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ヒトツキ

一ヶ月後。


 雨は減り、

 街には夏の湿った熱気が残り始めていた。


 捜査本部の空気は重い。


 ホワイトボードには、

 新しい失踪者の写真が追加されている。


 九人目。


 二十三歳。


 会社員。


 最後に確認されたのは、

 駅前のレストラン。


 若い刑事が机へ資料を置く。


「また同じです」


 疲れた声だった。


「レストラン、防犯カメラ、途中まで一緒」


「そのあと消える」


 別の刑事が続ける。


 藤堂は無言で写真を見る。


 並ぶ女たち。


 笑顔。


 日常。


 全部、

 生きていた頃の顔。


「……一ヶ月」


 若い刑事が椅子へ沈み込む。


「まだ何も掴めないとか終わってるでしょ」


 誰も否定しなかった。


 男の身元は判明している。


 勤務先も。


 生活圏も。


 だが決定打が無い。


 家宅捜索も出来ない。


 遺体も出ない。


 証拠も無い。


「監視は?」


「続けてます」


 若い刑事が資料をめくる。


「会社と自宅の往復。休日は買い物か散歩。たまに公園」


「女は」


「定期的に会ってます」


 静かな沈黙。


 藤堂は目を閉じる。


 男は変わらなかった。


 朝起きる。


 仕事へ行く。


 同僚へ笑う。


 住人へ挨拶する。


 子どもへボールを投げる。


 普通の人間として、

 完璧に生活していた。


「……壊れる気配がない」


 藤堂が低く呟く。


 普通、

 連続失踪犯はどこかで崩れる。


 焦り。


 慢心。


 興奮。


 だがあの男にはそれがない。


 静かすぎる。


「むしろ安定してるんですよね」


 若い刑事が苦い顔をする。


「最近、会社で表彰までされてます」


 別の刑事が笑えない顔で言う。


『面倒見がいい社員』


『誠実で信頼できる人物』


 そんな評価ばかり集まっていた。


 藤堂は机へ視線を落とす。


 その横には、

 監視班が撮った写真がある。


 昼休み。


 会社の屋上。


 男が缶コーヒーを飲みながら、

 空を見ている。


 穏やかな横顔。


 静かな目。


 普通の男。


 どこにでもいそうな。


「……なのに」


 藤堂は小さく呟く。


 頭から離れない。


 あの部屋。


 閉ざされた扉。


 整然と並ぶケース。


 銀色の鍵。


 静かな空間。


「絶対、何かある」


 その確信だけが、

 一ヶ月経っても消えなかった。

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