苛立ち
「……今日は折角の休みなんだ」
男は静かに笑った。
穏やかな声。
怒っているようには見えない。
むしろ、
本当に困っている人間みたいだった。
「そこまで気になる理由でもあります?」
若い刑事が言葉を失う。
この状況で。
女を閉じ込めて。
部屋の奥に死体があって。
それでもこの男は、
“普通の会話”を続けようとしている。
藤堂は男から目を逸らさない。
「あるから来てんだよ」
低い声。
男は少し黙る。
それから、
困ったように笑った。
「でも、あの部屋だけは嫌なんです」
静かな口調。
「他は別に見られてもいい」
白い壁。
整った部屋。
普通の生活。
普通の男。
「でもあそこだけは、俺のなんで」
その言い方が、
妙に幼かった。
大事なおもちゃを取られたくない子どもみたいに。
廊下の奥。
閉ざされた扉の向こうで、
彼女が小さく嗚咽する。
ドン。
弱い音。
男の表情が一瞬だけ曇る。
「……怯えてる」
小さな声。
本当に悲しそうだった。
「なんでだろ」
若い刑事の顔が引き攣る。
藤堂だけが動かない。
男は続ける。
「ちゃんと優しくしてたのに」
穏やかな声。
「笑っててほしかっただけなのに」
静かな沈黙。
藤堂はゆっくり息を吐く。
「お前、自分が何してるかわかってるか」
男は少し考える。
本当に、
考えている顔だった。
「……大事にしてます」
その答えに、
若い刑事が顔を歪める。
だが男は気づかない。
「壊れないように」
小さな声。
「綺麗なままでいてほしくて」
藤堂は男を見る。
整った顔。
穏やかな目。
静かな声。
なのにその中身だけが、
どこまでも壊れている。
「鍵開けろ」
もう一度、
藤堂が言う。
男はゆっくり目を伏せた。
その横顔は、
少しだけ疲れて見えた。
「……嫌だなぁ」
弱々しい声。
まるで。
本当に、
大切なものを奪われそうな人間みたいに。




