無の中の光
それは、
ほとんど雑談みたいな証言だった。
午後六時三十分。
古い喫茶店。
聞き込み帰りの藤堂は、
疲れ切った顔でコーヒーを飲んでいた。
向かいには、
この辺りを担当している古株の巡査。
「例の失踪事件だろ?」
巡査が煙草へ火をつける。
「まだ追ってんのか」
「追ってるっていうか、追わされてる」
藤堂が苦く笑う。
巡査は灰皿へ灰を落とした。
「でも、あの兄ちゃんは変だったな」
藤堂の目が止まる。
「会ったことあるんですか」
「ああ。何回か」
巡査はコーヒーを飲む。
「公園でよく子どもと遊んでたよ」
またその話か。
藤堂は内心で舌打ちする。
誰に聞いても、
男の評判は良かった。
「礼儀正しくてさ。子どもにも優しい」
巡査が笑う。
「うちの若いのなんか“感じいい人ですね”って言ってた」
藤堂は黙って聞いていた。
「でも、一回だけ変なことあったな」
その言葉に、
藤堂が顔を上げる。
「何です?」
巡査は少し考える。
「夜勤明けだったかな。朝方、あいつ見かけたんだよ」
「どこで」
「川沿いの道」
静かな声だった。
「でっかいアタッシュケース引いて歩いてた」
藤堂の目が細くなる。
「時間は」
「朝四時くらい」
「中身は」
「知らん」
巡査は首を振る。
「ただ、妙に重そうだった」
喫茶店の空気が静かになる。
「運んでるっていうより」
巡査は眉をひそめる。
「引きずってる感じだったな」
藤堂は無言で聞く。
「声かけたんですか」
「ああ。“何してるんです?”って」
「そしたら?」
巡査は少し笑った。
「あいつ、笑ったんだよ」
穏やかな、
いつもの笑顔で。
『大事なもの運んでるんです』
その言い方が妙に頭へ残ってる。
巡査は煙草を消す。
「変な言い方だろ?」
藤堂は返事をしなかった。
ただ、
脳裏にあの部屋が浮かぶ。
整然と並ぶケース。
静かな空間。
銀色の鍵。
そして。
『大事なもの』
藤堂はゆっくり立ち上がる。
「……川沿い、どの辺です」
巡査が地図へ指を置く。
その瞬間。
藤堂の中で、
何かが繋がった気がした。




