よければ
「……よかったら少し、お茶でもどうですか」
女が少し遠慮がちに言った。
駅前の人混み。
信号の光。
流れていく雑踏。
その中で、
彼は一瞬だけ目を細める。
「急にすみません」
女は苦笑する。
「本拾ってもらったお礼したくて」
彼は少し困ったように笑った。
「気にしなくていいのに」
「でも気になります」
女は本を抱え直す。
「こういうの、ちゃんと返したいタイプなんです」
その言い方に、
彼は小さく笑った。
「真面目なんですね」
「よく言われます」
女も笑う。
自然な笑顔だった。
彼は数秒、
その表情を見ていた。
柔らかく笑う時、
少しだけ目尻が下がる。
言葉を選ぶ時、
視線が右へ流れる。
本を抱える癖。
風で髪が揺れるたび、
耳へかけ直す仕草。
「……少しだけなら」
彼が言う。
女の顔が明るくなる。
「ほんとですか?」
「はい」
穏やかな声。
「ちょうどコーヒー飲みたかったので」
「やった」
女は少し嬉しそうに笑った。
その顔を見て、
彼も静かに笑う。
駅前のカフェへ向かう途中。
女はよく喋った。
「仕事帰りですか?」
「そうですね」
「やっぱり。なんか会社員っぽいです」
彼は苦笑する。
「地味ってこと?」
「違いますよ」
女が笑う。
「ちゃんとしてそうって意味です」
彼は視線を逸らした。
「そんな立派じゃないですよ」
謙遜するような、
いつもの笑い方。
女は少しだけ彼を見る。
「でも、ちゃんと人のこと見て話しますよね」
彼の足がほんの少し止まる。
「え?」
「なんか、適当に相槌打ってる感じしないっていうか」
女は照れたように笑う。
「安心します」
夜風が静かに吹く。
彼は少し黙ったあと、
柔らかく笑った。
「……ならよかった」
その声は、
驚くほど優しかった。




