幸せとは
それから、
彼女とは何度か会うようになった。
最初は駅前のカフェ。
次は美術館。
その次は小さな古本屋。
会うたび、
彼女はよく笑った。
「また見てる」
カフェでそう言われ、
彼は少し困ったように笑う。
「ごめん」
「別に嫌じゃないけど」
彼女はコーヒーを飲みながら笑った。
「なんか不思議なんだよね」
「何が?」
「ちゃんと見られてる感じする」
彼は何も言わない。
ただ、
彼女の笑う顔を静かに見ていた。
雨の日もあった。
一つの傘へ二人で入る。
肩が触れる。
「近いですね」
彼女が笑う。
「濡れるから」
彼が少しだけ傘を寄せる。
彼女はその横顔を見る。
「優しいですよね」
「普通だよ」
「その返し好きですよ」
彼は苦笑した。
映画も観た。
帰り道。
「泣いてました?」
彼女が笑いながら聞く。
「……少しだけ」
「意外」
「泣きますよ、普通に」
彼女は楽しそうに笑う。
「なんか、人間っぽくて安心した」
彼は少し目を伏せた。
静かな笑顔。
その横で、
彼女も笑っている。
季節は少しずつ進んでいた。
気づけば、
自然に連絡を取るようになっていた。
『今日疲れた』
『お疲れさま』
『今帰りです』
『ちゃんとご飯食べてくださいね』
そんなやり取りが増える。
彼女は夜になると電話をかけてくる。
『声聞きたくなった』
照れながら。
彼は静かに笑う。
「嬉しい」
その言葉に、
彼女はいつも少し黙る。
それから小さく笑う。
『ずるいですよね、そういう言い方』
ある夜。
川沿いを歩きながら、
彼女が言った。
「私たちって、付き合ってるんですかね」
冗談みたいな口調。
けれど少しだけ緊張している。
彼は数秒、
彼女を見る。
夜風で髪が揺れていた。
照れ隠しみたいに笑う顔。
視線を逸らす癖。
全部、
もう見慣れていた。
「……どうだろ」
彼が少し笑う。
「俺は、そのつもりだったけど」
彼女の目が丸くなる。
「え」
「違った?」
その言い方に、
彼女は吹き出した。
「ずるい」
「ごめん」
彼も静かに笑う。
彼女は少し俯いたあと、
小さく彼の袖を掴んだ。
「……じゃあ、よろしくお願いします」
彼はその手を見る。
細い指。
小さな温度。
逃げないように、
確かめるみたいに掴んでいる。
彼はゆっくり、
その手を握り返した。
「こちらこそ」
穏やかな声。
本当に、
幸せそうな顔だった。




