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知らぬが存ぜない

ランチタイムを過ぎた店内には、静かなジャズが流れていた。


 窓際の席。


 藤堂はコーヒーカップを片手に、店内を見回していた。


「で?」


 向かいに座る若い店員が困ったように笑う。


「何度聞かれても、普通のお客さんでしたよ」


 テーブルには写真が置かれていた。


 失踪した女。


 そして、

 防犯カメラから切り出された男の横顔。


「あの日、この二人が来た」


「はい」


「覚えてる理由は?」


「美人だったんで」


 店員は苦笑する。


「あと、男の方が……なんていうか」


「なんだ」


「静かすぎた」


 藤堂は顔を上げる。


 店員は窓の外を見ながら続けた。


「彼女はよく笑ってたんです。でも男の方、あんまり喋らなくて」


「仲悪そうだった?」


「いや、逆です」


 店員は少し考える。


「ずっと彼女のこと見てたんですよ」


「見てた?」


「なんか……料理じゃなくて、彼女の表情見てる感じ」


 藤堂は黙って聞いていた。


「笑うたびに見てて、飲み物飲む時も見てて」


「ナンパ男って感じか?」


「違いますね」


 店員は即答した。


「もっと静かでした」


 ジャズが流れる。


 皿のぶつかる音。


 遠くで誰かが笑う。


「彼女、途中から少し困ってました」


「何かされた?」


「いや。ただ、見られすぎてる感じっていうか……」


 店員は曖昧に笑う。


「でも嫌がってはなかったですよ」


 藤堂は写真を見る。


 ぼやけた横顔。


 整った輪郭。


 感情の薄い目。


「会計は?」


「男です」


「名前は」


「カードでしたけど、多分偽名ですね」


 藤堂は小さく舌打ちする。


「防犯映像、もう一回見せろ」


 店員がタブレットを操作する。


 映像が再生される。


 窓際の席。


 笑う女。


 向かいの男。


 男はほとんど動かない。


 ただ、

 女を見ている。


 まるで、

 何かを記憶するみたいに。


 女が笑う。


 髪を耳へかける。


 水を飲む。


 男の視線はずっとそこにあった。


 藤堂は映像を止める。


「……ここ」


 画面を指差す。


 女がスマホを見た瞬間だった。


 男の表情が少しだけ消えている。


 本当に僅かに。


 だが、

 目だけが変わっていた。


 店員が小さく呟く。


「怖いですよね」


 藤堂は答えない。


 ただ、

 その静かな目を見つめていた。

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