27:だからドラゴンとか聞いてませんて!
身体がマシュマロのようなものに包まれていた。
枕と違い重量感があるものの、滑らかでどこまでも柔らかい。握るとむにゅっとはずんで、リアンの手を押し返した。
「あら…いけない子ね、そんなに私の身体が気に入ったの?」
色香に満ちた、綺麗な声がする。
バイオリンを鳴らしたような、歌うような声。
リアンは夢現から覚めることが出来ず、柔らかいそれにむずかるように頬を押し付けた。
「んん…」
「リアンちゃんがそのつもりなら、私もいたずらしちゃおうかしら」
背中に添えられた手が、リアンの肌を伝って下へと降りていく。寝間着の間から差し入れられたそれがやわやわと臀部を撫で上げ、ようやくリアンの意識は覚醒を始めた。
寝ぼけ眼で薄っすらと目を開けると、そこにあったのは異世界へ来る前の自分よりまだ大きく豊満な胸。ついと視線を上げると、真紅の瞳をした美人と目が合う。目の覚めるようなという形容がぴったりだったが、この時のリアンは文字通り彼女の顔を見たことで目が覚めた。
ぱちり、と丸く見開いた目を瞬く。
「……え?」
「お・は・よ、リアンちゃん」
「……その声、まさかエルドアさん…?」
「そうよぉ」
見れば、自分が手にしていたのは彼女のこぼれんばかりの乳房。そもそも、何故一緒のベッドで寝ているのかそれ自体謎なのだが、リアンが問題にしたのはそこではない。共に寝ている彼女は、あろうことか一糸も身に纏っていなかったのである。つい…と舐めるように下へ目線をずらすと、掛け布団に隠された女性的な曲線。その下がどうなっているかは、自らの腿に触れる滑らかな感触が如実に物語っていた。
リアンはもう一度視線を上げ、相手の顔をまじまじと見つめた。
燃えるような赤い髪を艶っぽくかきあげると、ベッドに横たわる麗人は婉然と微笑む。その背後から陽炎のように立ち昇る魔素の揺らぎ。
「ぅ…ぁ……」
リアンは顔が強張り、妙な汗が背中を伝うのを感じた。
見紛うはずもない。
間違いなく今目の前にいる裸体の女性は、迷宮主の竜エルドアの化身だ。
リアンはゆっくりと乳房から手を離すと、ベッドから降りて後ずさりで部屋の角へ移動し、
―――そして思い切り声をあげて叫んだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「どう考えても私の方が手を出されていたのに、叫び声をあげられるなんてぇ…」
リアンの悲鳴を聞いたエルドアは、わざとらしくしなを作り泣く真似をして見せた。
だが当のリアンはパニックの最中だ。ぶんぶんと首を横に振ると、涙目で背後の壁にぴたりと体を押しつけた。
「いやいや、朝起きたらいきなりベッドに竜がいるとか、しかも人になってて裸とか!そんなの信じられるわけないじゃないですか!誰だって凍りつきますって!」
「裸って、…迷宮で会った時だって私、裸だったわよ?今更恥ずかしがることないじゃない」
「それは竜だったからで…!というか、なんで今は人間の姿なんですか!?」
「あら、竜の姿の方が良かった?リアンちゃんに会いに来るから、わざわざ人になったのだけれど」
「いやっそれは助かります?けど?……っていうか、ああああ!!」
エルドアが上体を起こしたはずみに、はらりと掛け布団が身体から落ちる。
朝の光の中、露わになる美しく肉感的なライン。その扇情的な光景にリアンは耳まで真っ赤になった。
「エルドアさん、身体隠してっ!」
「ふふっ、大人だと思っていたけれど案外初心なのね」
「何を言ってるんですかあぁもぉ!」
リアンは箪笥の中から出来るだけサイズの大きい服を引っ張り出すと、エルドアに押しつけた。
「お願いですから、ひとまずこれ着てください!」
「仕方ないわねぇ」
後ろを向いて待っていると、ごそごそと衣擦れの音がする。頃合いを見計らって振り向くと、今度はきちんと服を身につけたエルドアが立っていた。…顔立ちが艶麗な分、服がより貧相に見えたが今は気にもしていられない。
リアンはようやく人心地つくと、改めて床にちょこんと正座をした。そして弱り果てた目で恐る恐る口を開く。
「――それで、ここへは何の要件で来られたのでしょう…」
「それより、リアンちゃんはどうして床に座ってるの?そういう趣味なの?」
「いえ、エルドアさん仮にも竜なワケですし、その。…流石に同じベッドの上は、なんか恐れ多いなって」
「気にすることないわよ。――もう、本当に仕方のない子。目が良すぎるのも考えものね」
エルドアはリアンの方へ歩み寄ると、ひょいと両脇をつかみ軽々と抱き上げた。そして驚く間もなくベッドの上に座らせてしまう。
「エ、エルドアさん、力すごいんですね…」
「そりゃあ竜だもの」
リアンが呆然と見つめていると、いたずらっぽくウィンクされる。何故迷宮主である彼女が同じベッドの中にいたのかリアンの頭はまだ混乱の最中だったが、どうやら悪い人(竜?)ではなさそうだ。むしろ気さくな姉御肌といった印象か。リアンは少しだけ緊張を解くと、改めてエルドアを見た。
背中まで流れる燃えるような赤い髪に金色の瞳。形の良い唇には親しげな笑みを湛えているものの、人にしてはあまりにも異様すぎるその美しさが相手への緊張を強いている。歳は二十代後半と言ったところだろうか。竜の年齢はわからないが、ラス達が若い竜だと言っていた通り、少なくとも見た目は彼等より少し年下に見えた。
エルドアは膝を組むと、優雅な動作で頬杖をつく。
「それで、あの…ここへ来たのは…」
「私もリアンちゃんについて行こうと思って」
「ほぇ…、街にですか? またなんで。ラスに頼まれたとか?」
エルドアはふふと笑った。
「そんなんじゃないわよ。起きぬけで単に暇なだけ。リアンちゃんも今日辺りこの村を出る予定だったんでしょう?」
「はい、それは…その通りですけど…」
「じゃあ一緒に行きましょ」
にっこりと笑ってそう言うエルドアに、だがリアンは酷くうろたえた。こんな最終兵器のような存在と道行きを共にするなど恐れ多いし、そもそも自分はただの一般人だ。ラス達のように肩書きのない、…冒険者にすらまだなっていない自分がパーティメンバーになるのは正直荷が重い。
けれどリアンがいくらその懸念を伝えたところで、エルドアが引くことはなかった。
「私足手まといになるかもしれませんよ?エルドアさんに、おんぶに抱っこかも…」
「そんな危険な旅にはならないわよ。それとも…私と行くのはイヤ?」
「そんなわけ…!」
「じゃあいいじゃない」
こういう言い方をされれば、断れないのが日本人の悲しい性だ。しかもエルドアの纏っている魔素の量は半端ない。こうして側にいるだけで、リアンの魔力が先ほどから少しずつ上がっているのがわかる。
自分の存在が足を引っ張ってしまう可能性こそあれ、エルドア程の存在に同行してもらえるなど安心感しかなかった。…無論彼女がトラブル好きでなければ、の話だが。
「ほんとにいいんですか?」
「勿論。買い物なら女性同士のほうがいいしね。特に服とか」
よれよれにくたびれた襟元をびよんびよんと引っ張ってそう言うのだから、思わずリアンは笑ってしまう。どうやら本当にエルドアは自分に付き合ってくれるようだ。
「決まり、ね」
「はい、不束者ですがよろしくお願いします」
こうしてリアンは、エルドアという新たに頼もしいパートナーを得て、村を旅立つこととなった。エルドアにお姫様抱っこをされ、隣街どころか3つ先の大商業都市まで飛んで連れて行かれたのは想定外だったが、村から初めて出る期待にリアンの胸は高鳴っていた。
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