った。


「私達に協力してとは言わない。でもクロノスを解放するために必要な情報くらいは、教えてくれてもいいんじゃない?」

「む…」


 ドライアドがラスやエルドアに協力しないであろうことは予測がついていた。

 そもそも精霊は人や竜、魔族とは全く異なる高次元の存在だ。彼等はいわばこの世界を維持するために必要な管理者。神の代行者とも言える。古い書物によると、この世界は精霊が見ている夢だという説もある。ドライアドがその気になれば、天変地異を起こしたり大陸の形を変えることなど朝飯前だろう。

 だが彼等はその絶対的な力を持つが故に、個人的な思いで動いたり特定の種族に肩入れすることを固く禁じられている。もしもそうした場合、先に待っているのは消滅。ドライアドが例え同胞たるクロノスを助けるためであっても言いよどむのは、そういう理由だ。

 言うまでもなく、こういった情報をラス達に与えている時点で既に、ドライアドは多大なリスクを追っているのだ。


 けれどエルドアはそれでもなお、大地と緑を司る精霊に言い募ることを止めない。


「国や種族の問題は私達でなんとかするからいいわ。でも、他の世界から人をさらってきて実験材料にしてるのは、この世界の管理者としてどうなのよ」

「しかも精霊を従えた魔王が生まれれば、それこそこの世の終わりだぞ。管理もへったくりもない」


 エルドアの言葉を、ラスも後押しする。

 精霊ドライアドはしばらくの間思いあぐねるように低く唸っていたが、やがて観念したように深いため息をつくと、水中の底から何かを取り出してきた。ひとつは特大サイズの風の属性石『フォレストグリーンサファイア』。そしてもうひとつは細い緑色の糸だ。


「これは?」

「石は持っていけ。少々大きいのは“たまたま”だ」

「何よ、最初からリアンちゃんにあげるつもりだったんじゃない」

「あの惨状を見れば、いくら我でも多少は哀れに思う。軍隊の話は方便だ」

「…」

「糸は我の一部だ。ラス、エルドア。お主等も全員身体のどこかに結び付けておけ。クロノスの居場所がわかった時、我にもそれが伝わるようになっている」

「居場所の心当たりは?」

「土がなく草木の生えない場所としか。我の目も万能ではない」

「わかった」


 ラスとエルドアは、糸を3つに切るとそれぞれを自らの手首に巻きつけた。

 緑色のそれは肌に触れると、馴染むように溶けて跡形もなく消える。これで精霊クロノスの居場所を見つけた時、如何なる妨げがあろうとドライアド助力を期待できる。


 だが3人の顔は晴れなかった。

 ドライアドの深く昏い緑色の瞳はリアンだけでなくラスやエルドアの未来まで予見しているようで、その場にいる者は胸の奥に石を抱えたようなどこか陰鬱な思いに浸った。

 遠くで風が木々の葉を揺らす音がする。

 その音はあまりに涼やかで、この世界に混乱をもたらそうとしている者がいるなどとても想像出来なかった。

お読みいただきありがとうございました。

面白かったらブックマーク、評価よろしくお願いします。更新は月水金17時予定。

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