聞き込みと、、、
午前三時を回っていた。
捜査一課の蛍光灯だけが白く残っている。
机には大量の地図。
防犯カメラの位置。
失踪者たちの行動範囲。
古いマンション群。
藤堂は煙草の代わりにガムを噛みながら、
壁の地図を見ていた。
「……今日の朝だな」
「まずはアタッシュケースだ」
若い刑事が顔を上げる。
「聞き込みですか」
「朝からやる」
藤堂は資料を閉じる。
「この辺の住人全部洗え」
地図へ赤い丸がつけられる。
男が消えた路地。
古びたマンション。
低い建物が密集する区域。
「配達員、管理会社、コンビニ、清掃員」
藤堂が淡々と言う。
「顔見てる人間が絶対いる」
「でもあいつ、存在感薄いですよ」
若い刑事が苦い顔をする。
「いても記憶に残らないタイプっていうか」
藤堂は小さく頷く。
「だから逆に残る」
「え?」
「違和感だよ」
静かな声だった。
「人間、“普通すぎる奴”って逆に引っかかる」
若い刑事が黙る。
翌朝。
住宅街にはまだ湿った空気が残っていた。
藤堂たちは古いマンションの前に立つ。
エントランス脇の掲示板には、
色褪せた注意書きが何枚も貼られていた。
「捜査一課です。少しお話いいですか」
インターホン越しに声をかける。
返事は遅かった。
チェーンを掛けたまま、
中年の女が顔だけ出す。
「最近、この男を見ませんでしたか」
写真を見せる。
女は目を細めた。
「ああ……見たことあるような」
「いつ頃です?」
「夜ですね。たまに大きなアタッシュケース抱えて帰ってきてました」
藤堂は顔を上げる。
「仕事で使ってた感じですか」
「それが違うんですよ。持ってるだけで、使ってるところは誰も見たことないんです」
「使ってない?」
「ええ。部屋に運び込むだけ。しかも毎回違うケースで」
藤堂は無言でメモを取る。
「通販の箱もしょっちゅう届いてましたよ。“また買ったのか”って住人同士で話してました」
「誰かと一緒でした?」
「いえ、一人で。感じのいい人でしたよ」
別の部屋では、
若い刑事が管理人へ話を聞いていた。
「トラブルは?」
「全然。家賃も遅れないし、静かだし」
管理人は首を傾げる。
「近所の子どもたちにスポーツ教えてましたよ。休みの日になると公園でキャッチボールとかしてて」
「スポーツを?」
「ええ。面倒見が良くてねぇ。“先生”なんて呼ばれてました」
若い刑事がメモを止める。
「でも、アタッシュケースだけは妙でした」
「妙?」
「買うばっかりなんですよ。大小いろんな種類を。なのに使ってるところは誰も見たことない」
コンビニでは店員が監視カメラを確認していた。
「深夜によく来てました」
「何買ってた?」
「水とか、洗剤とか……あと工具用の鍵とか」
だが藤堂は映像を止める。
男が袋を持つ右手。
指先に薄い擦り傷。
「ここ、拡大できるか」
店員が怪訝そうな顔をする。
住宅街を歩くたび、
同じ言葉が返ってきた。
「感じのいい人」
「静かな人」
「子どもに人気だった人」
「いつもケース買ってた人」
それが逆に、
藤堂の中で不気味に積み重なっていく。
藤堂はモニターを見る。
静かな男。
穏やかな笑顔。
誰にでも好かれそうな顔。
「近所じゃ絶対評判いい」
その言葉に、
何人かが顔をしかめた。
「ゴミ出しもちゃんとしてそう」
「挨拶もする」
「クレームも無い」
「子どもにもスポーツ教えてたらしいです」
若い刑事が資料をめくる。
「“何の仕事してるか分からない”“ケースだけ異様に増えてた”って証言もあります」
別の刑事も頷く。
「でも子どもたちは懐いてたみたいです。“また教えて”って集まってたって」
藤堂は無言で聞いていた。
「大人は礼儀正しいから好印象を持つ。子どもは優しい相手だと思って近づく」
「違和感、ですか」
「ああ」
藤堂は低く答える。
「人は説明できない不気味さを、“感じのいい人”って言葉で誤魔化すことがある」
若い刑事がぼそりと呟く。
「……一番厄介なタイプだ」
藤堂は小さく笑った。
「そういう奴ほど、壊れてる時は深い」
部屋が静かになる。
雨はもう止んでいた。
「明日の朝、二手に分かれるぞ」
藤堂がコートを掴む。
「管理会社と周辺住民。あと防犯カメラ追加回収」
「了解」
若い刑事が立ち上がる。
その時。
藤堂がふと、
モニターの映像を見た。
暗い部屋。
並ぶケース。
整いすぎた配置。
静かな空間。
「……もし当たりなら」
誰も返事をしない。
藤堂は目を細める。
「明日、地獄見るぞ」
その言葉だけが、
静まり返った部屋へ重く落ちた。




