30:テストを受けることになりました?
「そういえば本当に良かったんですか? 私の分、全部買ってもらったりして」
夕食を食べ終わったリアンがそう言うと、エルドアは「いいのよ」と呟いて買った商品の山を感慨深げな表情で見やった。
「金貨なんてただ持ってるだけじゃ宝の持ち腐れだし、…それにちょっと憧れだったから」
「…?」
「女子同士の買い物っていうの」
意外そうに見るリアンに、エルドアは少しだけ己の境遇を語った。
そもそも竜族には女性が少なく、またいたとしても孤独を好む者が多いと言う。母子であっても産み落とされてしまえば共に暮らすことすら稀らしい。エルドアは既に300年余りの時を生きてきたが、その間こうした同性の友人・知人を持つことは一度たりともなかったそうだ。
「ラスとルシアも、気は合うけれどお友達っていう感じじゃないし…」
「そうなんですか? 仲良さそうに見えましたけど」
「彼等には彼等の世界があるのよ」
なるほど。
確かに竜と人間では寿命も含め確かに違うことが多いだろうと、リアンは独りごちた。
昼間は随分とはしゃいで見えたエルドアだったが、それは胸の内に抱えた孤独の裏返しだったのかもしれない。種族は違えど似たような境遇に思えて、伏し目がちな金色の瞳をリアンはしばし自分と重ねた。彼女の作り上げた迷宮はとても美しかったが、あの場所でただ独り過ごすというのは一体どんな気持ちなのだろう。
「私、エルドアさんといろんなところ旅したいなぁ」
ぽつりと言うと、エルドアが苦笑した。
「だったらリアンちゃんは長生きしなきゃダメね。なんせこの世界は広いから」
「エルドアさんでもそう思うんですか?」
「もちろんよ。いろんなことが終わって落ち着いたら、たくさん見て回りましょ」
「はい」
そしてまた一緒に買い物しましょ、と言うエルドアに、リアンは笑って頷く。
そうして、この世界に来て初めて同性の友人が出来たことに、リアンは遅ればせながらこの時初めて気づいたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌日、リアンとエルドアの姿は冒険者ギルドの前にあった。
その建物は、流石にリュート村のものとは比べ物にならないほど大きく頑強だ。両開きのドアを押して足を踏み入れると、正面には巨大な掲示板。中は幾人もの冒険者達のパーティで賑わっていた。
二人はまず冒険者ライセンスを取得するため、二階にある受付カウンターへと向かう。
「エルドアさんも冒険者ライセンス取るんですか?」
「そうよぉ。50年近くも寝ていたものだから、前に使っていた身分証明書はとっくに期限切れなの。…冒険者なら能力次第ですぐなれるから、人間用の証明書の中では一番取るのがラクなのよ」
「確かにエルドアさんならすぐにでも取れそう」
「リアンちゃんも手を抜かないように頑張ってね」
「はい」
――ん? 手を抜かないよう?
少し引っかかる物言いだったが、きっと言葉のあやだろう。
リアンはエルドアの言葉をさして気にもせず、カウンターへ向かった。
「ようこそ冒険者ギルドへ」
「…あの、冒険者になりたいんですけど」
「はい、こちらで承ります。まずはこの用紙の項目に記載をお願いしますね」
「はい」
にっこりと笑みを浮かべる受付嬢から用紙を受け取ると、リアンは妙な感銘を受けた。リュート村のあの無愛想親父オルドンと比べると、対応に天地ほどの差を感じる。やはりこういった大都市の冒険者ギルドともなると、受付もきっちりしているらしい。
リアンはわからない箇所をエルドアに聞きながら、用紙の項目を埋めていった。
ちなみに項目にはある程度の嘘を書いても良いらしい。明らかな悪意がある場合は後でペナルティを科されることもあるようだが、冒険者は様々な事情を抱えた人間が集まるところだ。出自や手の内を明かされたくない人間も中にはいるのだとか。
エルドアももちろん自らが竜などとは書いていない。
リアンもそれを見習い、自分の名前を『リアン』と記載した。
一通り書き終わると、内容を確認する。
名前:リアン
性別:女性
ランクレベル:ランク2/レベル14
職業:魔術師/召喚師
得意業務:採取
得意分野:ポーション作り
生年月日:不明
出身地:リュート村
身体的特徴:特になし
推薦:特になし
この辺の情報は、後で冒険者タグと呼ばれるカードに魔法術式で刻まれるらしい。
全て書き終えると、文字の読み書きを中心とした簡単な筆記試験の後、実技試験の流れとなった。エルドアはリアンより早く終えたため、先に実地試験に向かったようだ。
「実技試験って何をするんですか?」
試験場所へ案内される途中、リアンは同行してくれる受付嬢に何の気なしに尋ねた。
だが受付嬢は、まさかリアンがそれを知らないとは思っていなかったらしく、「ご存知なかったんですか…?」と驚いた顔をするとためらいがちに答えた。
「…実技試験は、お一人で迷宮へ入っていただくこととなります」
「迷宮?」
「はい。当ギルドの地下には迷宮が存在するのです」
受付嬢はあからさまに不安げな様子だ。
無理もないだろう。リアンみたいな小柄な少女がテストの内容も知らずやってきたのだから。
「…実技試験ではそこへ潜り、宝珠のレプリカを入手出来るかどうかで、冒険者としての適正を判断させていただきます」
「宝玉はひとつだけですか?」
「いいえ。迷宮の中には全部で7つの宝珠が存在します。そのうちひとつ取得出来れば冒険者ランクはF。全て取得出来ればSとなりますね」
「なるほど。階層は全部でいくつです?」
「全40階層になります。無事戻って来られなければ、例え宝珠を手に入れられたとしても失格になってしまいますので、ご注意ください。――私個人としては、出来れば宝珠をひとつ入手した時点で帰ってきていただけると良いのですが…」
「…ですよね」
(なるほど、エルドアさんが『手を抜くな』と言ってたのはこのことか)
リアンは束の間、口元に指を当て思案した。
エルドアは間違いなくSランクを狙うつもりだろう。
自分とて手を抜くつもりはない。高位ランクの冒険者が周囲から如何に尊重されるか、既にリアンはラス達を見て知っているからだ。だから出来れば宝珠をひとつでも多く持ち帰りたい気持ちはある。
…だが、迷宮の規模次第では、ソロ攻略はかなり難易度が高い。
しかも、もし迷宮最下層に最後の宝珠があるとすれば、まず間違いなく…、
「あの…」
「ん?」
不意に声をかけられ、考えながら歩いていたリアンは顔を上げた。
見ると受付嬢が深刻そうな表情をしている。実技試験を受けさせること自体、止めようか迷っている様子だ。
「失礼ですけれど、貴女みたいなその…若い女の子が迷宮に入るだなんて、本当に大丈夫なんですか?」
「――どうなんでしょう」
「えぇっ? やっぱり自信ないんですか?」
「いや、そういう意味ではなく。自信は兎も角、迷宮は入ってみないとわかりませんから――」
そこまで言って、リアンは自身の言葉にはっとした。
そうだ。いくらここで思い悩んでみても仕方がないのだ。
迷宮の中は別の空間。中がどうなっているのかは、結局自分で入ってみて判断するしかない。
『――俺達は迷宮を探索する時、まずこの空間の一部となり、魔素の流れを読み解きながら進んでいく。そのために必要なのは、落ち着いて己の五感を研ぎ澄ませることだ』
リアンはいつかラスに言われた言葉を思い出した。
あの時はよく意味がわからなかったが、今ならわかる。
迷宮攻略は敵と戦うことだけが全てではない。空間の一部となり深く潜ることこそが重要なのだ。
エルドアが『手を抜かないように』と言ったのは、恐らく出来ないことをやれと言っているのではない。
自分の力をちゃんと発揮してみせろ、ということなのではないだろうか。
リアンは未だ不安げな受付嬢に向き直ると、身を乗り出すように詰め寄った。
「――いくつか質問、いいですか?」
「はい」
急に瞳と言葉に強めたリアンに、受付嬢が少しだけ身を引く。
「中で他の人と会う可能性はありますか?」
「いいえ。中は並列空間になっていますので、他の受験者の方達と遭遇することはありえません」
「では、迷宮内部に持ち込むものに、何か制限はありますか?」
「特には。…ああ、携帯食と水はこちらで配布させていただきますが」
「それは助かります。…それと、時間制限はありますか?」
「それも特には。迷宮内部は時間の流れが遅いため、一日くらい経っても外では一時間程度なんです。…流石に数時間戻られないと失格となりますが、2、3日は過ごしていただいて大丈夫ですよ」
「…わかりました」
迷宮の仕様はこれで大体わかった。
これだけわかれば後は実際に潜るだけだ。リアンは転送魔法でリュート村の自室からポーション類を取り出すと、それを新調した鞄へ詰め込んだ。ただでさえ魔素循環のおかげで魔力切れにはなりづらい迷宮内部だ。よほどのことがない限り、ポーション類も手持ちのものだけで十分足りるだろう。
「あの、何度も聞いて申し訳ないんですけど、本当に大丈夫なんですか?」
「はい。簡単には死なないと思うので、やれるだけやってみます」
受付嬢の問いに、リアンは今度はきっぱりと答えた。
これは冒険者ライセンスを取得するための通過点であると同時に、ラスとルシア、そしてエルドアへ自分の価値を示すためのパフォーマンスでもある。彼等と同じパーティを今後も組みたいと望むのであれば、弱気になどなっていられない。
「私と一緒にいたエルドアっていう女性に、伝言をお願いできますか?」
「は、はい…」
「時間はかかるかもしれないけど頑張るから、って。…そう伝えてください」
「わかりました」
迷宮の入り口は、冒険者ギルドの裏手、…中庭の中央に位置していた。ドーム型の建物に既に大きく開いた入口はまるでリアンを誘っているかのようだ。
リアンは武者震いを抑えつつも、迷いない足取りで真っ直ぐに入口へと向かった。
緊張と平静がない交ぜになったような気分は、生まれて初めてだった。
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