沈黙
長い沈黙のあとだった。
藤堂はゆっくり息を吐く。
そして。
「……今日は引いてやる」
低い声。
若い刑事が振り返る。
「藤堂さん!?」
男は静かに藤堂を見る。
驚きは無い。
ただ、
少しだけ目を細めた。
「令状無しで踏み込めば、後で全部潰れる」
藤堂は男から目を逸らさない。
「それはお前も分かってるから、そんな余裕なんだろ」
男は小さく笑った。
「ちゃんとしてるんですね」
穏やかな声。
まるで褒めているみたいだった。
若い刑事が歯を食いしばる。
「でも女が――」
「わかってる」
藤堂が遮る。
静かな怒気だった。
廊下の奥。
閉ざされた扉。
微かな嗚咽。
その全部を聞きながら、
藤堂は男を見る。
「明日、必ず来る」
低い声。
「その扉ごと全部開ける」
男は数秒黙る。
それから。
「……そうですか」
小さく笑った。
残念そうにも、
安心したようにも見える笑顔。
「じゃあ今日は、帰ってもらえます?」
その言い方が、
ホテルの接客みたいで、
若い刑事の顔が歪む。
藤堂は踵を返す。
靴音が廊下へ響く。
若い刑事は動けない。
「行くぞ」
低い声。
悔しさを噛み殺したまま、
若い刑事も後を追う。
玄関へ向かう途中。
藤堂は一度だけ振り返った。
男はそこに立っている。
穏やかな笑顔。
礼儀正しい姿勢。
普通の人間みたいに。
ただ。
その目だけが、
妙に静かだった。
「……おやすみなさい」
男が小さく頭を下げる。
玄関の扉が閉まる。
ガチャ。
鍵の音。
静かな廊下。
若い刑事が壁を殴る。
「クソッ!!」
藤堂は無言だった。
ただ、
閉ざされた扉を見つめている。
その向こうでは。
女が泣いている。
死体が眠っている。
そしてあの男は、
また静かに笑っている。
藤堂は小さく呟く。
「……逃がさねぇよ」
その声だけが、
冷たく廊下へ残った。




