20:どうやら修羅場は脱したようです。
「えっ、こんなにもらっていいんですか!?」
リアンはルシアから受け取った皮袋の中を覗き込むと、驚いて声を上げた。
中にはきらきらと光る金色の輝き…、ルクよりもずっと高価なリラ金貨だ。ルクとリラはその時々により価値が変動するため一概には言えないが、基本、リラ金貨一枚で銀貨10枚以上の価値がある。それがざっと50枚ほど。――これだけあれば半年は遊んで暮らすことが出来るはずだ。
「迷宮探索と昨晩の村防衛の報酬です。今回は国から報奨金も出たので、遠慮なく受け取ってください」
「ありがとうございます…えへへ」
ルシアの言葉にリアンの頬の筋肉が、へらりと緩む。
どこの世界でも、懐が暖かくなると幸せな気分になるものだ。
リアンは金貨の入った皮袋を部屋へ転送すると、何を買おうかあれこれ頭に思い描いた。髪の色を気にしなくて済むようになったのだから、いっそ大きな街にでも行って一日中買い物を満喫するのも良いかもしれない。なんせこの世界に来て一カ月というもの、村の外へ出たことがないのだ。欲しい物もやりたいことも、星の数ほどあった。
(買い物して、…お金が余ったらしばらくニート生活とかするのもいいかもな~…)
――などと夢想していたのだが、
「おい、リアン」
「ほぇ?」
「次は迷宮最下層まで潜るぞ。明日の朝には出発するから準備しとけ」
「さ、最下層っ!? いやいや、そんなの絶対無理なんですけど!!」
「…へぇ?」
思わず引きつった顔で言い返すと、ラスは魔王と見紛うほど凶悪な顔つきで片眉を上げた。…目だけは真顔のまま口元に笑みを浮かべて、
「今朝助けてやったの、まさか忘れてないよなぁ? ――ここまで関わっておいて一人だけトンズラとか許されると思ってるのか?」
「デ、デス…ヨネ…」
――このサディストがっ!
だが迷宮の最下層に行くということは、翼の生えた虎クラスの魔物がゴロゴロいるということ。そんな場所にのこのことついて行けば今度こそ自分は死んでしまう。素早く思考を巡らせたリアンは、つつ…とルシアに寄り添うと、ラスに聞こえないよう小声で話しかけた。
「あの、最下層に行くのに私が一緒だと足手まといじゃありません? …ルシアさんも、そう思いますよね…?」
もはや頼みの綱はルシアのみだ。
しかし当のルシアは「いいえ」と首を横に振ると、にこりと笑ってリアンの頭をぽんぽんと撫でた。
「リアンがラスの相手をしてくれるので、本当に助かってますよ。これからもよろしくお願いしますね」
「へ?」
見れば、穏やかそうに微笑んではいるが有無を言わせぬ目つき。こちらもこちらで眼の力がとんでもなく強い。リアンは迷宮へ行くのもラスとルシアから逃げるのも、どちらも事態がそう変わらないことを悟り、静かに目を閉じた。
(ルシアさんが優しいと、いつから勘違いしてた私…)
どうやらこの場に自分の味方をしてくれる者は一人も居ないようだ。
リアンは諦めてため息をつくと、数日分の弁当を頼むべくタルマの元へ向かうのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
魔物達の襲撃を無事防ぎきった翌日昼間。
宿へ戻るなりまた迷宮へ潜ると言うリアンに、タルマは眉をひそめた。
「いくらS級冒険者と一緒とはいえ、こう頻繁に迷宮に行くなんて…。本当にアンタが行く必要あるのかい? せめて、もっと身体を休めてからの方がいいんじゃないのかい?」
リアンは(出来れば私もそうしたいです)と心の中で同意するものの、面には出さずに曖昧に笑った。ここで馬鹿正直に嘆いて見せても、タルマに心配をかけるだけだ。…それにラスの強さは既に十分わかっている。知り合ってまだ日は浅いが、他の冒険者と組むより気が楽なこともまた事実だった。
部屋に戻ると作っておいたポーションと魔石を鞄に詰め込み、明日に備えて身体を休める。
こちらへ来る前は徹夜にも慣れていたため、睡眠時間が少なくても気にも留めなかったが、流石に魔物と戦い死にかけたばかりだ。肉体的には問題なくとも精神的疲労は強かった。
リアンはベッドにこてんと横になると、自分のステータスウィンドウを開く。
(レベル結構上がったなぁ…、今32かぁ)
この世界では、レベルが99になると任意のクラスを選択出来るようになるらしい。
同じ系統のクラスを選んで自分の能力を特化させることも出来れば、全く異なるクラスを選んで万能タイプになることも出来る。当然クラスランクが上がれば上がる程レベルは上がりづらくなるわけだが、レベルアップごとに得られるステータス補正値は上がる。…つまり強くなるらしい。
『――クラスチェンジが出来れば、受けられるクエストの幅も広がるかもしれませんね』
今後どうやって生活していくべきかリアンが相談すると、ルシアは少し考えてクラスの仕組みについて色々と教えてくれた。
クラスチェンジを行うとレベルは再び1に戻る。だがけして弱くなるわけではない。むしろレベル自体は99で頭打ちなため、上限に達した時点で速やかにクラスを変更するのがこの世界の常識のようだ。
その上、クラスを変えることで特殊な固有スキルが発現する場合もあるらしい。例えば、暗殺者系統のクラスなら気配を消す隠密。鍛冶系統なら鉱石の目利きなどだ。固有スキルの発現にはステータスと相性、そして運が絡んでくるため、珍しいスキル持ちはそれだけで重宝されるようだ。
(レアスキルかぁ…夢がある話だけど、なんだか選択肢がありすぎて途方もないなぁ)
リアンはぼんやりと己のステータス画面を眺めて思案した。
今の自分のレベルは32。――99にはまだまだ程遠いが、つい一昨日まではたったレベル5だったのだ。明日迷宮最深部まで往復すれば、もしかするとレベルが99に到達してしまう可能性もある。
(魔物に襲われても生き残れるようにはなりたいけど…だからと言って積極的に戦いたいっていうワケじゃないしなぁ…。薬草採取やポーション作りの経験を生かして製薬系も極めてみたいけど。儲かるのかイマイチ不安だし。…悩むなぁ)
ラスのような戦闘特化型か。
今のリアンのようなクラフト型か。
その時が来たら、自分はどのランクに進むべきなのだろう。
(というか、そもそも何になりたいんだ? 私)
『――リアンは異世界人ですから、変わったクラスが発現する可能性もあると思います。レアクラス・レアスキルが出てくればそれだけで稼ぐことも出来ますし、ゆっくり考えてみては?』
ルシアの言葉が胸の内に蘇る。
前の世界では小学校から高校。そして専門か大学を経て就職と流れが決まっていた。だから例に漏れず自分もこれまでそうして生きてきたのだ。
けれど、今の自分は違う。この世界で、一体何をしたいのだろう。何が出来るのだろう。
少し前のリアンなら、村に引き籠もって静かにのんびり暮らしていければいい。…と、そう思っていた。けれど魔物の恐怖を直に味わってしまえばそうも言っていられない。リアンは魔物と対峙した時、底しれぬ恐怖を感じた。あの殺気に満ちた瞳。…出来るなら今後も、死線をくぐり抜けるような真似は避けたいものだ。
(やっぱり魔物に襲われた時の対抗策は欲しいな。…魔物に攻撃されなくなるとか攻撃が無効化されるとか、なんかそういうスキルでもあるといいんだけど…)
そうすれば血の穢れのペナルティを気にする以前に、戦闘そのものを回避することが出来る。
リアンが眺めるクラスリストには、今は上位魔術師と製薬師の2つが記載されているのみだ。ルシアの言うことが本当なら、ここに徐々に他のクラスも追加されていくのだろうか。
リアンはふあぁ…とあくびをすると、うとうとと目を瞬き始めた。いくら思い悩んでも、良いアイディアは浮かびそうになかった。
日はまだ高いが、疲れと暖かい陽気のせいだろう。抗い難い眠気がリアンを誘う。
(ぶっちゃけ魔物が言うことを聞いてくれれば、話は簡単なんだけどなぁ…)
でも魔物に知性とかなさそうだし、無理か。
夢現をたゆたいながら、リアンはそんなことを戯れに考える。
やがて、銀色のまつげが閉じられると幼い口元から規則的な寝息が聞こえ始めた。リアンの意識は少しの抵抗をすることもなく、完全に眠りの淵へと落ちる。
―――しかしその時、開きっぱなしにしていたリアンのクラスリストに変化が起こった。
<シークレットスキルが新たに発現しました>
それはとても小さな出来事だったが、後の世に多大な影響を及ぼすきっかけのひとつとなる。
だがそのことをまだリアンは知る良しもなかった。
お読みいただきありがとうございました。
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一章書き終えました。しばらくの間は予定通りの更新が出来そうです。




