対面
午前六時四十八分。
住宅街の空は薄曇りだった。
藤堂は古びたマンションを見上げる。
四階建て。
外壁は少し汚れている。
ベランダには洗濯物。
どこにでもある建物だった。
「……四〇二」
若い刑事が小さく呟く。
階段を上がる音だけが響く。
四階。
薄暗い廊下。
突き当たり。
銀色の表札。
名前は無かった。
藤堂は数秒、
無言で扉を見つめる。
生活感が薄い。
だが、
完全に無人という感じでもない。
「行きますか」
若い刑事が息を整える。
藤堂は小さく頷いた。
インターホンを押す。
ピンポーン。
静かな電子音。
返事は無い。
数秒待つ。
もう一度押す。
今度は、
部屋の奥で何かが動く音がした。
若い刑事と目を合わせる。
カチリ。
鍵が外れる音。
ゆっくり扉が開いた。
「……はい?」
男だった。
黒髪。
整った顔。
穏やかな目。
ラフな部屋着。
どこにでもいそうな、
感じのいい青年。
若い刑事が一瞬言葉を失う。
あまりにも普通だった。
藤堂は静かに手帳を見せる。
「捜査一課です。少し聞きたいことがありまして」
男は小さく目を丸くしたあと、
困ったように笑った。
「俺、何かしました?」
柔らかい声。
警戒より、
戸惑いが先にある表情。
「最近、この女性と会いましたよね」
藤堂が失踪者の写真を見せる。
男は写真を見た。
一瞬だけ。
それから静かに頷く。
「……ああ」
その反応が自然すぎて、
逆に若い刑事の背筋が冷える。
「食事しただけです」
男は視線を下げる。
「そのあと帰りましたよ。ちゃんと駅まで送りました」
穏やかな口調だった。
言い訳している感じがない。
藤堂は男の顔を見る。
整った表情。
落ち着いた声。
汗もかいていない。
「お仕事中でしたか」
「今日は休みです」
男は扉を少し開ける。
「狭いですけど、入ります?」
その瞬間。
部屋の奥が少し見えた。
白い壁。
整頓された棚。
静かな空間。
生活感は薄い。
だが異様に綺麗だった。
「……綺麗好きなんですね」
若い刑事が何気なく言う。
男は少し照れたように笑う。
「物少ないだけですよ」
謙遜するような、
穏やかな笑顔。
その時。
廊下の奥。
閉ざされた扉へ、
藤堂の視線が止まる。
銀色の鍵。
他の部屋と違う。
男はその視線に気づいた。
「ああ、あそこ物置なんです」
自然な声だった。
「ケースとか置いてて」
若い刑事の喉が動く。
男は申し訳なさそうに笑った。
「集めるの好きなんですよね、アタッシュケース」
その言い方は、
趣味を話す人間の声だった。
あまりにも普通に。
あまりにも穏やかに。




