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君の殺意に花束を

爆発から翌日の夜だった。


 彼女は、

 警察の保護下に置かれていた。


 ホテルの一室。


 カーテンは閉じたまま。


 眠れていない。


 食事もほとんど喉を通らない。


 目を閉じるたび、

 思い出す。


 並ぶケース。


 眠る女。


 穏やかな笑顔。


『君には笑っててほしかったのに』


 スマホが震える。


 彼女の肩が跳ねた。


 いつもの彼の電話番号。


 呼吸が浅くなる。


 出ない。


 そう思った。


 だが。


 震える指が、

 通話ボタンへ触れてしまう。


 画面が切り替わる。


 ビデオ通話。


 数秒の暗転。


 そして。


 彼が映った。


「――ッ!?」


 彼女の喉から、

 掠れた悲鳴が漏れる。


 夜だった。


 高い場所。


 風の音。


 暗い街の灯り。


 彼はカメラを持ちながら歩いている。


 黒いコート。


 乱れた髪。


 少し疲れた顔。


 それでも。


 笑っていた。


『……こんばんは』


 穏やかな声。


 彼女は息ができない。


 スマホを落としそうになる。


『そんな怖がらないで』


 彼が少し困ったように笑う。


『ごめんね』


 夜風がマイクへ吹き込む。


 彼はフェンスの前へ立つ。


 その向こうには、

 夜景が広がっていた。


「なんで……」


 彼女の声が震える。


「なんで生きてるの……」


 彼は無視して自分の話を少し目を細めた。


『でも、最後に君と話したくなった』


 彼女は首を振る。


 涙が零れる。


「やめて……」


『ねえ』


 彼が小さく笑う。


『あの時の君、すごく綺麗だった』


 彼女の呼吸が止まる。


『本気で俺を殺そうとしてくれた』


『ちゃんと憎んでくれた』


『怖がってくれた』


 穏やかな声。


 愛を語るみたいな声。


『全部、俺に向いてた』


「やめて!!」


 彼女が叫ぶ。


 涙が止まらない。


「もう話しかけないで!!」


 彼は静かに彼女を見る。


 その目だけが、

 少し寂しそうだった。


『……うん』


 小さな声。


『本当は、普通に好きになりたかった』


 夜風が吹く。


 彼の髪が揺れる。


『君といる時間、楽しかったよ』


 彼女は何も言えない。


 恐怖なのか。


 怒りなのか。


 悲しみなのか。


 自分でも分からなかった。


 彼はカメラ越しに、

 彼女を見つめる。


『だから最後に、ちゃんと見てほしかった』


 その言葉に。


 彼女は気づいてしまう。


 この男は最後まで、

 “見られること”を求めている。


 愛される代わりに。


 憎まれてでも。


 忘れられない存在になることで。


『……さよなら』


 彼が小さく笑う。


 それから。


 スマホをフェンスへ立てかけた。


 画面越しに、

 彼の全身が映る。


 夜景。


 風。


 高層ビルの屋上。


 彼は胸元から、

 小さな花束を取り出した。


 白い花だった。


 彼はそれを抱えながら、

 彼女へ向かって静かに頭を下げる。


『君の殺意に花束を』


 穏やかな声。


 次の瞬間。


 彼は躊躇なく、

 フェンスを越えた。


「――やめてッ!!」


 彼女が叫ぶ。


 だが。


 彼は最後まで笑っていた。


 幸せそうに。


 愛された人間みたいに。


 そして。


 身体が夜の闇へ落ちていく。


 風の音。


 揺れる画面。


 遠ざかる街の灯り。


 通話はそこで切れた。

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