33:魔物の体ってどうなってるんですか?
ここに来た時点で戦いが避けられないことは予想していた。――してはいたが、それでもいざ戦闘となれば緊張はする。
リアンはガウェインの言葉に、背筋を冷や汗が流れるのを感じた。
「魔物と戦うって、まさかリアンをわざと試験から落とすためのものじゃないでしょうね?」
じろりと睨むエルドアに、ガウェインは考えの読めない薄い表情で首を横に振った。
「まさか。彼女があまりに弱かった場合、死なせるのが少しばかり惜しいと思ったまでだ。…いずれそいつを倒せなかったとしてもAランクのライセンスは発行する。彼女の望みならAでも十分叶うだろう」
「ならいいけど」
「それに最下層に出る敵が一匹も倒せなければ、このギルドが認める冒険者としては流石に問題だ」
ガウェインの言うことはもっともだ。
もとよりガウェインは冒険者ギルド試験管の一人。彼を納得させられなければ、ライセンス取得は無理なのだから、いずれにせよ要求は受け入れるしかない。戦闘には慣れていないリアンだったが、相手の魔物が一匹だというにも関わらず断れば、力量を疑われるのも当然だろう。リアンはガウェインの条件を潔く飲むことにした。
その言葉にガウェインはひとつ頷くと、「では最初の条件だ」と言って茶を口元へ運んだ。
「お前は私のあの仕掛け、どうやって攻略した?」
「あれは簡単です。例の宝珠をこの子達に食べさせたんです」
「――――――は?」
影の中から現れたウルフェンの身体をぽんと叩いたリアンに、ガウェインだけでなくエルドアまで目を点にした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
話は少し遡る。
リアンは第7階層、宝珠のある広間の前で頭を悩ませていた。もう既に半日は経過しているだろうか。だがリアンにはこの迷宮の明確な突破方法を見つけられないままでいた。
敵がどうやっても現れるなら仕方がない。
しかしせめて現れる敵の数や強さ。その予測が出来れば、それだけでも戦い方は違ってくるはずだ。起動を阻止出来なくとも、せめてある程度の法則がわかれば…、と。
だがそれすらもどうやら無理のようだった。宝珠にどの程度の魔素が蓄積しているのかは、結局リアンの瞳を通しても判断付かなかったのだ。
(せめて魔素…魔素をどこかに吸収…もしくは隔離出来ればいいんだけど、空間断絶してもダメだしなぁ…。何か魔素を吸い込むものがあれば…)
自分の十八番である空間遮断魔法では、魔素を完全に封じ込めることまでは出来ない。少しなら遮ることも出来るが、魔素とはあらゆる物質をすり抜ける光のような特性を備えているらしい。この宝珠のように、対流しているものを一箇所に留め置くことは本来出来ないものなのだ。
かといって溢れ出た魔素をリアンの魔素循環で吸収するには時間がかかりすぎる。
いくら考えても、やはり正攻法以外の方法は思いつかない。
と、そこまで考えた時…。
(あれ、…魔物って魔素溜まりから生まれるのよね? …もしかして魔物なら、魔素を吸収出来るんじゃない…?)
影の中から出てきて暇そうに寝そべりながらこちらを見つめているウルフェン。
この魔物の体内が魔素で溢れかえったら、彼等は一体どうなるのだろう。魔法なら無論死んでしまうだろうが、魔素濃度が極限まで高まった時に生まれ出でるものが魔物なのであれば、魔物に魔素を吸収させることもまた可能なのではないか…。
(でも、もしこの考えが間違っていれば彼等は死んでしまう。…やってみる価値はあるとはいえ、これは流石に…)
その時、目の前で寝そべっていたウルフェンがすっと立ち上がった。と思うや否や、広間の中央へと高く跳躍すると、台座に置かれた宝珠をぺろりと一口で飲み込んでしまった。そしていつもの様子で尻尾を振ると、こちらを振り返り「ワウン!」と一声あげる。
「えっ…、ええええええええっ!?!?」
リアンが驚愕の声を上げると同時に、ボウンッ!と音を立ててウルフェンの身体が膨張する。まるで体内で爆発した衝撃をこらえているようだ。全身の毛が逆立ちブルブルと四肢を震わせる。
だが驚きはそれだけにとどまらなかった。
ウルフェン――正式にはシルバー・ウルフェンの姿がみるみるうちに変容し始めたのだ。
みしみしと音を立て体躯はより大きく膨張し、いくつもの魔法陣が身体に刻まれ始める。そして極めつけは耳の後ろから生まれた大きな二本の捻れた角…。呆然と見つめるリアンの瞳には解析魔法を使うまでもなく、ウルフェンの内包する魔素量がとんでもなく膨れ上がったことがわかっていた。
<シルバー・ウルフェンが、エクストラレアモンスター『フェンリル』に進化しました>
頭が真っ白になり、脳内に響くアナウンスも頭に入らない。
変容が終わり、ご機嫌な様子で尻尾をファッサファッサと嬉しそうに左右に振るウルフェン…いや、フェンリルの大きくなった姿を見上げて、リアンは口をあんぐりと開けた。魔物が魔素を吸収出来ることは予想していたものの、まさか彼等が更なるレベルアップを遂げてしまうことなど考えてもいなかったのだ。
今のフェンリルは、単純な魔力勝負であれば間違いなくリアンを超えているだろう。少なくとも、エルドアの迷宮にいた魔物達とは比べ物にならないほどの力を感じる。
――さらに、だ。
「…宝珠を食べたりして大丈夫、なの…?」
『ダイジョブミタイ』
「……へっ?」
リアンはてっきり驚きのあまり幻聴を聞いたのだと思った。
何故なら魔物とは魔素から生まれ出でし者。本能が強く、根本的に低い知能しか持たないとラス達からも聞いていたからだ。
だが――、
『リアン、ウゴカナイ。ダイジョブ?』
…しばしの間凍りついていたが、間違いない。
口は開いていないものの、これは以前ラスにかけてもらった魔法による通話と同じだ。今リアンにはフェンリルの考えが、ぎこちないながらもれっきとした声として聞こえている。
(魔物も高位モンスターになると言葉を理解する、…っていうこと?)
『ソウミタイ』
しかもリアンの考えていることまで通じているらしい。
思考が筒抜けなのは若干の気恥ずかしさを感じないこともなかったが、今までリアンが命令するより何度か彼らが早く動いてくれていたのはこのせいだったかと、リアンは得心した。
いずれ言葉が通じるようになったのは良いことだ。
衝撃からなんとか立ち直ったリアンは、それならと白銀の光を身にまとったフェンリルに改めて尋ねた。
「今食べた宝珠、他の子達に食べさせても大丈夫かな…?」
『ダイジョブダト思ウ』
「じゃあ、別の階層の宝珠も誰かに飲み込んでもらおうと思うけど、いい?」
『ウン。皆リアンノ力ニナリタイト思ッテル。キット喜ブ』
リアンはこうして迷宮内部に魔物を解き放つことなく、全ての宝珠を全て集めていったのだった。
6つの宝珠を与えた内訳は、ウルフェン3頭にそれぞれ1つずつ。グリズリにひとつ。そしてコレットとスリングバットにそれぞれひとつずつ。宝珠の持つ力のせいか、与えた魔物達は全て系統の異なるレアモンスターへと進化することとなった。
ウルフェンは白銀の『フェンリル』、漆黒の『ブラッディハティ』、黄金の『マルナガルム』へ。そしてグリズリは一角の生えた『ヘイズホーン』。コレットは尻尾が三叉に分かれた『ラタトスク』。スリングバットに至っては『フィルギア』という、なんと金色の鳥のような姿をした聖属性の魔物へと進化を遂げてしまった。
どの魔物も皆一様に常駐スキルを発動させているようで、様々なオーラや魔法に身を包んでいる。
(なんか皆きらびやかになったなぁ…)
その上、魔物の生態系がどのようなものかは計り知れないが、どうやら一匹が進化をすると同種である他の魔物もある程度強くなるらしい。戦闘を積まなくても大量の経験値を得られたのは、まだ冒険者として経験の浅いリアンにとって幸いだった。
――それにしても、とリアンは思う。
自分がテイムした魔物達は、一体どこまで強くなるのだろう。
戦力としてはアテにならないと思っていた元コレットのラタトスクですら、内包している魔素の量は今やリアンと同程度。いくら宝珠のせいとは言え、今の彼らの強さはリアンの召喚師としてのレベルを考えるとあまりにかけ離れている。
てっきり従う魔物の強さは召喚師の強さと比例するものだと思っていたのだが、どうやらそうではないらしい。リアンは、仲間である魔物のレベルアップを喜びつつも、イレギュラー要素の多い召喚師というシステムに若干頭を悩ませた。
ちなみに飲みこんだ宝珠をどうやって取り出したかはあえてここでは言及しない。
ただ、魔物はそもそもこの世界の生き物の姿を模している。つまり一度飲み込んだ物は上から出すか下から出すかしなければならないわけで…。
(やっぱりこの方法、やめておけば良かったかな…)
宝珠が再びリアンの目前に出てくるまでおよそ数時間。ようやく手にした宝珠に臭いはついてなかったものの、リアンが遠い目をして、何かに打ちひしがれていたのは言うまでもなかった。
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