高揚
玄関の扉が開く。
『朝早くにすみません』
彼の声は穏やかだった。
いつも通り。
会社で同僚へ向ける時みたいに。
近所の子どもへ笑う時みたいに。
柔らかく、
落ち着いた声。
だが。
藤堂は気づいた。
男の表情。
その奥に、
微かな熱がある。
高揚している。
ほんの少しだけ。
目が違った。
穏やかなのに、
どこか浮ついている。
興奮を必死に押さえている人間の目。
「……また来ちゃいました?」
彼は困ったように笑う。
「何かありました?」
礼儀正しい。
落ち着いている。
呼吸も乱れていない。
なのに。
藤堂の背筋へ、
嫌なものが走る。
男は楽しいのだ。
この状況を。
警察が来ている。
部屋の奥には怯える女がいる。
死体が眠っている。
それでも。
男は、
どこか嬉しそうだった。
「少し部屋見せてもらえます?」
藤堂が低く言う。
彼は少し目を丸くする。
「え?」
その反応すら自然だった。
だが。
口元だけが、
ほんの少し上がっている。
彼女は奥の部屋で震えていた。
扉へ爪を立てる。
声を出したい。
助けてと言いたい。
でも喉が潰れて、
うまく息が出ない。
外から、
彼の穏やかな声が聞こえる。
『散らかってますけど』
楽しそうですらあった。
藤堂は男を見る。
違和感。
ずっと掴めなかったもの。
その正体が、
今ようやく見えた気がした。
この男。
追われることに慣れている。
いや。
追われながら、
平然としていられることに酔っている。
「……どうしました?」
彼が首を傾げる。
笑顔。
穏やかな目。
なのにその奥では、
何かが静かに昂っていた。
藤堂はゆっくり口を開く。
「その奥の部屋」
沈黙。
彼の目が、
一瞬だけ細くなる。
ほんの一瞬。
それでも。
藤堂は見逃さなかった。




