29:買い物の楽しさは万国共通です?
リアンはラス達からもらったリラ金貨を持っていた。
上手く使えば一年は仕事をしなくても暮らせる額だ。だから自分は割と金銭的に余裕があると、――そう思っていた。そう…今日この日、エルドアの散財っぷりを目の当たりにするまでは。
「これと、…そうね、これもいいわ。あとこれと…これもちょうだい」
金の瞳をキラキラと輝かせて店の商品を片っ端から買っていくその豪快っぷりに、オーナーもリアンも目と口を丸くして見つめていた。
ここはローレン随一の大商会が経営する『デニーロ百貨店』。
衣服や靴など旅に必要なアイテムの他、特大の魔石やアミュレット入りの宝石などまで売っている、言わば冒険者向け高級デパートのようなものだ。下級冒険者には手の出せない値段のものが多いが、その分意匠が凝ったデザインのアイテムが多く、ここで売られている品はグランシア国で活動する冒険者達の憧れの的になっているようだった。
エルドアがリアンをこの街に連れてきた理由がまさにこれである。
エルドアは街へ入るなりこのデニーロ百貨店を一番に目指した。
ローレン領主の城より美しいと称される4階建ての建物は、一言で言い表すなら重厚。ぱっと見銀行のような無骨な見た目だが、よく見れば柱や壁など至るところに細かい彫刻が施されていて、華美ではないものの上品な高級さを感じる。
言うまでもなくリアンは己の貧相な服装を顧みて入店することをためらったが、エルドアは商人が何によって動くのかを人よりも熟知していた。即ち、彼女は建物に入るなり、エントランスホールにリラ金貨を己の身長よりも高く積み上げて見せたのである。
その後の店員達の対応は、説明するまでもないだろう。
――ああ…そう言えば、エルドアさん竜だもんなぁ…。
百貨店のオーナーが彼方からすっ飛んで来る様子を眺めながら、リアンはふと彼女の正体に得心した。
リアンの元いた世界では、竜は宝を守る番人として物語に描かれている。きっとエルドアもその例に漏れないのだろう。何故なら、彼女の迷宮はまるで城の様に美しく荘厳だったのだのだから。あれを見れば、財宝の一つや二つ無い方がむしろ不自然だ。
…そうして二人は最上階にあるVIPルームへ通されることとなったのだが、それにしても凄まじいのはエルドアの買い物に対する熱意である。
「そこそこ丈夫なアウターが欲しいのだけれど、女性用で何かおすすめはないかしら?…当然、重かったり着心地の悪いものはイヤよ」
「それでしたらこちらのコートなど如何でしょう?防寒のため腕周りとフードに氷河狼の毛皮を使っておりますが、その他はセスティゴートの皮を使っていてとても丈夫ですよ。当店この秋の新作になります。中に合わせるのであれば、エルレラビットの毛皮で編んだセーターなどよろしいのではないでしょうか。とても暖かいですが蒸れにくく、動いても不快感がないと冒険者の方々にご好評いただいております」
「氷河狼の毛皮はいいのだけれど、セスティゴートっていうのがねぇ…。もう少し軽くて丈夫な皮はなぁい?」
「それでしたらランクの高いユーティアクロコのものがありますが、…こちらはお客様に合わせるとなると少々お色が地味かと。お時間を頂戴出来れば魔法を使って染め直しも出来ますが、如何いたしましょう?」
「そうねぇ…、一度そのクロコを見せていただける? 染め直しの方は時間次第ね、担当の魔術師はもういるなら一度話を――」
――これは魔法より難解だわ…。
次から次へと運び込まれてくる品々に、意味不明な用語の数々。元より着飾ることとは無縁の世界で生きてきたリアンはエルドアとオーナーの会話についていけず、早くも逃げ出したい気分になっていた。
しかしそうは問屋が降ろさない。
「リアンちゃん、これちょっと着てみて」
「へっ、私!?」
「そうよ。私は大体わかってるけれど、リアンちゃんは試着しないとサイズがわからないでしょう?」
エルドアは数枚服を見繕うとそう言ってリアンに渡した。
とっさにそれを辞退しようとしたリアンだったが、エルドアの瞳の輝きと有無を言わせぬ物言いに気圧される。仕方なくリアンはエルドアに促されるまま、VIPルームに用意された試着室へ入った。
受け取った服を胸の前で抱えて、そっとため息をつく。
(試着とか、…何年ぶりだろ)
正直、気が重い。
そもそもリアンは服に頓着しない性質のため、元の世界でも買いに出かけること自体稀だった。
服は最低限のものがあれば十分。この試着も面倒臭さが先に立って気乗りしなかったのだが…、
(あれ? でもこれ、すごく着やすい…?)
実際にインナーに袖を通してみると、リアンはまずその着心地に驚いた。見た目は地味ながら、手触りはまるでシルクのようにひんやりとしていて滑らかだ。しかも薄手なのに伸縮性があり動きやすい。リアンはストレッチをするように身体を動かすと、なるほど、冒険者用とはこういうことかと納得した。
もちろんサイズもぴったりだ。かぼちゃパンツのような可愛らしい半ズボンに丈の長いブーツ。柔らかい素材のセーターと毛皮があしらわれたフード付きのアウター。女性用にしては少し子供っぽいデザインが、今のリアンの見た目にとてもよく似合っていた。
リアンは鏡の中の自分を見て、ほうと息を漏らす。
(この服、超可愛い…。エルドアさん…ほんとスゴいな)
リアンはエルドアのセンスに舌を巻いた。
彼女も伊達や酔狂だけで買い物をしているわけではないということだ。
「――あの、着てみました…けど…」
おずおずと試着室のカーテンを開けると、待ちかねていたエルドアが手を叩いて歓声を上げる。
「可愛い!やっぱり可愛いわぁ!私の目に狂いはなかったわね!」
「よくお似合いでございます!」
「そ、そうですかね…」
べた褒めする二人の言葉が恥ずかしく、リアンは照れくさそうにはにかんだ。自分本来の姿ではないものの、試着を褒められるなんて生まれて初めてのことではなかろうか。自分の中にも服を着て喜ぶような、そんな乙女らしい面が残っていたんだな…、とほのかに甘い思いをリアンは胸に抱いたのだが、
「それじゃリアンちゃん、次はこっちの試着ね」
「…えっ」
間髪置かず渡された服の山に、再び真顔になった。
「――まさかその一着をずっと着続けるとか、思ってるわけじゃないでしょうね?」
「えっ、いや…その…」
「服が終わったら指輪と髪飾りも選ぶわよ。魔法職なんだから魔術触媒やアミュレットはあった方がいいわ」
「……えっ、えっ?」
「ブーツは2、3足くらいは欲しいわね。ナイフもあれば便利だから一本買っておきましょう。――リアンちゃんなんて顔してるの。今日は夜までみっちり買いまくるわよ…!」
「ええっ、ひええぇぇぇ……!」
言うや否や泣きそうな声ごと試着室に押し込められ、これより夜、…デパートが閉店するまでの数時間、まさしく着せ替え人形のような体験をリアンはすることとなった。全てが終わる頃には気力も体力もごっそりと抜け落ち、まるで灰のように燃え尽きていたのだがそれもいたしかたないことだろう。
だが一方で、まだエルドアという審美眼を持った女性に見立ててもらっただけ、楽が出来たのかもしれないとリアンは思った。きっと自分ひとりでは何を買えばいいか、それすら悩んで決められなかっただろうから。
リアンはようやく買い物が終わると、大鏡に映し出された自身の姿を見た。
華奢な身体に似合った可愛らしいコートにロングブーツ。基本的な旅装束のほか、防御系魔術式が編み込まれた髪飾り型アミュレット、そして自身の魔力を高める魔術触媒の指輪。上には魔力を通すことにより熱を遮断してくれるマントを羽織っている。
杖などを持たないため一見魔術師には見えないが、その方が相手に警戒心を持たせることなく何かとやりやすいらしい。リアンは精神年齢は別としてもまだ幼い。冒険者だからといってあまりそれらしい格好はしない方が良いと、エルドアが気を遣ってくれたのだ。
一方、エルドアも今はリアンが渡した簡素な服ではない、ちゃんとした旅装束に身を包んでいる。
赤い髪に映えるキャメルのロングコート。腰に細剣を携えてはいるものの、これは武器ではなく魔術触媒、…リアンの指輪と同じものだ。魔術を使うものは時として、こうして見た目にフェイクを混ぜるらしい。接近戦を避けるためとエルドアは言っていたが、人など歯牙にもかけない彼女のことだ。恐らく9割方は趣味だろう。
エルドアの顔は晴れやかで満足そうだ。
夜遅くまで買い物に明け暮れた二人は、デニーロ百貨店のオーナーの計らいで近くの高級宿に泊まることとなった。言うまでもなくこちらも立派な建物だったが、今のリアン達はきちんとした格好をしている。紹介されたこともあり、女二人でもおかしな顔をされることはなかった。
「買い物、どうだった?」
「正直、疲れましたあぁ~…」
部屋まで運んでもらった夕飯を食べながらリアンがそう言うと、エルドアが笑う。日頃使っていない筋肉と神経を使ったためか、身体のあちこちが軋む。口から魂まで漏れ出てきそうだ。
だが目の前にうずたかく積み上げられた戦利品を眺めると、不思議な充実感もあった。リアンはテーブルに頬杖をついてそれを眺めると、今日買った物をひとつひとつ思い出す。村にいる時は必要なかった物も、今回の買い物でだいたい揃えられた。エルドアは装備品だけではない。サバイバルに必要な道具や製薬に使う器具などまでリアンに買ってくれた。
これでどこへ出向こうが、当面心配はないだろう。
「こんなに買い物したの、私生まれて初めて…」
「でも必要なものばかりだったでしょ?」
「はい。――それに、やっぱり楽しかったです」
「…でしょ?」
エルドアはリアンを見ると、相変わらずのいたずらっぽい顔でウィンクして見せた。
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