空っぽ
「……見せる義務、ありますか」
彼は静かに言った。
穏やかな声だった。
怒鳴りもしない。
威圧もしない。
むしろ、
本当に不思議そうな顔。
「僕の大事なものなんです」
藤堂は黙って男を見る。
男の口元には、
まだ薄い笑みが残っていた。
「わかりますか」
静かな問い。
まるで、
当然理解してもらえると思っているみたいに。
若い刑事が口を開く。
「今、女性の声が――」
「気のせいじゃないですか」
男は遮る。
柔らかく。
穏やかに。
それが逆に異様だった。
「前も、本当は嫌だったんです」
彼は少し目を伏せる。
「あの部屋に入れることも」
低い声。
「触られるのも」
その瞬間。
藤堂の脳裏へ、
ケースへ触れた時の彼女の証言が浮かぶ。
『触るな』
冷たい目。
強く掴まれた手首。
男は続ける。
「でも、普通にしてれば大丈夫だと思った」
静かな部屋。
廊下の奥。
閉ざされた扉。
その向こうで、
彼女は震えながら扉へ耳を押し当てている。
「皆、勝手に開けようとしなかったから」
男は小さく笑う。
「ちゃんと距離を守ってくれてた」
その笑顔は、
寂しそうにも見えた。
「なのに」
彼の目が、
ほんの少しだけ冷える。
「あの子は開けた」
沈黙。
若い刑事の背中へ冷たい汗が流れる。
男は怒っているわけではない。
声も荒げていない。
なのに。
空気だけが異様に張り詰めていた。
「……だから、怖がらせた」
小さな声。
「本当はあんな顔、させたくなかったのに」
藤堂はゆっくり男へ近づく。
「鍵開けろ」
低い声。
男は数秒黙る。
それから。
困ったように笑った。
「嫌です」
即答だった。
その瞬間。
廊下の奥から、
鈍い音が響く。
ドンッ。
内側から叩かれる音。
女はまだ生きている。
藤堂の目が変わる。
男だけが、
静かに笑っていた。
まるで。
全部壊れてしまったことを、
少しだけ悲しんでいるみたいに。




