警察
彼女は悟ってしまった。
助からない。
もう遅い。
この男は、
最初から普通じゃなかった。
優しい声も。
穏やかな笑顔も。
安心する目も。
全部。
この静かな部屋へ閉じ込めるためのものだった。
彼女の呼吸は震えている。
口を塞がれたまま、
涙だけが零れる。
彼は背後から彼女を抱き締めていた。
強く。
逃がさないように。
でも壊さないように。
「……ごめんね」
耳元で囁く。
本当に悲しそうな声。
彼女は目を閉じる。
終わる。
そう思った。
その時だった。
ピンポーン。
もう一度、
インターホンが鳴る。
彼の動きが止まる。
数秒の沈黙。
外から声がした。
『警察です』
彼女の目が開く。
彼の目も、
静かに扉を見る。
『少し確認したいことがありまして』
藤堂の声だった。
静かな部屋。
彼女の涙。
床へ落ちたナイフ。
開かれたケース。
眠る女。
全部が止まっている。
彼はゆっくり目を閉じる。
その顔には、
驚きも焦りも無かった。
ただ、
少しだけ寂しそうだった。
『いますよね』
インターホン越しの低い声。
『開けてもらえますか』
彼女は震えながら、
彼の腕の中でもがく。
助かる。
今度こそ。
彼はそんな彼女を静かに見つめた。
そして。
そっと、
口を塞いでいた手を離す。
「……行かなきゃ」
小さな声。
彼女は信じられないものを見る顔をする。
彼はゆっくり立ち上がる。
服の皺を直す。
血のついた腕を見る。
それから、
いつもの穏やかな笑顔を作った。
まるで。
ただ来客対応へ向かうだけみたいに。




