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あぁ

休日の午後だった。


 窓の外では、

 柔らかな雨が降っている。


「わ、本当に綺麗」


 彼女は部屋へ入るなり笑った。


 白い壁。


 整った棚。


 静かな空間。


 生活感は薄いのに、

 妙に落ち着く部屋だった。


「だから言ったじゃん、面白くないって」


 彼が苦笑する。


「いや、好きですよこういうの」


 彼女は部屋を見回しながら歩く。


「なんか安心する」


 彼はキッチンへ向かった。


「コーヒーでいい?」


「お願いします」


 その声を背中で聞きながら、

 彼は少しだけ目を伏せる。


 静かだった。


 彼女がこの部屋にいる。


 それだけで、

 空気が変わっている気がした。


 彼女は棚の写真立てを見る。


 本。


 観葉植物。


 どれも綺麗に整っている。


「……あれ?」


 彼女の声。


 彼の手が止まる。


「どうしたの?」


「ここ、鍵ついてる」


 廊下の奥。


 閉ざされた扉。


 銀色の鍵。


 彼女は少し首を傾げていた。


「物置?」


 彼は数秒黙る。


 それから、

 小さく笑った。


「そんな感じ」


「開けちゃ駄目なやつ?」


 冗談っぽい声。


 彼はコーヒーカップを置く。


「別に駄目じゃないよ」


 穏やかな声だった。


 彼女は少し驚く。


「え、いいんですか」


 彼は鍵へ手を伸ばす。


 カチリ。


 静かな音。


 扉がゆっくり開いた。


 冷たい空気が流れる。


 彼女は最初、

 何を見ているのかわからなかった。


 暗い部屋。


 整然と並ぶアタッシュケース。


 黒。


 銀。


 革張り。


 壁際まで、

 無数に積み重なっている。


「……え」


 小さな声。


 彼女の表情が止まる。


「すご……」


 彼は静かに部屋を見る。


 穏やかな目だった。


「集めてるんだ」


 彼女はゆっくり中へ入る。


 ケースたちは静かだった。


 まるで、

 誰かが眠っているみたいに。


「これ全部?」


「うん」


 彼女は一つへ触れようとして、

 少しだけ躊躇う。


「高そう……」


 彼は小さく笑った。


「大事にしてるから」


 その言い方に、

 彼女はなぜか背筋が冷える。


 理由はわからない。


 部屋は静かなだけだった。


 何も変じゃない。


 ただ、

 空気が少し重い。


 彼女は笑おうとする。


「なんか……圧倒されますね」


 彼はケースを見つめる。


 優しい顔で。


「綺麗でしょ」


 静かな声。


 彼女は返事に少し遅れる。


「……うん」


 その瞬間。


 部屋の奥。


 積まれたケースのひとつから、

 カタン、と小さな音がした。


 彼女の肩が跳ねる。


 沈黙。


 彼はゆっくり、

 そのケースへ視線を向けた。


 それから、

 少し困ったように笑う。


「古いから、たまに鳴るんだよね」


 穏やかな声。


 けれど。


 彼女は気づいてしまった。


 彼が今、

 自分ではなく。


 “ケースの方”を見ていたことに。

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