新たな・
金曜日の夜だった。
仕事帰りの人々が駅前を流れていく。
居酒屋の笑い声。
信号機の音。
湿った夜風。
彼はコンビニの袋を片手に歩いていた。
白いシャツ。
黒いスラックス。
仕事帰りの、
どこにでもいる会社員。
横断歩道の前で立ち止まる。
その時。
「あっ……」
小さな声。
誰かの肩が、
彼へぶつかった。
「すみません!」
女だった。
二十代半ばくらい。
長い髪。
片手にスマホ。
慌てたように頭を下げている。
彼は少し目を丸くしたあと、
すぐに柔らかく笑った。
「大丈夫ですよ」
穏やかな声。
女は安心したように息を吐く。
「ほんとすみません、急いでて」
「怪我してないならよかった」
信号が青へ変わる。
人の流れが動き出す。
女はもう一度会釈しようとして、
手に持っていた紙袋を落とした。
「あっ」
中から本が散らばる。
彼はすぐにしゃがみ込んだ。
「すみません!」
「いや、こっちこそ」
彼は静かに本を拾う。
角が折れないように。
汚れないように。
丁寧に。
女は少し驚いた顔で彼を見る。
「……優しいですね」
彼は困ったように笑った。
「普通ですよ」
女は小さく笑う。
「今どきそんな丁寧に拾ってくれる人いないです」
彼は最後の一冊を渡す。
その時。
表紙へ視線が止まる。
古い写真集。
女性のポートレートばかり載っている本だった。
「写真、好きなんですか」
女が目を丸くする。
「あ、はい」
少し嬉しそうに笑う。
「表情見るの好きで」
彼の手が、
一瞬だけ止まる。
女は気づかない。
「なんか、その瞬間しかない顔ってあるじゃないですか」
楽しそうに話す。
「作った顔じゃなくて、自然な顔」
駅前の光が、
女の横顔を照らしていた。
笑う口元。
少し照れた目。
風で揺れる髪。
彼は静かにそれを見ている。
女がふと首を傾げた。
「……どうしました?」
彼は少し遅れて笑った。
「いえ」
柔らかな声。
「綺麗な考え方だなって」
女は照れたように笑う。
「そんな大したことじゃないですよ」
彼は小さく頷く。
本当に、
優しい顔で。




