静か
玄関の鍵が閉まる音。
静かな沈黙。
彼はしばらく動かなかった。
薄暗い廊下。
外へ消えていく刑事たちの足音。
それが完全に聞こえなくなってから、
彼はゆっくり目を閉じる。
「……はぁ」
小さく息を吐く。
疲れたような。
安心したような。
そんな吐息だった。
それから静かに振り返る。
廊下の奥。
閉ざされた扉。
銀色の鍵。
彼はゆっくり歩き出す。
コツ、コツ。
足音だけが響く。
部屋の向こうでは、
彼女の押し殺した嗚咽が聞こえていた。
彼は扉の前で立ち止まる。
数秒。
何も言わない。
ただ、
扉へそっと触れる。
「……ごめんね」
静かな声。
「怖かったよね」
返事は無い。
彼女は扉の向こうで震えている。
彼は鍵を見つめる。
指先がゆっくり触れる。
カチリ。
鍵が開く音。
彼女の呼吸が止まる。
扉がゆっくり開く。
暗い部屋。
並ぶケース。
開かれたひとつ。
眠る女。
そして。
壁際で震える彼女。
涙で顔が濡れていた。
彼を見た瞬間、
身体が跳ねる。
「……っ」
声にならない。
彼は静かに彼女を見る。
穏やかな顔だった。
さっきまでと同じ。
優しそうな、
落ち着いた顔。
それが余計に恐ろしい。
「警察、帰ったよ」
小さな声。
彼女は首を振る。
後ずさる。
逃げ場なんて無いのに。
彼はそんな彼女を見つめる。
悲しそうに。
「……そんな顔しないで」
一歩。
近づく。
彼女が震える。
彼はそれを見る。
本当に辛そうな目で。
「君とは、ちゃんとしたかったんだ」
その声だけが、
静かな部屋へ落ちた。




