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深夜

深夜二時十一分。


 捜査一課には、

 キーボードの音だけが残っていた。


 誰も喋らない。


 モニターには監視映像。


 駅前。


 会社。


 コンビニ。


 住宅街。


 男は今日も、

 いつも通り生活していた。


 笑って。


 働いて。


 挨拶して。


 誰かに親切にして。


 完璧なくらい普通に。


 若い刑事が机へ突っ伏す。


「……もう無理ですよ」


 掠れた声だった。


「証拠ゼロじゃないですか」


 返事はない。


「女は消える。でも遺体は出ない。部屋は怪しい。でも令状は出ない」


 疲労で目が赤い。


「監視しても何も起きない」


 藤堂は黙ったまま、

 監視写真を見ていた。


 昼のコンビニ。


 レジで店員へ会釈する男。


 公園。


 子どもへボールを投げる男。


 会社帰り。


 静かに歩く男。


 全部、

 “善人”にしか見えない。


「……俺たちの敗北だ」


 若い刑事が笑う。


 乾いた笑いだった。


「完全に負けてる」


 誰も否定しない。


 部屋の空気が重い。


 藤堂はゆっくり椅子へ背を預ける。


 天井を見る。


 白い蛍光灯。


 眠気。


 疲労。


 それでも、

 頭から消えない。


 あの部屋。


 閉ざされた扉。


 並ぶケース。


「……敗北ねぇ」


 藤堂が低く呟く。


 若い刑事が顔を上げる。


「違うんですか」


「まだ終わってない」


「でももう一ヶ月ですよ」


 若い刑事の声が荒くなる。


「また一人消えたんですよ? 俺たち見てるだけじゃないですか」


 静かな沈黙。


 藤堂はゆっくり立ち上がる。


 窓際へ歩く。


 夜の街。


 遠くのビルの灯り。


「……ああ」


 低い声。


「見てるだけだ」


 その言葉が、

 妙に重かった。


 藤堂は窓へ額を預ける。


「だから腹立つんだよ」


 静かな怒りだった。


「捕まえられないことじゃない」


 振り返る。


「普通に生きてることがだ」


 部屋が静まり返る。


 藤堂の脳裏に、

 男の笑顔が浮かぶ。


 穏やかな声。


 礼儀正しい態度。


 謙遜する笑い方。


 アタッシュケースを語る時の、

 あの静かな目。


「……絶対どっか壊れてる」


 低く呟く。


「なのに誰よりまともに見える」


 若い刑事が俯く。


「じゃあどうするんです」


 藤堂は答えない。


 ただ、

 監視写真を見つめる。


 男が笑っている。


 昼下がりの公園。


 子どもたちに囲まれながら。


 まるで、

 本当に優しい人間みたいに。

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