31:まずは仕様確認からですよね?
暗闇に目を慣らしながら階段を下りていくと、徐々に古い遺跡のような景色が広がっていく。
ごつごつと荒れた石畳に崩れかけたブロックの壁。幅3メートルほどの通路を漂うのは冷たく湿った空気。…エルドアの迷宮とは異なり、ここはまるでゲームに出てくるダンジョンさながらといった様子だった。通常の人間であれば、そのおどろおどろしい雰囲気だけで前に進むことを躊躇ってしまうだろう。
だがリアンは違った。
魔素を映す彼女の瞳は、その見た目とは全く逆の世界を映し出していた。
(なんだろ…、このダンジョン少し静かすぎる…?)
リアンは深呼吸をすると、紫色の瞳で辺りをゆっくりと見渡す。
そしてその目で魔素の光をたどると「ううん…」と唸って、怪訝そうに小首をかしげた。
(それに魔素に明確な流れがある。…まるでどこかに吸い込まれていってるような…?)
試しに迷宮全体に索敵魔法を展開してみるが、魔素どころか魔物の気配までが感じられない。
あまりに静か過ぎる空気にしばし逡巡していたリアンだったが、こうして立ち止まっていても仕方がない。ひとまず魔素の流れを辿ってみることにした。
そうして5分も歩いただろうか。
果たしてリアンは、魔素の流れる先に広間を見つけた。言うまでもなく中あるのは宝珠の姿。
「…なんかあっさり見つかっちゃったけど、本当にこれでいいのかなぁ…」
実技試験だと身構えていたリアンにとっては、拍子抜けもいいところである。
試験用の宝珠は受付嬢から教えられたとおり、腰ほどの高さの台座に鎮座していた。サイズはリアンの拳より少し小さい程度だろうか。中央で何か白い光が明滅しており、周囲の魔素は全てこの宝玉に吸い込まれているようだった。
リアンは心のどこかで違和感を覚えながらも、無造作にその白い宝珠を手に取った。
だがその瞬間、
(えっ…)
どくん、と宝珠が熱く脈打つ。
「――っ!?」
リアンは思わず目を閉じた。
光と共に膨大な魔素が爆発し、洪水のように辺りに満ちていく。
眩しさはほんの数秒で止んだ。だが目を開いたリアンはもはや嫌な予感しかしなかった。
(あっちゃぁ、やっぱり罠か…)
苦々しく唇を噛むリアンの目の前で、限界密度を超えた魔素がゆっくりと対流を始める。
それらは渦のように凝集し、やがてある姿を形成していった。
人にして人にあらざる姿。――骸骨だ。
2メートルほどもある巨大な骸骨は、手には剣を。そしてその身に黒い雷をまとっていた。
リアンは速やかに防御魔法を展開すると、言うより速く影より出ていたウルフェン達に指示を出す。
「2人は様子見、残りで攻撃。――この部屋からは絶対に出ないでっ!」
ウルフェン達7頭は、現れるや否や骸骨をその鋭い牙で噛み砕いた。
だが魔物の生成はそれだけでは留まらず、倒した傍から次々と現れる。リアンはウルフェン達全員に支援魔法をかけると、混戦に備えて壁際に身を寄せた。
「どうりで簡単すぎると…」
最終的に10体ほど現れた骸骨達は、あっという間にウルフェン達によって倒されていった。幸いなことに戦力はこちらの方が上だった様だ。手に持った宝珠を見れば、先程まで溢れんばかりに放出されていた魔素の気配は既に消えている。この部屋に現れた魔物は、どうやらこれで打ち止めのようだった。
だがリアンの顔は優れない。
探知魔法により、この階層の至る所に魔物が出現し始めていることに気づいていたからだ。
(つまり宝珠を集めれば集めるほど、魔物も増えるってことか……)
上手い仕掛けだ、と思う。ただ冒険者になるだけなら、今の骸骨達を10匹程度倒すだけでいいのだから。
けれどリアンが目指すのは高ランクの冒険者だ。どうにかして攻略法を模索しなければならない。
(う~~~ん…、階段の場所を確認したら宝珠取って逃げる? いやいや、それだと行きはいいけど帰りが無理よね。だいたいウルフェン達より足の速い敵が出てきた時点で詰むし…。最下層から宝珠を取っていく? いやでも最下層にいるのって絶対…)
リアンはひとまず次の宝珠がある階層―― 7階層に移動すると、1階層同様宝珠のある広間の手前に座り、実験と考察におよそ数時間を費やした。
…結果わかったことは、『罠はどうやっても発動する』ということだ。
宝珠にかけられた仕掛けは、どうやら魔素や魔法を感知することにより発動するようだ。
リアンは、魔素が発動条件であることについては察しがついていた。魔素は人、竜族、魔族、ありとあらゆる生物が内包している生命エネルギーのようなものだ。それを発動の鍵とするのは、当然と言えば当然だ。
ただ予想と違ったのは、これが魔力にも反応したということだ。室内で魔法を起動させようとすると、魔方陣を展開した瞬間宝珠の仕掛けが作動しかけてしまう。これでは宝珠を別空間に隔離することすら出来ない。
ただ、これらの検証をするにあたり幸いだったこともある。
仕掛けが実際に発動するまでに、およそ3秒ほどタイムラグが存在するのだ。
これは仕掛けをした当人が間違って触ってしまった時に、意図せぬ発動を防ぐため。…つまり保険のために用意された仕様だろう。
故に、リアンは宝珠がリセットされるまで、毎回2秒程度の検証時間を得ることが出来た。何故それがわかるかと言えば、指で触れただけであからさまに内部の光が強く宝珠の内部に満ちていくのが見てとれるからだ。1階層では何気なく取り上げてしまったからわからなかったが、よく観察すれば発動までの兆候がちゃんとわかるようになっている。
(これで仕様はわかった。あとはどう対処するか、か…)
罠の発動自体を阻害出来ないのであれば、ある程度正攻法も覚悟しなければならない。
リアンは軽く息をつくと、さらなる実験をすべく考えを巡らせていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「久しぶりねぇ、ガウェイン」
声など久しくなかった空間に、美しい女性の声が響く。
「その声はエルドアか…? 珍しいこともあるものだ。目覚めたばかりか?」
「ええ」
両開きの重厚な扉を開けて入ってきた相手に、書斎机で本を読んでいた男は顔を上げた。
男は青みがかった濃いグレーの髪と瞳。先程まで文字を目で追うことに没頭し表情の抜け落ちたような顔をしていたが、今は十数年ぶりにこの部屋へ来客を迎えたからだろうか。わずかにその頬を緩めている。
ここは迷宮の最下層。
静謐とした空気に満ちた空間は、壁際が全て天井近くまである本棚で埋められている。魔法による柔らかいランプの灯り。上層の遺跡のような景色とは異なり、ここはさながら巨大な書庫か図書館のようであった。
この空間を支配しているだろうその男はエルドアを迎えるように立ち上がると、パチンと指を鳴らし何もない虚空より椅子を出現させた。
「相も変わらず、冒険者ギルドに貢献してるのね」
男の向かいへとやってきたエルドアは、出された椅子に腰を掛けると優雅な所作で脚を組んだ。
その変わらぬ様子に男はふっと息を漏らす。
「代わりに禁書の類を譲ってもらっているのでね。なかなか止められないのさ」
「貴方の唯一の趣味だものね」
「ああ。…君はまた宝石集めの旅に出るのか?」
「そのつもり」
「酔狂だな」
エルドアは少々呆れたような男の言い草に思わず笑った。
竜には生来物に執着する性質があるが、互いにその好みが被ることは滅多にない。故に相手の趣味に対する理解は生まれ難いのである。エルドアからすればこの迷宮の主ガウェインの読書好きこそ退屈で無意味なものに思えたが、それはここではあえて言わないでおくことにした。
話すべきことは他にたくさんあったからだ。
「私が寝ている間に何か変わったことはあった?」
世間話がてらエルドアがそう切り出すと、表情の薄いガウェインは「ふむ…」と小さく呟く。
約50年という長い歴史をゆっくりと脳裏で紐解いているのだろう。竜の寿命は人と比べてとてつもなく長いが、だからと言って時間の感覚まで人と異なるわけではない。たかが数十年とは言え、その間の出来事を説明するには、記憶のページを一枚また一枚とめくらねばならなかった。
「この国の王が代わったな。確かエルドア、…お前が眠りにつく頃に生まれた王子だ」
「エドワーズ=グランシア…だったかしら」
「知っていたか」
ガウェインはこの国の話を皮切りに、エルドアに己の知りうる情報を語って聞かせた。
元より竜はいかなる者であろうと定期的に長い眠りにつかなければならない。こうした竜同士の情報共有は、彼等種族の中ではよくあることだった。話は多岐に渡り、グランシア王国から各国の情勢。引いては種族間の話へと流れていく。
「そういえば、わざわざ来たというのに茶も出してなかったな」
話題が最果ての国にまで及んだ頃、ガウェインはふと思い出したように言った。
気づけばエルドアに話を聞かせてからもう1時間は経過している。彼は宙に手を伸ばすと自分の空間から茶器を取り出した。
「そういえばここって、時間の流れが遅いんだったかしら」
エルドアの言葉に、ポットに熱い湯を注いだガウェインはいいやと答えた。
「ここより上の階層。…冒険者の試練に使っている空間は時間の流れを遅くしているが、ここはそんなことはない」
「あら、そうなのね。それじゃあ彼女そろそろ来るかしら」
面白がるようなエルドアの声に、ガウェインは一瞬だけ手を止めた。
「…ん? エルドア、お前今日は一人ではなかったのか?」
「ええ。ちょっと面白い感じの人間の子がいてね。その子と一緒にライセンスを取りに来たのよ」
「人間の…。では迷宮の突破は無理だろう。残念だが、ここはお前が思っているほど甘くはないぞ」
「それは知っているけれど…。なーんか来ちゃいそうな気がするのよねぇ」
「ほぉ…?」
ガウェインは器用に片眉を上げると、カップに入れた紅茶をエルドアへと手渡した。
彼は表向きエルドアの言葉に驚いて見せたものの、その実人間がここまでたどり着くことは不可能だと確信していた。種族には、如何に個体差があろうと超えられない壁というものがある。人が単独で竜や魔族の能力を超えることはない。ガウェインは冒険者ギルドの試験官の一人として、それらを長いこと間近で見てきた。
その少女とやらが人間である限り、全ての宝珠を手にすることは無理だろう。
…無論そのようなことわざわざ目の前の彼女には言わないが。
「まぁ、いくつ宝珠を持ち帰ろうと冒険者は冒険者だ。無闇に数に固執することはあるまい。…それでもランクを上げたいのなら、たくさんクエストを受けることだ。そうすればそのうち上がる」
「それはそうだけど。…ガウェイン、貴方今ここから彼女の様子を伺うことは出来て?」
「無論可能だ」
ガウェインはエルドアの執心ぶりに内心苦笑すると、紅茶に口をつけ自らの迷宮内部を暗灰色の瞳で確認した。今稼働している試験領域は2つ。ひとつはエルドアが通ってきたものだからこちらは違うだろう。とするともうひとつの方になるわけだが、
(…第35階層…だと…!?)
ガウェインはエルドアが言う人間の居場所を見つけると、瞳を大きく見開いてこれ以上ないほど驚愕した。
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