まぁ
「……開けたんだ」
静かな声だった。
彼女はゆっくり振り返る。
彼が立っている。
湯気の立つマグカップを持ったまま。
怒鳴らない。
走ってこない。
ただ、
静かにこちらを見ていた。
その穏やかさが、
逆に恐ろしかった。
「……な、に」
喉が震える。
彼女は後ずさる。
ケースの中の女。
閉じた瞼。
白い布。
脳が理解を拒む。
「どうして」
涙声だった。
彼は小さく目を伏せる。
「触るなって言ったのに」
責めるみたいな声ではない。
悲しそうな声だった。
彼女は呼吸を乱しながら、
近くの棚へ手を伸ばす。
指先が何かに触れる。
果物ナイフ。
気づけば、
彼女はそれを握っていた。
「来ないで!」
掠れた叫び。
刃先が震えている。
彼は立ち止まる。
マグカップを静かに置いた。
「……怖がらせたよね」
優しい声。
それが余計に恐ろしい。
「なんなの、これ……!」
彼女の目から涙が零れる。
「なんでこんな……!」
彼はケースを見る。
開かれた蓋。
眠る女。
それから、
静かに彼女を見る。
「大事な人たちだよ」
穏やかな声。
まるで、
本当にそう思っているみたいに。
「ふざけないで……!」
彼女はナイフを向ける。
腕が震える。
「警察……警察呼ぶから……!」
彼は少しだけ眉を下げた。
困ったような顔。
「……それは困るな」
一歩。
彼が近づく。
「来ないで!!」
彼女がナイフを突き出す。
刃先が彼の腕を掠めた。
赤い線。
血が滲む。
彼はそこで止まった。
驚いたように、
自分の腕を見る。
沈黙。
彼女は息を荒げる。
涙が止まらない。
彼はゆっくり顔を上げた。
その目には怒りが無かった。
ただ。
酷く悲しそうだった。
「……そんな顔、しないで」
静かな声。
「君には、笑っててほしかったのに」
彼女の背筋が凍る。
その瞬間。
彼が動いた。




