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23:ドラゴンとか聞いてませんけど?

 迷宮最下層。

 緩やかな螺旋階段を降りたリアンは、そこに広がる城内の景色に陶然として見惚れた。床一面に張られた固く毛足の長い絨毯。魔法によるものだろうか。柔らかいランプの光に照らし出された壁や高い天井には、どこもかしこも美しい壁画に彩られている。

 上の階層は所々崩れている箇所もあったが、ここは綺麗なままだ。魔物もいないことから、迷宮主にとって特別な場所だということがわかる。


 そして最奥から感じる何かの圧力。

 この階層に降りる前からずっと気になっていた、魔物ともまた違う生物の気配。


(これが、迷宮主…)


 ラスは既に剣を収めている。

 奥に何がいるのか既に知っているのだろう。慣れた足取りで進んでいく。


 微かな音を立てて巨大な両開きの扉を開けると、果たしてそこに迷宮主はいた。


 神殿と見紛うほど天井高い広間の奥に、巨大な…、巨大すぎる影。タルマの宿より遥かに大きい質量を持ったものが、そこで眠りについていた。特定のリズムで空気を震わせる低いエンジン音のようなものは、寝息だろうか。

 リアンは思わずルシアの後ろに隠れた。その行動に意味などないのはわかっていたが、そうでもしなければ畏怖で足が竦んでしまいそうだ。


「おい、起きろ」


 ラスは巨大な影の前まで進むと、珍しく魔法陣を三重に形成して魔法を発動させようとする。

 だがちらりとそれを読み解いたリアンは青ざめた。その内容が、氷属性の攻撃魔法――それも、ここら一帯を永久凍土に変えるレベルの超高位魔法だと悟ったからだ。思わず「ひぃっ」と口の中で悲鳴を上げると、前に立っていたルシアにぐいと身体ごと引き寄せられる。


「ラス!魔法を撃つなら先に言ってください!」

「こうでもしねぇと起きないだろ、この――」


 その言葉の先は、純白の閃光と爆音によって聞き取ることが出来なかった。

 次いで幾重にも重なる耳障りな不協和音。思わずリアンは目を閉じ、両手で耳を塞ぐ。

 ルシアの身体に庇われたまま数秒。とっさに張られた防御魔法のおかげで事なきを得たが、ようやく目を開けたリアンは目前に広がる光景に言葉を失った。


 そこは一面の銀世界だった。

 天井から床には真白き霜が降り立ち、巨大な影すら氷で覆われている。

 空気が煌めいて見えるのはダイヤモンドダストだろうか。温度調節の魔法をかけてあるにも関わらず指先が凍りつき、リアンはラスの底知れぬ力の一端を垣間見た気がした。こんな風に世界を変えてしまうほどの魔法をこれほど短時間で撃つなど、やはりラスは尋常ではない。だが恐れを抱くには、その光景はあまりに美しすぎた。


「迷宮主…、死んだり、してないよね…?」


 耳の痛くなるような静寂が支配する中、リアンが恐る恐る尋ねる。

 だが振り返ったラスの顔はいつもと変わらずだ。口元に笑みを浮かべると、大丈夫だと言って迷宮主の影から離れるようにこちらへ歩いてきた。


「コイツ等はこんなことじゃ死なねぇよ」

「でも、全然動かないんだけど…」

「寝起きが悪いんだろ。…見ろ、そろそろ起きる頃合いだ」


 ――パキッ


 ラスの言葉を皮切りに、何かが爆ぜるような音がする。


 ――パキッ、パキパキパキッ


 見れば、巨大な影の身体から凍りついた氷や霜が剥がれ落ちていた。それはいつしか全身に及び、赤い鱗をまとった地肌がみるみるうちに露わになる。


(あれ、これって…、まさか)


 リアンは初めて見るはずのその姿を、自分がよく知っていることに気づいた。何故ならそれはファンタジー小説やゲームに出てくる、モンスターの代名詞とも呼ばれる存在だったからだ。鋭い角。尻尾のある長い体躯に巨大な翼。その名は――、


(―――ドラゴン!?)


「グルオオォォォォ――!!!!」

「ぎゃああああ!!」


 赤い鱗に覆われたドラゴンは、天高く長い首をもたげると咆哮を放った。そのびりびりと腹の底が奮えるほどの轟音に、周囲の氷が一斉に崩れてはじめる。ドラゴンから立ち上る魔素と炎のせいだろうか。周囲に熱気と冷気が渦巻き、陽炎のように立ち上った。

 リアンは恐怖のあまり、瞬きも出来ないままその様を見つめる。

 ドラゴンは四肢で立ち上がると、身体を伸ばしひたとリアン達を見下ろした。


『――よくぞここまでたどり着いたな…、冒険者共よ』


 頭の中に直接声が響く。

 その声は低く威厳に満ち…、だが極めて不機嫌そうだった。

 リアンは嫌な予感に、背中を冷たい汗が流れるのを感じる。ラスは迷宮主を起こせばそれでこのクエストは完了だと言っていた。…だが本当にそうなのだろうか。


『迷宮を攻略したその力は褒めてやろう。――だが我の眠りを妨げた者は、何人たりとも許さぬ…』


 ――案の定だ。


「ほらぁ! ラスが迷宮主怒らせちゃったんじゃん!! どーすんのよ、アレ!」


 ドラゴンの言葉に、思わずリアンは涙声でラスの両肩を掴んで揺さぶる。やはりさっきの攻撃魔法はやりすぎだったのだ。だが当のラスはどこ吹く風だ。愉快そうな顔でリアンを見下ろすと、軽く肩をすくめた。


「どーもこーもないだろ。――おいエルドア、お前もいい加減その下手な小芝居止めろ」

『小芝居って! …あのねぇ、竜にはこういうイメージもすっごく大事なのよ!? ……っていうか、あれ?なんで、私の名前知ってるの?』

「お前こそ、まさか俺の顔見忘れたとか言うんじゃないだろうな」


 ドラゴンはその長い首をずずいと下ろし、顔をラスの近くへと寄せた。

 すると、訝しげだった金色の瞳が驚きに見開かれる。


「ラス!ルシアまで!? 久しぶりじゃない! えっ、やだぁ元気だったぁ?」


 今まで威厳を保っていた竜の、なんと明るい声か。その鮮やかな転身っぷりにリアンはがくりと足元に崩れ落ちた。


(二人共、知り合いかよ…っ! …それを先に言えってのよ…!)


 緊張が解けうなだれるリアンにルシアがさり気なく断熱魔法をかけてくれる。それはそれでありがたい…が、違う。気遣いは嬉しいが、そうじゃない。何故最初に、迷宮主と二人が知り合いだと教えてくれなかったのか…。


(絶対わざとだな…)


 見ればルシアだけではなくラスまでこちらを見てニヤニヤと笑っている。

 ドラゴンと遭遇して涙目になった話は、きっと飽きるまで彼等のネタにされるに違いない。


『――あらぁ? なんか可愛い子連れているのねぇ。その子どうしたの?』


 エルドアと呼ばれた竜がリアンの存在に気づき、巨大な首をかしげる。

 しかしラスは「その前にエルドア」と、一旦話の流れを遮った。ここに来た本来の理由は別にある。


「昨日からここの封印が解けてる。先にそっちを修復してくれ」

『えっ、ホントに?私そんなに寝てたかしら…、ちょっと待っててね』


 竜はそう言うと、空へ向かってふうと炎のブレスを吐いた。

 それは周囲の魔素を巻き込みながら、みるみるうちに魔法陣へと変化し、いくつもの多重構造を形成する。


(竜も魔法使うんだ。…綺麗…)


 ラスの使った高位攻撃魔法の多重魔法陣も美しい形をしていたが、こちらもまた別格の美しさだ。

 王城のように美しい広間の中で竜が放った魔法はまるで一枚の絵のように荘厳で、リアンはしばしの間瞬きすることすら忘れた。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「リアン、…紹介が遅れたがこの竜がこの迷宮の主『エルドア』だ」

「よ、よろしくお願いします、…エルドア、さん…?」

『エルドアでいいわよ、リアンちゃん。ああん、やっぱり可愛いわね〜!』


 エルドアと呼ばれた竜は、見た目にそぐわぬ艶っぽい声を上げると、ドォン…ドォン…と巨大な身体をくねらせ地響きを立てた。あれに少しでも巻き込まれたら確実に死ぬな、と思いつつ、リアンは引きつった顔で笑みを作る。


 それにしてもまさか竜をこの目で見る日が来ようとは…。

 リアンは空想の生き物だと思っていた竜を目前にして、ただただ圧倒されていた。鱗は真紅と深いオレンジの鮮やかなグラデーション。炎を吹いたことから、恐らく火を操るのを得意としているのだろう。そして滲み出る魔素の量。リアンは人智を超えた存在と相対している事実に密かに感動を覚えていた。

 まさにこれこそがファンタジーだ。

 先程は震えるほど恐ろしいと思っていた赤金色の瞳が、今は愛嬌良くきょろきょろと動いている。


「一応、こんな変態だが竜だ」

『変態じゃないわよ、失礼しちゃうわね!』


 …そして、どうやら女性らしい。

 リアンは、ラスとエルドアの漫才のような掛け合いに、徐々に親しみが湧いていくのを感じた。


『大体、こんな可愛い銀髪美少女を前にして、一言も褒めない方が罪な―――あらでも貴女、魂はちょっと違う形をしているわね?もっと大人の女性のような…』


 リアンはエルドアの言葉に驚く。


「魂って…、もしかして、元の私のことがわかるんですか?」

『元の私?』

「エルドア、コイツは魂だけ異世界から連れてこられた召喚者だ」


 ラスが捕捉すると、エルドアは呆れたように『あらぁ』と言葉を漏らした。


『それはお気の毒に。どっかの誰かさんがやらかしちゃったのかしら?』

「盛大にな。…それで、ちょっとした首輪が付いてるから、お前にも見て欲しいんだが」

『そういうことなら。どれどれ…』


 エルドアの視線が真っ直ぐにリアンに注がれる。そこに感じる独特の圧は、いつかルシアにステータスを見られた時と同じものだ。居心地悪さげにもじもじと身体を動かしていると『なるほどね…』とエルドアが呟いた。


「解呪出来そうか?」

『ん〜、…私には無理だけど、掛けた本人なら出来るんじゃないかしら』

「心当たりは?」

『この独特のクセを見る限り、一番上の陰険兄貴に近い感じがするわね。確証はないけれど…』

「…ギルディスか。…また厄介な」


 話が全く見えないリアンに、こっそりとルシアが事情を説明してくれる。

 なんでもリアンに掛けられている呪詛『血の穢れ』は竜だけが扱える固有魔法らしい。そのため、同じ竜である迷宮主エルドアなら何か知っているのではないかと考え、リアンをこの場所へ連れてきてくれたらしい。

 リアンはラス達が自分のことを考えてくれていた事に心底驚いた。単に面白がるためだけに連れてこられたわけではなかったのだ。…にわかには信じられないが。


「で、ギルディスは今どこに居る?」

『100年前はカバラ密林の中に迷宮作ってたハズよ』

「秘境か…、なるほどな」


 ラスは頷くと、リアンに向き直り言った。


「リアン、お前ちょっと街まで行って冒険者ライセンス取ってこい」

「…は?」



お読みいただきありがとうございました。

面白かったらブックマーク、評価よろしくお願いします。更新は月水金17時予定。


時間あればキャラクター設定とか起こしてみたい。

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