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32:なんとか最下層着きました!

「そんな馬鹿なことがあるか…!」

「どうしたの?」


 思わず席から立ち上がったガウェインに、きょとんとしてエルドアが尋ねた。

 だが、彼にとってはそれどころではない。己の作り上げた迷宮が人、…それも少女によって攻略されようとしているのだ。しかも、だ。


(罠が第一階層以降発動していないだと…?)


 宝珠は回収されているはずなのに、肝心の魔物達が迷宮内部に存在していない。考えられる方法としてはただひとつ。ガウェインが施した仕掛けを解呪することだけだが、そんなことがただの人間に出来るはずもない。

 ガウェインはひどく混乱し、呆然とその場に立ち尽くした。


 エルドアの言った人間は、とてつもない早さで迷宮を駆け抜けている。まるで道がわかっているかのようにだ。真っ直ぐに宝珠のある部屋へ赴き、そのまま階下へと続く階段へと直行する。まだ迷宮内部では一日半程度しか時間が経っていないというのに、初心者にはありえない攻略速度だった。

 ガウェインは酷く掠れた声でエルドアに尋ねた。


「彼女、…一体何者だ…?」

「あら、ということはやっぱり結構いい線いってるみたいね、リアンちゃん」

「リアン…、というのか。彼女は」

「そう。どうやら転送者みたいよ」

「転送者…? …いや、それにしてもこの状況はありえない」

「彼女どこにいるの?」

「今、第36階層へ降りた。…この階層に人間がたどり着いたことはない」

「前代未聞、ね。やっぱりやるでしょ? 彼女」

「一体何をした? …第一階層以外、罠が全く発動していないぞ」

「本人に聞いてみたら? もうすぐここへ来るでしょうから」

「…」


 のんびりとしたエルドアの声に、ガウェインは苦々しい顔をするとため息と共に再び椅子へ座った。

 どのような方法を使ったにせよ、少なからずの自信を以て作り上げた迷宮だ。たかが人間にこうも簡単に攻略されて、ガウェインの竜としてのプライドはひどく傷ついていた。

 だがエルドアの言うとおり、ここまで来たら最下層――つまりこの部屋を訪れるのは時間の問題だろう。こうなったらその少女を自らの目で見定めるしかない。

 ガウェインはいつもは感情の色を映さない瞳に微かな険を宿すと、両開きの扉をじっと見つめた。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 その頃リアンはウルフェンの背に揺られて迷宮の最下層へと向かっていた。


 敵は第一階層で現れたスケルトン以外現れてはいない。

 リアンは宝珠の仕掛けを作動させた上で、魔素が迷宮内に溢れ出ることのない方法を、悩みに悩んだ末ついに思いついたのだ。そのおかげで、道行きは全くと言っていいほど安全だ。戦力差はもはや歴然で、自分達の道行きを阻める者はいない。


 だがリアンの気は重かった。

 何故なら最下層には必ず迷宮主がいると知っているからだ。

 手元にある宝珠の数は、第35階層で手に入れた物を含め6つ。恐らくここにも竜がいて、彼、ないしは彼女が最後の宝珠を所持しているのだろう。けれど正攻法とは言えない方法で宝珠を入手してきたリアンに、その竜は最後の宝珠を素直に渡してくれるだろうか。


(まさか自分と戦って奪い取れ、なんてことは言わないと思うけど…というか、思いたいけど…)


 魔素が見える分迷宮攻略は得意な方だが、戦闘となるとそうはいかない。

 ここまでは相手の裏をかいて宝珠を集めてきたわけだが、最後までその調子で進めると思うほどリアンも楽観的ではない。いざとなれば迷宮主の扉の手前で引き返すことも視野に入れなければと考えていた。


(とはいえ、ここまで来たからにはSランクも目指してみたいし…)


 やるだけのことはやってみますか、とウルフェンの背の上で凝った身体を伸ばし、リアンは目前をひたと見つめた。

 視線の先にようやく見えたのは巨大な両開きの扉。

 あれこそが最下層、…迷宮主の部屋で間違いないだろう。


 リアンはウルフェンから降り彼らを影に入れると、そっと扉の取っ手を掴み押した。

 とたん、中から濃い独特の色を帯びた魔素が空気と共に漏れ出してくる。

 ここに主がいることは間違いなさそうだった。



「――あれ」


 ズズズ…と重く引きずる音を立てて扉を開けたリアンは、そこにいた人物を見て目を見開いた。

 とてとてと駆け寄って、一日半振りに見る赤い瞳を懐かしく思う。


「エルドアさん…?」

「お疲れ様リアンちゃん。ちゃんと手を抜かずに来たみたいね」

「いや、まぁ…、なんとか。…でも…」


 リアンはちらと目線を動かすと、冷や汗混じりの引きつった笑いで言った。


「…そちらの方はご納得いただけていないようですが…」

「当然だ!」


 むすりとした顔で迷宮主ガウェインはリアンに吠えた。


「どういう方法で解呪したかは知らんが、敵をろくに倒さずここまで来たお前を認めるわけにはいかん!」

「それは、…そうです、よね」

「あら、それはないんじゃない?ガウェイン」


 竜の怒りにひぃと身をすくめたリアンだったが、エルドアののんびりとした声がそこに割って入った。


「お前は口を出すな、エルドア。これは冒険者ギルドの試験管として言ってるんだ」

「あら、それじゃあガウェイン。貴方、自分の仕掛けが人間に敗れると思ってアレを作ったの?」

「そんなワケあるか!あれは人間ごときに解けるようなものでは――」

「それがどういうワケか解けちゃったから、彼女が今ここにいるんじゃない」

「うぐ…」


 プライドを傷つけられ言葉を失ったガウェインに、エルドアは肩をすくめて苦笑した。


「まぁ貴方の言いたいこともわかるわ。リアンちゃんが何をしたのかは私にもわからないけれど、恐らく正当な攻略方法ではないでしょうね。…彼女は私の目から見てもそこまで戦いに慣れているわけではなさそうだから」

「ならば…!」

「でも、彼女は貴方の裏をかいた。何百年も生きる私達竜の仕掛けそのものを攻略した。…これもまた、冒険者の資質として評価すべきものではなくて?」

「…」


 エルドアの言葉に、ガウェインは沈黙ししばしの間目を閉じた。

 確かに彼女の取った方法は正攻法ではなく、またSランク冒険者の名を冠するにはあらゆる面において未熟に思える。…だがエルドアの言葉に一理あることもまた事実ではあった。


「おい、お前。リアンとか言ったか」

「は、はい…」


 ガウェインはエルドアの隣で身をすくめているリアンを、その暗灰色の目で見つめた。


「お前は何故冒険者になりたい?…何故Sランク冒険者になりたいんだ」

「…えっと、それは…、単純にこの世界で認められたいから、です」

「認められたい?…そういえばお前は転送者だったか」

「はい。前の世界でも理不尽なことはたくさんありましたけど、なんか…こっちはもっと理不尽で、もっととんでもなくて、普通に生活することすらままならなくて…。出来ればそういうのを自分の力でなんとか出来たらいいなって思って…」

「つまりお前は、箔付けのための身分が欲しいというわけか」

「はい。…出来れば子供の見た目でもなめられない程度の」

「なるほどな」


 ガウェインは少しだけ得心してリアンの言葉に頷いた。

 エルドアも眠りから覚めると決まってここへ来る。冒険者ランクというのは取得が難しいが、代わりに効力が絶大なのだ。特にSランクともなれば貴族と待遇は同等。国境や関所も場所に寄ってはスルーパス。持っているだけで周りからの目が違ってくるため、貴族の子息が金を積んでくることもあるほどだ。

 彼女が転送者で女であるならば、それこそ喉から手が出るほど欲しいだろう。


 だが、冒険者というのは常に危険と責任が伴う職業だ。

 目の前の少女に、果たしてそれが理解出来ているのか。


「話はわかった。が、リアン。Sランク冒険者になれば国からの要請に答えなければならないことも出てくるぞ。それはAランクにはけして出来ない仕事だから回ってくるわけだが…。お前はその時どうする?」

「それはもちろん…」


 リアンはきょとんとした顔でガウェインの思ってもみないことを言った。


「クエストの状況と納期を確認してそれが報酬に見合うなら検討しますし、そうじゃないなら金額や条件を再交渉します。勿論折り合いが付かないならお断りします」

「…」


 思わず真顔になったガウェインに、ぶっとエルドアが吹き出す。

 ガウェインはもとより、エルドアですら目の前の少女の口からはもっとロマンに溢れた言葉が出てくると思っていたのだ。それがよもやこんな熟練事務官のような味も素っ気もない物言いをするとは。


「お前…、本当に女か…?」

「いくらなんでも失礼な!!」


 少々げんなりとした顔で尋ねるガウェインに、思わずリアンは頬を膨らませて抗議の声をあげた。

 自分だってこんな可愛げのない性格になりたくて生まれたわけではない。どうするか聞かれたから答えただけなのにこの反応はあまりに酷いではないか。その上、エルドアは未だ肩を震わせて明らかに笑いをこらえている。


「…何か間違ったこと良いました?私…」

「いや、間違ってはいないが…」

「色気もへったくりもない答えだったことは確かね」

「むーん…」


 色気とか今の答えに必要でした?と口を尖らせるリアンにエルドアがころころと声をあげて笑った。

 そして向かいのガウェインに意味ありげな目線を送る。


「ね?ちょっと面白いでしょう?彼女」

「…なんというか、独特なのは確かだな」


(なんていうか、不愉快だわ…!)


 二人の竜の会話に、口は挟まないまでも心の中でリアンは悪態をつく。

 いきなり怒りに任せて迷宮主に襲われるなどという災難ルートは幸い回避したものの、珍獣を見るような二人の目つきに不満を隠せない。


「まぁ、そこへ座れ。道中疲れただろう」


 微かな笑みと共にガウェインが指を鳴らすと同時にエルドアの隣に椅子が現れる。

 リアンは僅かにためらったものの、エルドアの目線に促され腰をかけた。温かい茶の入ったカップが虚空を滑り、目の前の机へと置かれる。


「お前にSランク冒険者の資格を与えてもいい。だが条件がある」


 リアンは茶に口を付けるのを見ると、ガウェインは笑みを消した顔で告げた。


「お前が宝珠の仕掛けを解呪した方法を教えること。それと、私が呼び出す魔物を一体倒すことだ」


 淡々とした口調とは裏腹に鋭い光を放つ暗灰色の瞳に、リアンはごくりと喉を鳴らした。



お読みいただきありがとうございました。

面白かったらブックマーク、評価よろしくお願いします。更新は月水金17時予定。

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