22:寝ている間に何かあったようです?
あぐらをかいたラスの膝の上で、銀色の長い髪をまとった少女が寝息を立てている。
テントで寝るように言ったのだが、意地を張って二人に付き合った結果がこれだ。そもそも自分達には睡眠もほとんど必要ないのだから、この野宿自体、彼女のためにしたようなものだったのだが…。
「リアンのこと、随分気に入ったようですね」
「まぁ、見てて飽きはしねぇな」
ルシアがふふと笑うと、ラスはふんと鼻を鳴らし形の良い眉を器用に片方だけ上げる。
ラスは先程から、寝ているリアンの髪を指先で弄んでいる。
リアンはどうやらラスに気に入られたようだ、とルシアは複雑な胸の内で思った。
彼女は真面目でどこか抜けてはいるものの、頭は悪くないし飲み込みも早い。――そして何より、人の身にしては破格の魔法の才覚がある。例え自分達と出会わなくても、いずれ高ランクの冒険者にはなっていただろう。
…それが彼女にとって良いか悪いかは別として。
ルシアは寝息が深まるのを待って、彼女の周囲にだけ音を遮断する結界を張った。これからする話は、万が一にもリアンに聞かせるわけにはいかない。ラスも察したのだろう。眼差しを鋭いものに変えて、じっとルシアの口が開くのを待つ。
「リアンの件ですが、だいたいのことはわかりました」
「例の神父と会ってきたのか?」
「ええ。アドラー神父に話を聞くだけでは要領を得なかったので、結局転移魔法を使って首都まで行く羽目になりましたが」
「首都…なんでまた」
「彼女をこちらへ召喚した犯人が、グランシア王自身だとわかったので」
「…エドワーズが?」
「ええ」
エドワーズ=グランシアは、今彼等がいるここグランシア国の四代目国王だ。
数回しか会ったことがないが、子供の時分を知っているからかラスとルシアにはいたく好意的だった。いや、なついていると言った方が正しいか。
だがその彼が、…しかも国王が自ら異世界から人を拐かしてくるなど、一体どういうつもりなのか。ラスが問うような目線を投げかけると、ルシアは眉間に深く皺を刻んで息を吐いた。
「結論から言うと、リアンが言っていたことは本当のようです。つまり、事実『彼女は魔王に捧げられるために召喚された』んです」
「6人いる魔王のうち、一体誰への供物だ? ――“俺達はそんな要求してない”だろ」
「ええ。今回のことはグランシア王エドワーズの独断ですから、私達が知らなかったのも当然です。ですが、彼女はどうやら貴方のために用意された供物のようですよ」
「……は? どういうことだ?」
ルシアは、彼にしては珍しく自嘲気味に笑うと、過去を思い出すように目を閉じた。
「――事の発端は5年前。覚えてますか? 私と貴方とエドワーズの3人で、会ったことがありましたよね」
「ああ。ちょっと前までガキだったアイツも、あっという間にジジィになりやがって。…人はすぐ成長するからな。懐かしさもあって、一度飲むことにしたんだったか」
「そこでラスが、結婚の打診をされていたの覚えてますか? …彼の娘と」
「無論覚えているが…、俺達が人間と婚姻を結ぶなんて、普通に考えて無理だろ。寿命が違いすぎ――」
そこまで良いかけて、ラスは自分の膝の上で寝ている少女の顔をまじまじと見つめた。そう、…そうだ。確かあの時紹介されたエドワーズの娘も、彼そっくりの銀色の髪をしていた。
顔立ちは今より幼く、子供と結婚など出来るかと言い放ったことを覚えている。
彼女を見た時、どこかで見たことがあると思っていたがよもや…、
「まさかと思うが、これが…アイツの娘か!?」
「少なくとも、肉体は」
「死んだはずだろ?」
「依代にするため生き返らせたんでしょう。『生命力』を注ぎ込んで」
「――何?」
生命力は、魔族や竜族や天使――上位種族と呼ばれる者だけが持つ、いわゆる『命のタンク』だ。それが尽きない限り寿命などで死ぬことはなく、また肉体的精神的耐久性も飛躍的に上げることが出来る。だがそれは基本的に人の身で持つことが出来ない、隠しステータスのようなもの。人が、知性を持っているにも関わらずこの世界で下等種族と呼ばれるのは、このためだ。
ルシアはずっと不思議だったんですよ、と厳しい顔でラスに言った。
「何故彼女が生命力を回復するポーションを作っていたのか。そして何故人間なのに対竜呪詛『血の穢れ』が作用しているのか。…それでリアンのステータス画面を見てみたら、案の定彼女には生命力の項目がありました」
――彼女の前ではショックを受けるかと思って言いませんでしたけどね、と付け加える。
ラスは事の重大さに、眉間の皺を深めた。もし人が生命力を保持しているなら、それはもはや人ではない。上位人間とも言うべき新たな種族の誕生だ。
「完全に人の域を逸脱してるな」
「そうなりますね。もちろん彼女の生命力は我々と比べれば微々たるものですが、一体彼女は今後何百年生きることになるのやら…」
「ってことは、…まさかとは思うが、エドワーズは『死んだ自分の娘の身体に異世界から呼んだ魂を突っ込んで、あまつさえその肉体を人外の物に改造した』ってことか?」
「概ねそのとおりです」
「魔王との婚姻を狙うためだけにか?」
「ええ。禁呪の類でしょうから、竜種の協力者もいるでしょう」
「――狂ってるな」
身も蓋もない言葉で断ずるラスに、ルシアは思わず苦笑した。今言った彼の言葉が、一昨日会った国王の人となりを表現するのに、一番似合っていたからだ。
先代まではそうでもなかったが、当代のグランシア王は危うい。自身が人でありながら、人の限りある生を見限り上位種族による力ずくの支配を求めている。そしてリアンは、そんな歪んだ欲望の被害者になったのだ。
「連れてこられたリアンにとってはとんだ災難でしたね」
「全くだな…」
ルシアとラスは、しばしの間沈黙する。
エドワーズが上位種族であるラスを信奉し慕っていることは知っていた。だがまさか、彼と政略結婚させる駒を自らの手で作り出してしまうとは…。げに恐ろしきは人間の執念だ。
ラスはルシアの言葉を改めて思い出していた。
彼はリアンを『魔王に捧げられるために召喚された』と言っていた。なるほど言い得て妙だ。無理やり捧げられる方からしてみれば、食われるのも嫁がされるのもそう大差ないのだから。
ラスはリアンを見下ろすと軽く息をついた。幼い顔をした少女は、相変わらず膝の上で穏やかな寝息を立てている。いつもであれば人間同士の問題に深入りしたりはしないのだが、今回ばかりは自分達にも責任がないとは言えない。
「リアンにはしばらくの間、保護が必要だな。エドワーズは諦めてないんだろ?」
「どうでしょう。…ただ、王女と同じ見た目を持ち、魔術師としての能力は一級品。その上血の穢れという首輪でいつでも自由を奪える。…こんな美味しい駒、エドワーズでなくともそうそう放っておくとは思えません」
「だな」
「――いっそ」
不意にルシアはいたずらっぽく微笑んで、挑むように言った。
「保護を目的に本当に彼女を娶ってはどうですか? 魔王ラインシュヴァルト=アーデンハイム」
「冗談だろ、魔王リュシアン=ヴィルムヘルツ。進んでアイツを喜ばせるような真似してどうする」
あからさまに嫌な顔をするラスに、だがルシアは笑みを崩さない。
「冒険者としてのリアンを娶るなら話は別でしょう?」
「こいつはまだほんのガキだぞ」
「人の子が大人になるのはあっという間だと、貴方が言ったんじゃないですか。…それに精神年齢はラスより高そうですよ?」
「ほざくな」
ふふとルシアは笑った。
ラスは言葉とは裏腹に間違いなくリアンを気に入っている。しかも彼女は、やりようによっては自分達と同等の時間を生きることも出来る肉体を持っているのだ。エドワーズのしたことは人道的に許されることではなかったが、ラスに良いおもちゃが出来たと思えば悪い話でもなかった。…目の前の黒髪の魔王は今は大人しくしているものの、退屈になると何をしでかすかわからないのだから。
いずれ、放っておいてもリアンは近い将来真実を知ることになるだろう。
だがそれは今でなくとも良い。彼女を囲い込んだ後なら、如何様にも出来る。
「――ところで、『魔王の盟約』っていうふざけた名前のスキルは結局なんだったんだ?」
「ああ、あれですか?」
ルシアは得意気に話していたグランシア国国王の顔を思い出して、すぅと冷めた瞳をした。本当に狂人というのはロクなことを考えないものだ。
「…あれはこの国の婚姻契約書ですよ」
「婚姻契約書?」
「ええ。スキルとして組み込まれているので、発動すれば多少厄介ですけどね」
ラスはいまいち要領を得ないようで、確認するように問うた。
「つまり、どっかの魔王と婚姻すると発動するスキルってことか…?」
「ええ。話してて頭が痛くなりましたよ。…ラスが大好きで仕方ないみたいですから、次会ったらちゃんと調教しておいてくださいね」
「勘弁してくれ」
心底嫌そうに肩を竦めるラスに、ルシアは一応、と説明しておく。
「スキル内容は『離婚を禁ずる』『他の異性との婚姻を禁ずる』『緊急時の生命力共有』『魔族刻印の発現』などです。一度発動すると死ぬまで解除できない仕様になっているので、リアンのことを思うなら気をつけてあげてくださいね」
「ああ。ちなみに発動条件は?」
「口吻だそうです」
「―――へぇ、そうか」
へぇ、と彼方を見るラスの瞳がどこかおかしいことに、長い付き合いのルシアであれば気付いた筈だったのだが。ちょうどこの時ラスの膝で寝ていたリアンが寝返りを打ったため、ルシアはそれを微笑ましく眺め、結局最後までラスの様子に気づくことはなかった。
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寒いとお酒がはかどりますね。暑くてもはかどりますが。




