28:はじめての街までひとっ飛び?
遥か彼方に巨大な城郭都市が広がっている。
隣街へ行くつもりが、エルドアの高速飛行により、どうやら山5つと平原を超えた先にある大都市まで来てしまったようだ。人目を避け手前の森へとエルドアが降り立つと、彼女はリアンにパーティを組むための契約魔法を。そしてリアンは自分達の見た目に関する認知を少しだけ変化させる魔法を使った。流石にエルドアのような人並み外れた美しさまで隠すことは出来ないが、自分の銀髪とエルドアの真紅の髪を別の色に見間違えさせることくらいは出来る。
互いに、街を歩くには容姿が少々特異すぎるのだ。
リアンは木々の隙間から覗く巨大な城郭都市を見上げると、エルドアに尋ねた。
「結局私達、どこまで来たんですか?」
「あれはローレンっていう街よ。50年前と変わっていなければ、グランシア国南西の地域で一番大きい街になるわ」
「ローレン…城壁からしてすごい立派ですね、リュート村とは比べ物にならない…」
ため息まじりでそう言うと、エルドアは「リュートはまた特に小さい村だから」と笑った。
「ローレンのいいところはね、冒険者ギルドが大きいところとお店がたくさんあるところよ」
「お店…?」
「そう。リアンちゃんも年頃なんだし、可愛い服の一枚や二枚欲しいでしょ?」
「あ…」
そういえばこの世界に来てからタルマの娘のお下がりだけで、自分では一枚も服を買ったことがなかったことを思い出す。リュート村周辺の森を散策する程度ならそれでも良かったが、たしかにそう言われると自分用の衣類は欲しい。
村人が着るようなシンプルな服装では旅をするには不適当だし、冒険者としても締まらない。
確かに欲しいです、とリアンが言うと「でしょう?」とエルドアがウィンクした。
「そうと決まれば、まずは街でお買い物ね!」
「はい! …あ、今ウルフェン出しますね。この子達に乗って行きましょう」
「良いわね。…そういえば、リアンちゃんは召喚師になったのね」
「はい。…自分で攻撃出来ない以上、誰かに攻撃してもらうしかないかなって思って…」
「良い選択だと思うわ。――まさか魅了眼が発現するとは思わなかったけれど」
「魅了って珍しいスキルなんですか?」
リアンとエルドアはそれぞれウルフェンに乗ると、まだだいぶ距離がある城門まで走り出した。
道すがら、リアンの質問にエルドアが答えてくれる。
「魅了っていうのはテイマー系の中では相当レアなスキルよ」
「テイマー系?」
「自分以外の者をテイム…つまり、仲間にして操るクラスのこと。リアンちゃんは召喚師だから魔物をテイムして呼び出しているけれど、他にも死者を操る『死霊使い』や精霊を使役する『精霊魔術師』なんかがいるわ」
「ほぇ…、なんだかどのクラスも強そうですね」
「手を貸してくれる相手次第、ってところだけどね」
「なるほど」
エルドア曰く、魅了はそんなテイマー系のクラスにとっては垂涎もののスキルらしい。
通常、魔物や死者、精霊などを仲間にするためには、相手を従えるために戦ったり力を誇示したり、場合によってはアイテムを使ったりしなければならないらしい。しかし魅了スキル持ちであれば話は違う。そんなことをせずとも、相手の方から仲間になりにやってくるのだ。
無論、全ての魔物がそうというわけではない。しかし今リアンが従えている魔物の数を見れば、魅了のあるなしでだいぶ差があるのは明白だろう。
「私、ラッキーだったんですね」
「元々リアンちゃんは魔術特性が高いから、黙っていても強くはなったと思うけどね」
話しているうちに城門が近くなり、二人はウルフェン二頭から降りた。彼等を影の中へしまうと、街の中へ入るための検問だろう。城門脇のこじんまりとした扉の前に出来た人の列へと並ぶ。
…余談だが、二人には姿を隠して空から街へ入るという裏技的な手段もあった。しかし冒険者ライセンスを取るためには、この街の滞在許可証なる書類が必要となるらしいのだ。エルドアが事前にそう教えてくれたため、リアンはこうして検問を通ることにした。
しかし思った以上の居心地の悪さに、リアンは顔をしかめることとなる。
大商業都市ローレン。
そう呼ばれるだけあって、ローレンには商人が多いようだ。列には巨大な荷車や荷馬車、そして荷物を背負った者達がひしめき合っている。そして彼等に付き従うのは冒険者の面々。
そんな中、手荷物ひとつ持たず村人然とした格好の二人は、周りと比べるとだいぶ浮いていた。収納魔法に慣れすぎたための弊害といったところだろうか。
一体何をしにどうやってここまで。そんな興味に満ちた声が、今にも聞こえてきそうだ。
「リュート村から、冒険者になりに…?」
だから検問で、こうしていぶかしげな顔をされるのも想定内ではあったのだ。
…あったのだが。
「お前達、冒険者なんかよりもっと割の良い仕事を選んだらどうだ?」
「は?」
「お前みたいな美人なら、あっという間に稼ぎ頭になれる。なんなら俺が紹介してやろうか」
「……はぁ」
ようやく自分達の順番が回ってきたと思えば、脂ぎった事務官のこの言葉。
表面通りに受け止めれば親切に聞こえないこともなかったが、男の好色そうな顔からそうでないことは明白だ。下卑た笑みにやに下がった表情。相手の言わんとしていることを察してリアンはため息をついた。どこの世界でもこういう輩はいるのか。
「悪いんですけど、そういうの間に合ってるので」
「そうか?まぁ困ったらいつでも俺のところに…」
「行きません」
そっけなくリアンが答えて渡された紙を受け取ろうとした瞬間、笑みを深めた事務官の手が素早く動きその細い手首をつかもうとした。それは事務官からすればちょっとした余興、…退屈な仕事を紛らわせるための遊びだったに違いない。
だがリアンからすれば、それは明らかに嫌悪感と恐怖を感じさせる行動だ。
リアンは思わず手を引き、――そしてそれに呼応するかのように影が動いた。
『ガルゥッッ!!』
「ひっ!?」
そのウルフェンはリアンの影から現れるなり、風よりも早い速度で事務官の前に立ちはだかった。
怒りに逆立った銀色の毛並み。氷のように冷たいアイスブルーの瞳。低いウルフェンの吠え声に気圧され、事務官は叫び声を上げたきりその場に力なくへたりこんでしまう。
突如として目の前に巨大な魔物が現れたのだから無理もないだろう。だらしない笑みを浮かべていた先程とは打って変わって、顔色は白く身体は気の毒なほど震えていた。
リアンはウルフェンが庇ってくれたことに内心驚いていたが、相手が怯えてくれているならばちょうど良い。
事務官を冷めた紫色の瞳で一瞥すると、リアンは床に落ちた紙を拾い上げた。指で触れて内容を読み取ると、紙には街への滞在を5日間許可する旨。もちろんリアンとエルドアの二人分だ。
リアンはエルドアに頷いて見せた。
「この紙があれば街に入れるみたいです」
「リアンちゃんの子、優秀ね。私が出る幕なかったわぁ」
「ダメですよ…、エルドアさんに出てこられたら、この辺一帯吹き飛んじゃいます…」
「お、お前達は一体…」
地面に腰を落としたまま動けずにいる事務官に、リアンはウルフェンを撫でてにっこりと笑った。
「あ、私これでも召喚師なんです」
「召喚!? お前みたいな小娘がか!?」
「はい、なんなら他の子達も呼びましょうか?」
事務官は幽霊でも見たような真っ青な顔でリアンを見ると、ぶるぶると首を横に降った。
「そんなのはどうでもいいから、さっさとそいつ連れて出て行ってくれー!!」
「はいはい」
失礼しちゃうわねぇ、と唇を尖らせるエルドアを宥めると、ウルフェンをしまいリアンは急ぎ検問所を後にした。言われるまでもなく滞在許可さえもらえればここに用はない。むしろ大事にならなくて良かったと、リアンはほっとした。他の兵士達を呼ばれていれば厄介なことになっていただろう。
…それにしても、あの事務官の怯え様。
(魔物ってやっぱり怖いイメージあるんだなぁ…)
ウルフェンが命令する間もなく飛び出してきた時、リアンは心底安堵した。…彼等の存在を頼もしいとすら思った。
けれどその感覚が一般的だと思ってはいけないのかもしれない。リアンも以前魔物と戦った時、死が背後から迫り来るような恐怖を味わっている。タルマが「災害のようなもの」と形容していた言葉の通り、人の恐怖の対象となっているのであれば、街では極力彼等を出さない方が良いだろう。
リアンがごめんね、と影に向かって言うと、中から『ワウッ』と声がした。
きっと彼等も察してくれているのだろう。リアンは心底彼等の存在をありがたいと感じた。
「――さてと、リアンちゃん」
「はい」
街に入ると、エルドアはストレッチをするように両手を頭上に挙げて身体を伸ばす。
そしてリアンの腕をむんずと掴むと、金色の瞳をこれ以上ないほど輝かせて言った。
「それじゃ、行くわよ!」
「えっ、どこに!?」
「お買い物に決まってるじゃなぁい!」
「ええええ――――!?」
リアンの返答も待たずに、エルドアはローレンの大通りを一直線に爆走し始めた。
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